第3話
ガルドに抱えられたまま、地下への階段を降っていく。暫く音のない暗闇が続いた。ようやく辿り着いた突き当たりには無機質な石の壁に掛けられた、オレンジ色の灯りの付いた小さなカンテラと、酷く重そうな鉄製の扉が待っていた。
ガルドはその扉を片手で易々と開く。その剛腕に驚く暇もなく、中から溢れたのは凄まじい熱気と人々の喧騒の声だった。
「おおお⋯⋯」
その迫力に思わず声が漏れる。中は地下にしてはかなり広く、体育館くらいの大きさがある。酒場のようになっており、酒を呑む者、仲間内で騒ぐ者、備え付けのビリヤードやダーツをする者と過ごし方は様々だ。
彼等の共通点は皆明らかに堅気の人間には見えない所で、荒くれ者達の溜まり場といった様子。
また、壁には所々扉があり、掛札のようなものに文字らしきものが書いてあるのだが蒼太には読めなかった。恐らく異世界の文字なのだろう⋯⋯そういえば言葉は初めから通じたな?と一瞬不思議に思うが、まあそれはいいかと考え直す。
「おっ!ガルドの旦那じゃねえか!!久し振りだな!」
ガルドと蒼太がやって来たことに気付いた顔中傷だらけの男が一人、酒瓶片手に寄ってきた。
「おうハイネス。今日も一日呑んだくれてたか?相変わらずだな」
「あたぼうよ!これが俺の生きる糧ってな」
ハイネスと呼ばれた男はそう言うと手に持っていた酒瓶をグイッと煽り、ぷはーっと一息。
「ところで旦那、その餓鬼は何なんだ?攫ってきたのか」
ガルドの腕の中にいる蒼太のことを指さす。
「ただの拾いもんだ気にすんな。それより部屋空いてっか?一晩泊めてくれや」
「おういいぞ、入って突き当たりの部屋が空いてる。好きに使ってくれや」
「分かった」
ハイネスから古びた鍵を預かって、壁に並んだ扉の一つに入っていく。するとそこには真っ直ぐに続く廊下とズラっと並んだ扉があった。
「ガルド、ここなに?」
「宿屋だ。今日はここに泊まるぞ」
そう言ってガルドは一番奥の突き当たりにあった黒い扉の前まで行くと、先程預かった鍵をドアノブの鍵穴に差し込んで解錠し、扉を開いた。
中は六畳一間ほどの大きさで、少し大きめのベッドと小さな机が一つだけ備え付けられていた。シーツは小綺麗に整えられており、殺風景な内装ではあるが最低限の清潔感はあった。
蒼太はそこでようやくガルドの腕から降ろされた。蒼太はちょこちょこと歩くとベッドによじ登り、大の字になってベッドのど真ん中を占領した。
「ん~」
「気持ちよさそうだな」
そう言ってガルドもベッドの中に入ってくる。蒼太はベッドの隅にコロコロと転がされ、そのまますっぽりと抱き込まれた。
「はー⋯落ち着く、なんだこれ⋯」
蒼太を抱きしめながらガルドは呟いた。
今まで眠る時、何度か女を抱いて寝た経験はあった。性的にも今のように抱き締めるだけでも。しかしその時とは比べようのない気持ちよさと安定感が蒼太にはあった。
初めは変な餓鬼が寄ってきたと思い、その顔を見て女の代わりになるかと思い────勿論ただの抱き枕としてだ、男女とも子供を抱く趣味はない────抱えてみれば異様な安心感と庇護欲。
何かしらの魔法或いは魔術が使われているのでは?と疑いもしたが、蒼太から魔力の気配は一切感じられなかった。
ふと腕の中の蒼太を見てみると、既にすやすやと寝息を立てていた。出会ってまだ一時間も経っていない知らないおっさんに抱きつかれ、こうも無防備に眠ってしまうとは何と豪胆な幼子か。
ささくれだっていた気持ちが落ち着くようで、久々に落ち着いて眠れそうだ、とガルドは思った。蒼太を抱きしめ直し、ゆっくりと目を閉じる。
この不思議な子供が何者なのかは分からない。しかしそんなことはどうでもいいと思った。
今のガルドの頭にあったのは、彼を手離したくない、いや手放してはいけない、ということだけだった。
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