エピローグ
32. 結びの肉
拠点に着いても佐木上は目覚めず、ひとまず皆で作戦ルームに運び上げて、床に敷いた布団へ寝かせた。
俺も一眠りしたいところだったが、サヤは父の覚醒を待つと言う。まあ、当然だろう。
寝息をBGMにして、俺たちは今後の予定を確認し合った。
マナミがセーフコアのディスクに
ただ逃げ出しただけでは、追っ手と争う日々が始まってしまう。余命が少ないと自覚するマナミは、そんな事態を避けたかった。
コアに収納された最新の有機ディスク、こいつは放逐寸前にリョウコの記憶をコピーしたものだ。
篠目に従い、その悪事にも手を貸した彼女は、ヤツにとって致命傷になりかねない記憶を大量に持っていた。
そのことを重々知りながら、篠目はリョウコを複写して、ヒバにコアを封印させる。
なぜそんなリスクを冒すのかと、マナミ自身も問うたらしい。
「俺のリョウコは、このディスクだ」と、篠目は答えたそうだ。あの男がリョウコをどう思っていたのかは、本人でなければ知りようが無い。
篠目も最初から悪人だったわけではないと、マナミは評したが、これまた俺には賛同する
ヒバが母と呼ぶリョウコも、マナミにとってはライバルと言える存在だった。
二人は篠目が喜ぶ姿に自分の幸せを重ね、より寵愛を受けようと競ううちに歯車が狂う。
篠目のカリスマ性が図抜けているのか、特能者の傲慢が目を曇らせたのか。
ともかくも、俺たちは篠目に対する最大の武器を手に入れた。
このスキャンダラスな記録の使い
「そりゃあ、コピーしまくるのよ」
「
「普通の機械コピーで充分よ。総量が尋常じゃないから、必要な部分を切り出してメディアにバラ撒く」
篠目はその対応に忙殺され、上手く行けば再起不能ってわけだ。
ディスクを奪われた篠目は、目の色を変えて俺たちを探すと思われる。反撃されたくなければ、行動は急いだ方がいい。
明日の朝にはコピー作戦に取り掛かり、早い内に拠点を引っ越すことで、皆の意見は一致した。
「今夜は徹夜してもいいくらい。まず有機ディスクの内容を、時系列で細分して――」
「あー、それは構わんけどさ。腹減ってねえか?」
「ん、まあ……」
ヒナギも一言、「空腹だ」と宣言する。
栄養摂取は全ての基本、体調を崩しては意味が無い。これにはサヤも同意せざるを得ず、実は、と祝勝準備をしていたことを打ち明けた。
なんと、牛肉。すき焼きだ!
ヒートパネルを持ってくれば、作戦ルームでも食べられる。
俺とヒナギで、三階へ食材を取りに走った。
シメジ、エリンギ、白菜、疑似コンニャク。豆腐は無いが、材料は申し分ない。
切るのも作戦ルームでと、まな板と包丁、それに調味料も運び、急拵えの鍋パーティーと洒落込んだ。
地図類を片付けて、机の真ん中に鍋を据え、三人で取り囲む。
鉄鍋が買ってあるのも、嬉しいサプライズだ。見た目で味だって変わる。
喜び勇んで油を引き、肉の包みを開けた俺は、しかし現れたピンクの物体に落胆の呻きを漏らした。
「これは、違う。合成肉だ」
「牛肉でしょ?」
「牛肉風じゃん。材料は大豆だぞ?」
文句を言っても仕方が無い。本物は後日に期待して、淡々と調理を始める。
焦げる醤油も、歯応えのあるキノコも、確かに美味い。ヒナギがガツガツと食べているのが、その証拠だ。
ただ、肝心の肉が、コンニャクより柔らかいと来てやがる。
焼き色も妙に白く、やはり豆腐の親戚かと嘆きたくなった。
みんな腹が空いてたのは同じで、半分くらいの食材を消費した時、床から「うーん」と唸り声が聞こえる。
箸を放り投げたサヤが、起きた父親の前に滑り込み、第一声を聞き逃すまいとその顔を見つめた。
「お父さん?」
「君は……、いや、うーん」
半分は回復させたと、マナミは言った。
サヤが登場する記憶を優先させた、とも。
「そっくりだ、うちの娘に。いやでも、歳が……」
「そりゃ本人だもの」
鼻をひくつかせる声に、俺は少々意地の悪い気分になる。
湿っぽいのは、もう既に充分体験させられた。
感動の対面だろうけど、楽しくやってもいいじゃないか。
「佐木上さん。あっ、いやお父さんの方ね」
俺の呼び掛けに、親子がそっくりな仕草で振り返った。
彼は誰だ、と尋ねた父に、娘は恩人だと答える。
そこにいる二人が、自分たちを助けてくれた親友なのだと言われ、佐木上は頭を下げて礼を述べた。
「それももう、腹一杯味わったよ。礼はいいから、こっちで一緒に食べましょう」
「ああ、確かに何か食べたいな。十年くらい寝てた気分だ」
思い出せないことは、サヤが自分の口で説明してやればいい。
思い出させたくないことは――追い追い、ゆっくり話せばいいだろう。
二人がやり直す時間なら、これからたっぷりあるのだから。
「合成肉だけど、結構うまいですよ」
「
すかさずヒナギが合いの手を入れる。このメンバーで食べれば、何だって
今頃、口から泡を飛ばして喚いているだろう篠目には、一生食えない贅沢品だ。
仲間ってのはな、いつの間にか勝手に出来てるもんなんだよ。
泣き笑いするサヤと、釣られて笑う父親を座らせて、四人で晩餐を再開する。
夜はまだ始まったばかりだ。
先の話は脇に
了
三センチなら届きそう 高羽慧 @takabakei
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