エピローグ


 雲ひとつない青空の下に、鐘の音が鳴り響く。

 会場となったチャペルでは、結婚式の参加者たちが和気藹々と会話を楽しみ、新郎・新婦の登場を今か今かと待ちわびていた。


『皆さま。本日はモンタギュー家、並びにキャピュレット両家の結婚披露宴にお集まりいただき、まことにありがとうございます』

 程なくして、司会のロレンスがマイクを握った。

『ロミオとジュリエット。お互い愛し合っていたこの二人が結婚するのは、当たり前のように思われるかもしれません。しかしご存知の通りその道のりは、決して平坦なものではありませんでした……』


 チャペル内は和やかで、平和そのものだった。

 参列者の中には、両家の家族や友人だけでなく、教皇や皇帝の姿も見える。ほんの少しの考え方の違いや些細なすれ違いで、お互いいがみ合っていたあの頃の教皇や皇帝は、もういない。そこには二人の結婚式を心から祝福する、コスプレしたただのオッさんが座っているだけだった。


『……派閥争い、宗教的対立。しがらみに囚われた両家がこうして相見える事が出来たのは、まさに奇跡と言えるでしょう。数多の苦難を乗り越え、二人は今日この日、皆さんの前に晴れ姿を見せることが出来ました』

 後ろの扉がゆっくりと開かれ、人々は立ち上がり、あちこちでカメラのフラッシュが焚かれた。

『それでは、入場していただきましょう。新婦・ジュリエット。新郎・ロミオ』

 司会のアナウンスに、チャペルは割れんばかりの拍手に包まれて行く。

『そして、田中・一郎』

「呼ばなくていいよ!」


 新郎と新婦に両手を握られ、俺は赤い絨毯の上をズルズルと引きずられて行った。


□□□


「なぁ道明寺……」

「ンだよ?」

「昔、隣のクラスのC組にさぁ……ロミオとジュリエットって転校生、いたじゃん」

「ンあ……そういや、いたな」


「あの二人……結婚したらしいよ」

「マジで!?」

「マジで。まぁでも、お似合いだったモンな。高校生の時から美男美女で……」

「確かにな。あの二人なら納得だわ」


「俺改めて思うよ。『アイツら、漫画の世界に生きてるな』って。

 もはやラブコメとか、恋愛小説の世界だろ。高校時代から付き合ってて、結婚まで行っちゃうとか。どんなメロドラマだよ。やっぱ俺たち一般人パンピーとは、住む世界が違ェよ……」

「お前ソレ、高校の時からずっと言ってるよな」


「でもホラ……ロミオとジュリエットって言えばさ……」

「あぁ……」

「”田中”っていたじゃん。ロミオとジュリエットの間に、ずっと挟まってた奴」

「そう言えば、いたな」

「アイツさぁ……何だったんだろうな。結局あの後、世界大会で優勝して……」

「優勝したんかい」

「優勝したよ。ぶっち切りで優勝した。他に対抗馬がいなかったからな。今もギネス載ってるよ」

「すげェな。でもそのおかげで二人が結婚できたんだから、ある意味恋のキューピッドだよな」


「で、その後裁判に負けて、無期懲役を食らって……」

「脱獄したんだっけ?」

「逃亡した。結局色々あってロミオとジュリエットに引き取られたんだけどよ。二人の両親とか、あと教皇と皇帝とか、上下左右に加え前後も挟まれて、さすがに嫌になったらしい」

「まず左右の時点でよく耐えられたな。俺ならどれか一箇所でも無理だよ」

「何度か、逃げては捕まってを繰り返してるらしいけどな。その度にロミオとジュリエット両家が総力を挙げて捜索して、さらに教皇と皇帝も協力してるんだと。アイツら、もう完全に仲直りしたっぽいな」

「田中のおかげ……か。でも教皇とか皇帝に目をつけられてんなら、もう逃げ場ないよな。もしかして、今でも警察に追われてたりして……」

「まさか。田中の話はもういいよ。それより、ロミオとジュリエットの話しようぜ」

「そうだな。何でわざわざ田中の話なんかしてたんだろ。アイツのせいで、俺らエライ目遭ってンのによ」


「ロミオとジュリエットの結婚式でさぁ……」

「え? お前呼ばれたの?」

「いや呼ばれてないよ。後でビデオ見せてもらったんだけど……まぁ幸せそうだったなぁ〜。あれで田中が間にいなかったら、最高だったんだけどな」

「田中いたのかよ」

「いたよ。お色直しもした」

「何のためにしたんだよ。ホント何者なんだよ、田中ってのは。また田中の話になってるよ」

「ホントだよ。もう田中の話はどうでもいいッてンだよ。何なんだよ、アイツは」


「そんな事よりさぁ……道明寺」

「ンだよ?」

「俺たち……いつになったら釈放されるんだろうな?」

「あァ……。高校ン時、田中のついでにイタリアの牢屋にぶち込まれて……もう五年だもんなァ……」

「おかげで、イタリア語もちょっと上手くなっちまったよ」

「パスタうめェよな」

「うめェ……違ェわ。こんなの、絶対おかしいわ。何でラブコメの世界なのに、法整備しっかりしてるんだよ」

「そこはお前……もうラブコメから離れろよ。大体ラブコメの世界だって、イマドキ法律くらいしっかりしてるだろ」

「してねェだろ。大概どこもやりたい放題じゃねェか。チクショウ、何で俺たちだけ……!」

「落ち着けって。俺たちゃ、ロミオとジュリエットラブコメの世界の住人じゃないんだから」


「にしても、いつまで入ってりゃいいんだよ。ゼッテーあのオッさんたち、俺らの事忘れてンだろ」

「大丈夫だって。だって俺たち、二階堂に道明寺明らかに主人公だぜ? ゼッテーこのままで終わる名字じゃねェだろ」

「マジかよ」

「マジだって。きっとこれから俺たちがメインのストーリーが始まって、メッチャモテまくるよ。田中なんて目じゃないって」

「そっか……何かお前にそう言われたら、そんな気がしてきたわ!」

「だろ?」


「じゃあ俺たち、これから罪を償って……そしたらラブコメ出来るかな!?」

「出来る、出来る。だからもう泣くなって」

「俺たち無事日本に帰って……可愛いヨメさんもらえるかなァ!?」

「もらえる、もらえるって。なァ。そう言えば今日、新しい囚人が来るんだろ?」

「あぁ……。確か二階堂一○四道明寺一○六の間に、新人一○五が挟まるって話さ」


「フゥン……わざわざ間に入って来るなんて、物好きなヤツだな。何の罪なんだ?」

「詳しくは知らないけど、かなりの重罪らしいぞ。皇帝の怒りを買って、直々に逮捕されたとか……」

「やべェな。それで、ソイツの名前は?」

「名前は確か……あっ、オイ。噂をすれば、本人が来たぞ」

「オイ、あれってまさか……」

「あぁ……みたいだな……」




おしまい。

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ロミオとジュリエットと俺 てこ/ひかり @light317

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