第五場 - キャピュレット家の庭園
「……少し、考えてみたの」
ジュリエットが俺の目を見て、静かに、だがはっきりとした口調で語り始めた。
「田中くんは、どう思っているのかなって。私にとって、田中くんは間にいるのが普通になってたけど、実は田中くんには負担になってるんじゃないかって」
「ジュリエット……」
「彼女なりに考えた結果なんだよ」
言葉を詰まらせるジュリエットの横で、ロミオが繋いだ。
「僕もそうさ。一郎がやりたくないコトを、無理にやらせるつもりは無いからね」
「そうか……」
それから部屋の中に、しばしの沈黙が訪れた。俺は軽くため息を漏らしつつ、目を伏せるジュリエットとロミオを交互に見つめた。
何故こいつらは今になってこんな当たり前の事を……。
二人と向かい合った俺は、動揺を悟られないように、必死に平常心を取り繕った。
卒業式を間近に控えた三月の頃。
二人して、改まって話があると言い出したから、一体何事かと思ったら。
俺を間に挟んでおいて、今更『迷惑じゃないか』って?
そんなの分かりきった事じゃないか。迷惑じゃない人間が、一体どこにいると言うのだろう。レタスとかハムの類じゃないんだから、そんなモンは挟む前に最初の段階で考えておくべきだ。
もしかして二人に、担がれているのだろうか?
二人の真意を測りかねて、俺は思い
するとどうだろう。
二人の背後にあるテーブルに、ジュリエットの
「田中くん、どうしたの?」
「い、いや……! 別に……」
ジュリエットが怪訝な顔をしたので、俺は慌てて顔を伏せた。
やはりこれは……罠!
おかしいと思っていたのだ。
あれほど当然のように毎日俺を間に挟んでいたのに、今更になって『止めた方がいいんじゃないか』などと真逆の事を言い出すなんて。何か裏があるんじゃないかと思っていた。きっとあのカメラで俺の言質を撮影し、今後の裁判でネタにするに違いない。
騙されてはいけない。ここで表立って二人を責めるのは得策では無い。これは俺を貶めようとする、あのオッさん連中の罠なのだ!
俺は”気がついた”事を二人に悟られないように、必死に表情を取り繕った。
「ねえ……田中くんは実際どう思ってるの?」
「俺は……」
ジュリエットに促され、俺は慎重に言葉を選んだ。
「俺は別に、何とも思ってないけどよ……」
「え……?」
「お前らこそ、どう思ってたんだよ? まさか悪気があって、俺を間に挟んでた訳じゃないよな?」
「とんでもない!」
二人が急いで大きな声を出した。
「私、田中くんにとっても感謝してるの! 田中くんが間にいたから、助かったコトが何度もあったし……」
「僕だってそうさ! 一郎が間にいたから、毎日がとても楽しかった!」
「だったら、もう別にいいじゃねェか」
俺はバッチリカメラ目線で笑顔を作った……少し格好付け過ぎだろうか。しかし、ここは警戒するに越した事はない。
「お前らが楽しかったんなら、それで良いよ。俺もまぁ、なんだかんだ言って色々楽しませてもらったし。俺のことは気にすんなって」
「田中くん……!」
「一郎、君って奴は……!」
ロミオが感極まって立ち上がった。ジュリエットに至っては、目に涙を浮かべている始末だ。上手く行った……俺は胸の中でホッとため息をついた。
「良かった! 私、心配になってたの。じゃあこれからも田中くんのコトを、私たち間に挟んでも良いのね?」
「え……そりゃあ……」
ジュリエットが嬉しそうに笑い、俺は思わず目を泳がせた。ここでもし二人の機嫌を損なうような発言をすれば、それを聞きつけた
「……もちろんだ。今まで通りで全然良いよ」
「田中くん!」
「一郎!」
二人が俺に抱きついてきた。
「じゃあ、これから私たちが病める時も富める時も、田中くんが間に入ってくれるの?」
「あぁ。当然じゃねェか」
「もし田中くんを”最高の間男”だって全世界に宣伝してても、迷惑じゃない?」
「ウン? 宣伝って?」
「今後『全世界”間男”選手権』が開催された時に、一郎、君が日本代表として出場してくれるかい?」
「えェと、ちょっと待って……」
話が飛躍し過ぎて段々分からなくなってきた。『全世界”間男”選手権』って、何だその罰ゲームは。宣伝って一体何の事だ。
「話は聞かせてもらったぞ」
「うおォッ!?」
俺が訳も分からず戸惑っていると、突然後ろのクローゼットがガラッと開いて、
「どうやら田中、我がキャピュレット家主催の大会に、参加したいらしいじゃないか」
「お前ら、どっから湧いて出たんだよ!? ずっとこの中にいたのか?」
俺はぽかんと口を開けた。やはりコイツら、こっそり見張っていやがった。俺の勘は、当たらずも遠からずといったところだったのだ。
「あれ?
「ウム。隠れる時入りきらなかったから、全部売った」
「はぁ!?」
「少年、細かいコトは気にするな! HAHAHAHAHA!」
奥から這い出てきた
「安心したわ。お父様が勝手に大会に田中くんをエントリーしてたから。断られるんじゃないかって、不安だったの」
俺が呆然としていると、その横でジュリエットがホッとしたように胸を撫で下ろした。
「それならいっそ、間に挟むのを止めるべきなんじゃないかって。でも迷惑じゃないってハッキリして、良かったわ」
「大会って何!?」
「僕は一郎ならきっと、喜んで引き受けてくれると思ってたさ。まぁ、これだけ全世界で出場が宣伝されてるから、もう断れないだろうけどね」
「だから宣伝って何だよ!?」
俺の叫びを無視して、
「そうだな。その心意気を買って、田中が優勝した暁には、ロミオとジュリエットの婚約を認めようじゃないか」
「本当ですか、キャピレットさん!?」
「いや何で俺が、そんな重大な責任背負うの!?」
「そうしたら、二人で堂々とイタリアに帰って来ると良い。新婚旅行にもピッタリだ」
「まぁお父様! 新婚旅行だなんて!」
ロミオが色めき立ち、ジュリエットは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「そして田中は、被告人として来るが良い。大会が終われば、裁判が待っている」
「ヤダよ! 何で俺だけそんな扱いなんだよ!?」
俺の悲鳴を無視して、部屋は暖かな拍手で包まれた。
「歴史的和解じゃ! こんなに最高なハッピーエンドは、見たことがない!」
「どこが!?」
「フン。最終的に世界を動かすのは金でも力でも無く……愛、か。この俺としたコトが、ロミオとジュリエット、それから田中に教えられてしまったようだな」
「だから何で、間に俺を挟むんだよ!?」
俺の存在を無視して、
「大丈夫だよ。一郎ならきっと、どんな人の間にだって挟まれるさ。何てったって、僕らの間にずっといたんだからね!」
「田中くん、イタリアでもまたよろしくね。週に一回は、面会に行くから……」
「俺って、有罪確定なの?」
ロミオとジュリエットが、まるで惜別の時のように俺に握手を求めてきた。立ち尽くす俺の後ろから、不意に大きな手がにゅっと伸びてきた。
「さぁ田中! 大会に向けて、今から特訓だ! 俺の指導は厳しいぞ! HAHAHAHAHA!」
「何の特訓だよ! オイやめろ、離せ……! 俺を巻き込むんじゃない!」
瞬く間に俺は
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