第五場 - キャピュレット家の庭園

「……少し、考えてみたの」

 ジュリエットが俺の目を見て、静かに、だがはっきりとした口調で語り始めた。


「田中くんは、どう思っているのかなって。私にとって、田中くんは間にいるのが普通になってたけど、実は田中くんには負担になってるんじゃないかって」

「ジュリエット……」

「彼女なりに考えた結果なんだよ」

 言葉を詰まらせるジュリエットの横で、ロミオが繋いだ。

「僕もそうさ。一郎がやりたくないコトを、無理にやらせるつもりは無いからね」

「そうか……」

 それから部屋の中に、しばしの沈黙が訪れた。俺は軽くため息を漏らしつつ、目を伏せるジュリエットとロミオを交互に見つめた。



 何故こいつらは今になってこんな当たり前の事を……。



 二人と向かい合った俺は、動揺を悟られないように、必死に平常心を取り繕った。


 卒業式を間近に控えた三月の頃。

 二人して、改まって話があると言い出したから、一体何事かと思ったら。

 俺を間に挟んでおいて、今更『迷惑じゃないか』って? 

 そんなの分かりきった事じゃないか。迷惑じゃない人間が、一体どこにいると言うのだろう。レタスとかハムの類じゃないんだから、そんなモンは挟む前に最初の段階で考えておくべきだ。


 もしかして二人に、担がれているのだろうか?

 二人の真意を測りかねて、俺は思いあぐねた。有り得ない話ではない。ついこの間、むさ苦しいオッさん連中の襲撃にあったばかりだ。あの時は無実の罪で海外の牢屋に投獄された挙句、教皇と皇帝コスプレしたオッさんを含めた裁判で危うく懲役を食らいそうになった。あんな出来事が突然あった以上、こちらも疑い深くもなろうというモノだ。俺は目を細めて、二人の周囲をよォく観察した。

 するとどうだろう。

 二人の背後にあるテーブルに、ジュリエットの携帯電話スマートフォンが置かれ、そのカメラがバッチリとこちらを向いているではないか! 俺は思わずハッとなった。

「田中くん、どうしたの?」

「い、いや……! 別に……」

 ジュリエットが怪訝な顔をしたので、俺は慌てて顔を伏せた。


 やはりこれは……罠!


 おかしいと思っていたのだ。

 あれほど当然のように毎日俺を間に挟んでいたのに、今更になって『止めた方がいいんじゃないか』などと真逆の事を言い出すなんて。何か裏があるんじゃないかと思っていた。きっとあのカメラで俺の言質を撮影し、今後の裁判でネタにするに違いない。

 騙されてはいけない。ここで表立って二人を責めるのは得策では無い。これは俺を貶めようとする、あのオッさん連中の罠なのだ!


 俺は”気がついた”事を二人に悟られないように、必死に表情を取り繕った。


「ねえ……田中くんは実際どう思ってるの?」

「俺は……」

 ジュリエットに促され、俺は慎重に言葉を選んだ。

「俺は別に、何とも思ってないけどよ……」

「え……?」

「お前らこそ、どう思ってたんだよ? まさか悪気があって、俺を間に挟んでた訳じゃないよな?」

「とんでもない!」

 二人が急いで大きな声を出した。

「私、田中くんにとっても感謝してるの! 田中くんが間にいたから、助かったコトが何度もあったし……」

「僕だってそうさ! 一郎が間にいたから、毎日がとても楽しかった!」

「だったら、もう別にいいじゃねェか」

 俺はバッチリカメラ目線で笑顔を作った……少し格好付け過ぎだろうか。しかし、ここは警戒するに越した事はない。


「お前らが楽しかったんなら、それで良いよ。俺もまぁ、なんだかんだ言って色々楽しませてもらったし。俺のことは気にすんなって」

「田中くん……!」

「一郎、君って奴は……!」

 ロミオが感極まって立ち上がった。ジュリエットに至っては、目に涙を浮かべている始末だ。上手く行った……俺は胸の中でホッとため息をついた。

「良かった! 私、心配になってたの。じゃあこれからも田中くんのコトを、私たち間に挟んでも良いのね?」

「え……そりゃあ……」

 ジュリエットが嬉しそうに笑い、俺は思わず目を泳がせた。ここでもし二人の機嫌を損なうような発言をすれば、それを聞きつけたシルクハットジュリエットの父親タキシードロミオの父親が何て言い出すか分かったもんじゃない。


「……もちろんだ。今まで通りで全然良いよ」

「田中くん!」

「一郎!」

 二人が俺に抱きついてきた。

「じゃあ、これから私たちが病める時も富める時も、田中くんが間に入ってくれるの?」

「あぁ。当然じゃねェか」

「もし田中くんを”最高の間男”だって全世界に宣伝してても、迷惑じゃない?」

「ウン? 宣伝って?」

「今後『全世界”間男”選手権』が開催された時に、一郎、君が日本代表として出場してくれるかい?」

「えェと、ちょっと待って……」

 話が飛躍し過ぎて段々分からなくなってきた。『全世界”間男”選手権』って、何だその罰ゲームは。宣伝って一体何の事だ。

「話は聞かせてもらったぞ」

「うおォッ!?」


 俺が訳も分からず戸惑っていると、突然後ろのクローゼットがガラッと開いて、シルクハットジュリエットの父親タキシードロミオの父親が部屋に飛び込んできた。目を白黒させていると、シルクハットジュリエットの父親が俺の肩をバンバン叩いた。

「どうやら田中、我がキャピュレット家主催の大会に、参加したいらしいじゃないか」

「お前ら、どっから湧いて出たんだよ!? ずっとこの中にいたのか?」

 俺はぽかんと口を開けた。やはりコイツら、こっそり見張っていやがった。俺の勘は、当たらずも遠からずといったところだったのだ。


「あれ? 此処クローゼットにあった俺の服は?」

「ウム。隠れる時入りきらなかったから、全部売った」

「はぁ!?」

「少年、細かいコトは気にするな! HAHAHAHAHA!」

 奥から這い出てきたタキシードロミオの父親が豪快に笑った。さらに二人の背中には、教皇と皇帝の姿もあった。


「安心したわ。お父様が勝手に大会に田中くんをエントリーしてたから。断られるんじゃないかって、不安だったの」

 俺が呆然としていると、その横でジュリエットがホッとしたように胸を撫で下ろした。

「それならいっそ、間に挟むのを止めるべきなんじゃないかって。でも迷惑じゃないってハッキリして、良かったわ」

「大会って何!?」

「僕は一郎ならきっと、喜んで引き受けてくれると思ってたさ。まぁ、これだけ全世界で出場が宣伝されてるから、もう断れないだろうけどね」

「だから宣伝って何だよ!?」

 俺の叫びを無視して、シルクハットジュリエットの父親が満足そうに髭を撫でた。


「そうだな。その心意気を買って、田中が優勝した暁には、ロミオとジュリエットの婚約を認めようじゃないか」

「本当ですか、キャピレットさん!?」

「いや何で俺が、そんな重大な責任背負うの!?」

「そうしたら、二人で堂々とイタリアに帰って来ると良い。新婚旅行にもピッタリだ」

「まぁお父様! 新婚旅行だなんて!」

 ロミオが色めき立ち、ジュリエットは恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「そして田中は、被告人として来るが良い。大会が終われば、裁判が待っている」

「ヤダよ! 何で俺だけそんな扱いなんだよ!?」

 俺の悲鳴を無視して、部屋は暖かな拍手で包まれた。


「歴史的和解じゃ! こんなに最高なハッピーエンドは、見たことがない!」

「どこが!?」

「フン。最終的に世界を動かすのは金でも力でも無く……愛、か。この俺としたコトが、ロミオとジュリエット、それから田中に教えられてしまったようだな」

「だから何で、間に俺を挟むんだよ!?」

 俺の存在を無視して、教皇も皇帝コスプレしたオッさんも、全員がにこやかな笑顔を浮かべていた。


「大丈夫だよ。一郎ならきっと、どんな人の間にだって挟まれるさ。何てったって、僕らの間にずっといたんだからね!」

「田中くん、イタリアでもまたよろしくね。週に一回は、面会に行くから……」

「俺って、有罪確定なの?」

 ロミオとジュリエットが、まるで惜別の時のように俺に握手を求めてきた。立ち尽くす俺の後ろから、不意に大きな手がにゅっと伸びてきた。


「さぁ田中! 大会に向けて、今から特訓だ! 俺の指導は厳しいぞ! HAHAHAHAHA!」

「何の特訓だよ! オイやめろ、離せ……! 俺を巻き込むんじゃない!」


 瞬く間に俺はタキシードロミオの父親に羽交い締めにされ、そのまま部屋の外へと引きずられて行った。

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