叶わなそうな願い事

ぷにばら

叶わなそうな願い事

 吹奏楽部のみみ先輩はその可愛い呼び名とは裏腹に性格が悪い。

 とびっきりの笑顔を私にむけて、飾られた笹の葉の前でこんなことを言った。

「この短冊の中で1番叶わなそうなお願いを見つけるゲームをしましょうよ」

 今日は7月7日。昇降口の隅には短冊とペンが置いてある机があり、その隣に笹が1本だけ申し訳程度に頭を垂れていた。

 七夕イベントの一環で生徒会が用意したものだが、ぽつんと置かれているせいで場違いな違和感をひしひしと感じる。

 そんな疎外感を丸出しにしているせいか、笹には全校生徒の数から考えて決して多いとは言えない短冊がこれまた控えめに点在している。


「えぇ、やですよ。なんでわざわざ1番叶わなそうなお願いを探さないといけないんですか。趣味が悪い……」

「だってこの短冊には心から願ったものが書かれるんでしょう?そしてせっかく神様が叶えてくれるのなら、1番実現が難しいお願いを叶えて欲しいじゃない?」

「本当は?」

「こんなの叶うわけないじゃない馬鹿ねえって笑いものにしたいだけよ」

「……最悪過ぎる」

 私が送る非難の目線を気にすることなく、うきうきした様子で短冊を吟味するみみ先輩。本当に性格が悪い。

 こういう時のみみ先輩は満足するまでやめない。あげつらって嘲笑って、嗜虐が満たされるまで遊ぶ。

 そしてすぐに飽きて棄てるのだ。なんの興味も失ったみたいに。


 私はため息をついて、笹を見上げる。

 目についた短冊を口に出して読んでみる。

「“私の好きな人が私のことを好きになりますように”」

「あら、そんなの普通じゃないの。もしかしたら叶うかもしれない、ありきたりなお願いなんて面白くもないわ。例えばこういうのよ。“隕石が落下して3年2組に直撃しますように”」

「うわあ……非現実的なのに生々しい……」

「ふふっ、なにかクラスで嫌なことでもあったのかしらね」

 みみ先輩はなぜか嬉しそうだ。

 まあクラスでとは限らないのだろう。案外特定の先輩へ恨みがある後輩がクラスごと巻き込んでそんなお願いを書いたのかも。いや決して私のお願いではない。


「……じゃあ“学校を占拠したテロリストの目を盗んでクラスを脱出し、警察へ連絡。その後放送室へ忍び込み(中略)俺1人の活躍によってこの学校の生徒が救われますように”とか」

「中略してここまで内容に差し支えがない文章はなかなかないわね」

「というか願いでテロリストからの救出を叶えたとして、この人は満足なのでしょうか……」

 マッチポンプすぎる。


「他にはそうねえ……。“次のテストで赤点を回避して留年を回避出来ますように”」

「ん?どこが叶いそうにないんですか?さっきまでのに比べたら全然普通のお願いじゃないですか」

「これ書いたのねえ、私の彼氏なの」

 ペラリと見せられた短冊には確かに先輩の彼氏の名前が書かれていた。

 そこで思い出したが、先輩の彼氏は『万引きで補導され過ぎてあらゆる店で出禁になってる』だの『喧嘩を売る相手を厳選し、自分より強い者には決して手を出さない』だのという噂が流れる素行が良くない系男子だった。それもかなり小悪党寄りの。

 評判を聴く限りでは確かに赤点と留年は回避できそうになさそうだ。織姫と彦星に祈る程度に追い詰められていることからも察せられる。というかこんなセンシティブな短冊に名前を書くな。


「……あー、それは残念でしたね」

「そうねえ、また別の彼氏を探さないと」

 先輩がさらっと倫理観を疑うようなことを言った。

 しかし、みみ先輩と長い付き合いである私はもはや疑うことなく言い切れるのだが、この先輩の倫理観はダメなあれだ。

 この先輩は性格も悪いが、男を見る目も男癖も最悪なのだった。前に付き合った彼氏も“ヤク中のヤク売人(服役中)”や“自分より高い建造物を見ると登りたくなる無職(死亡)”など濃ゆい面々だった。

 私は新しい男と付き合い始める度に止めるのだが、みみ先輩は聞く耳を持たない。のらりくらりと、ふらふらと新しい駄目な男と付き合ってしまうのだった。

 きっと先輩はきっと自身も含めてあらゆることにどうでもいいと多分本気で思ってる。傍から見ていてもその地に足がついていなさに危ういものを感じるくらいだ。

 それは破滅願望とは似て非なるなにかで、本当に“どうでも”良いのだろう。


「ほら見て、この願い事!“世界から男性が消えてなくなりますように ”ですって。緩やかな人類滅亡への祈りね」

「そうですね……」

 だから多分こうしてなにかに興味を持って、それを楽しんでいる間は大丈夫だと思いたい。

 なにが大丈夫かは分からないけど。

 私は改めて笹を眺めているとある短冊を見つけた。

「これうちの部員のお願い事ですかね?“吹奏楽コンクール地区予選で金賞取って県大会出場出来ますように”」

「そうねえ。ところで“叶わなそうな願い事”でそれを挙げるなんてあなたもなかなか分かってきたじゃない」

「いや別にそんなこと言ってないじゃないですか。まあ……今年も駄目だとは思いますけど……」

 きっと今年も駄目金だろう。県大会へは行けない。

 去年のコンクールへの練習で要領よく部員をまとめる先輩を同じパートの後輩として見ていた。先輩は何でもそつなくこなす。人望も厚い。性格は悪いが、立ち回りは上手いのだ。性格が悪いからかもしれないけど。

 去年の夏。コンクールの結果発表の時、周りの部員が祈るように手を組む中で、先輩はまるで何も見ていないかのように真顔だったことを思い出す。虚空を映すその目で願う部員たちをどのように見ていたのだろう。

 私は先輩のことが全く分からない。

 分からないうちにすぐにこちらが心配になるようなことをしでかす。

 普段はどうでもいいみたいに生きてるくせ、たまにとびっきりの笑顔をこちらに向けてくる。

 中学から高校までの数年間、部活でほぼ毎日顔を合わせても何一つ理解出来ない。

 分からないけど、その危うさに寄り添いたいと思うのだ。

 危なかっしくて、見ていられない。

 見ていられないくらい見ていたい。

 そんなことを先輩と出会ったその日から考えていた。

 でも――と思う。

 先輩は別に私のことをなんとも思っていないのだと思う。

 私は見ていたいと思うし、きっと先輩から見られたいと思うのだけど。

 なかなか上手くはいかない。

 私はそんなことを考えながら、ふと気になった。

 先輩は短冊に何を願うのだろう。


「先輩は短冊に願い事を書かないんですか?」

「そうねえ……。あなたは書かないの?」

「私は実はもう書いてますから」

「あら、そうなの。じゃあ私も書くわ」

 そう言って先輩は机に置かれていたペンを手に取り、短冊へお願いを書き込んでいった。

 そこには――

“ここにある全てのお願いが叶いますように”

 と綺麗な字で書かれていた。

「これが“1番叶わなそうな願い事”かもしれないけどね」

 先輩がこちらに笑いながら言った。

 その短冊の願いさえきっとどうでもよいのだろうなと思う。

 それくらいなら先輩のことを理解出来る。


 同時に私はずるいなあと思った。

 私は私の書いた短冊を見た。

“私の好きな人が私のことを好きになりますように”

 これは、きっと叶わない。

“1番叶わなそうな願い事”と聞いて最初にこの願い事を挙げたのは“叶わなそうな”ことを否定して欲しかったからだ。

 案の定それは予想通りだった。まあ虚しいだけだったけど。


「そろそろ部室に戻りましょうか」

 先輩は珍しく少し上機嫌で廊下を歩いていった。

 私は先輩の背を追いながら考え続けている。


“1番叶わなそうな願い事”は私と先輩、どっちの願い事なんだろうか、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

叶わなそうな願い事 ぷにばら @Punibara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る