§3 もしも彼女が
そんな訳で蘇我駅で降りる。
僕が使う駅から学校と反対側。
だからここで降りたのは初めてだ。
チャージ済みのIC定期で改札を出る。
すぐ前の柱の所で見慣れた顔が手を振っていた。
ただ見慣れない私服姿にちょっとどきっとする。
只の黒いTシャツに茶色系チェックのミニスカートなのだけれど。
ふと気づく。これってまるでデートだよな。
いかんいかん、俺は只で映画を見に来ただけだ。
他意は無い。今のところは。
「ごめん、待たせたか?」
自分で言っておいてまさにデートの定番台詞だなと自分で気づいて無茶苦茶焦る。
いや違うからな、違うから。
一応表情は変えていないつもりだけれど大丈夫だろうか。
「5分前の電車。乗り継ぎだとその電車しかなくてね。じゃあ行こ」
どうやら僕の動揺はバレなかった模様。
そんな訳で2人並んで歩き出す。
流石に手は繋がない。
「何処へ行くんだ?」
「ハーバー●ティ。歩いて15分くらいかな」
「あれって無料バス無かったっけ」
一応僕も予習はしてきたのだ。
蘇我駅待ち合わせで行きそうな場所、映画館があって買い物が出来る所を。
「バスを待つのって好きじゃ無いの」
「そういえばそうだったな」
15分なら学校から駅より遙かに近い。
建物に挟まれた割と殺風景な道を肩を並べて歩いて行く。
「見る予定の映画は時間、大丈夫か?」
「うん、11時からだからゆっくり歩いても間に合うよ。そんなに混みそうなタイトルでもないし」
「どんな映画?」
「それは行ってみてのお楽しみかな。なおタイトルの変更は許しません」
「はいはい、スポンサー様は絶対です」
「優待券だからお金を出すわけじゃないけれどね」
歩いて行くと両脇が低いビルから一戸建ての住宅メインになる。
更に歩いて信号のある交差点を渡ったら先におなじみの家電量販店が見えた。
あそこはもうショッピングセンターの一部だ。
◇◇◇
マークしていなかった映画だがなかなか良かった。
フランス映画の恋愛もので、要は時代の流れですれ違い続ける2人を描いたもの。
要約すればそれだけなのだが、音楽と映像がとにかく綺麗だった。
「どうだった、今の」
「悔しいけれどなかなか良かった。よく見つけてきたな」
「優待券を無駄にしたくないから今かかっている奴で評判いいのを選んだだけなんだけれどね。予定以上に良かったかな。とにかく綺麗だったし」
「確かにな。で、どうする」
映画は見たしこの後の予定は聞いていない。
「まだ肝心な事をしていないんだけどな。忘れたの?」
肝心なことって……
そうだ、シェラさんと相手の
「別にいいだろ。今の映画良かったしさ」
「折角だからさ、確認して一緒に落ち込もうよ。毎度毎度見せつけられてばかりで多少うんざりする時もあるんだよね、実際のところ」
「見せつけられるって、生活圏が一緒なのか?」
「まあそんなところかな」
そう言いながら映画館のある建物を出て、隣の建物に入っていく。
彼女は全く迷う様子なくエスカレーターに乗り2階へ。
ちょっと不思議になったので聞いてみた。
「何処へ向かっているんだ?」
「もう何度もあの2人にはあてられたからね。行動パターンはわかっているのよ」
本当に迷わずという感じで歩いて行ってレストランが並ぶコーナーへ。
一番奥のパン食べ放題のレストランの前で彼女は立ち止まった。
「やっぱりいた。そこのパン屋系レストラン、ここから見て柱の陰に近いあたり」
言われてついつい見てしまう。
一瞬わからなかったけれど、確かにシェラさんがいた。
わからなかったのは表情のせい。
いつもの無表情とは見違えるくらいの笑顔だ。
隣に座っている男性と何か楽しそうに話している。
こんな表情も出来るんだな、シェラさんは。
「隣にいるのが言っていた例の相手よ」
そう言われてもう一度隣の男性を中心に見てみる。
どう見ても30代くらいだな。
20代後半かもしれないけれど、それ以上若くはないだろう。
「大分年齢が離れていないか」
「多分秋本が思っている以上に離れていると思うよ」
そう言ってマリエラさんは反対方向へ歩き始める。
僕も慌ててついていく。
「あの男性はどういう関係なんだ?」
「高橋さんはシェラの事を娘のようなものだと思っている。シェラは恋人になろうとしている。ついでにいうとシェラの実のお父さんからは、高橋さんはシェラの婚約者とされているの」
「なんだそりゃ」
思わずそう言ってしまう。
ややこしいというか経緯がわからないというか。
「更に言うとあの2人は同居しているんだよ。というか種明かしをしちゃうとシェラとジーナと私とシェラの妹のアミュ、4人は高橋さんのところに居候中なの。ちょっとまあ元の国の事情とか色々あってね。この国へやってきた訳」
「何か複雑だな」
そうとしか言いようが無い。
「まあ色々あるんだけれどね、面倒だから以下省略」
「はいはい」
実際色々あるんだろうな、と思う。
平和な日本にずっといた僕と違って、色々な事があったのかもしれない。
今ここで細かく聞こうとは思わないけれど。
「だからシェラと高橋さんの熱々の場面を散々見せられている訳、理解した」
なるほど同居しているならそりゃ見ざるを得ないよな。
背後の状況はどうなのかわからないけれどさ。
「それでシェラ達の事、見ててどう思った? ひょっとして嫉妬した?」
どう言おうか。
ちょっと考えて、結局は本音を言う事にした。
「それもちょっとあるかもしれないけれどさ、何か安心した」
「ほう、何故にかな?」
マリエラさんは首をかしげて僕の方を見る。
「シェラさんもあんな表情が出来るんだな、ってさ」
彼女は一瞬んんっ、っという顔をして、そして頷いた。
「なるほどね。いい奴だな秋本は。シェラに言っておこう。心変わりするなら秋本も悪くないぞって」
それは勘弁して欲しい。
「頼む止めてくれ」
「あとちょっとむかついたから、昼飯なにかおごれ」
「何だそりゃ」
「ここは混んでいるから一度外に出るよ」
そんな訳で有無を言わさずエスカレーターで下に降り、外へ。
歩きながらマリエラさんはまた口を開く。
「ところでさっきの高橋さん、実は50代って言ったら驚く?」
えっ。
「どう見ても30代前半くらいにしか見えなかったけどな。それでも大分歳が離れていると思ったけれど」
「実は高橋さんもシェラもジーナも、そして私も魔法使いなんだ。だから年齢を取るのもゆっくりだしその気になればいろんな事が出来るの。その気になればこの辺を焼け野原にするなんて物騒な事だって。もし本当にそうだとしたら、秋本は私の事を怖いと思う?」
何だ突然出てきたその仮定は。
そう思ったけれど何かひっかかった。
おふざけにしては今の台詞、本気に近いニュアンスを感じたのだ。
だから馬鹿馬鹿しい仮定だけれど真面目に考えてみよう。
数秒で答えは出る。
「でもマリエラさんはマリエラさんなんだろ。魔法使いでも」
「そりゃそうだけれど」
「だったら別に変わらないだろ、魔法使いでも」
「ここを焼け野原にだって出来るんだよ」
「でもしないだろ。なら同じだよ今と」
彼女は少し何かを考えたような間の後、にんまり微笑んだ。
「今の返答はなかなか良かったぞ。代償として5割増しの寿命を与えてしんぜよう」
「何で5割増しなんだ?」
「その方がリアルじゃない。永遠の命とか言うよりはさ」
「はいはい」
いつも通りの軽い口調、やっぱり只の冗談だったのかな。
何か感じたのは気のせいだったようだ。
「あっ、馬鹿にしたな」
「していないしていない」
「ならお昼ご飯、店で一番高いメニューを頼んでやる」
「参考までにどんな店に向かっているんだ?」
「イートイン付きパン屋のつもりだったけれど、ウナギ屋に変更!」
「やめろ財布が死ぬ」
梅雨のさなかだけれど今はとりあえず雨は降っていない。
たまにはこんな休日もいいかな。
そんな事を思いながら2人で並んで駅の方へと歩いて行く……
窓際の彼女と視聴覚室の彼女 ~アラフィフおっさんと異世界少女 おまけ編~ 於田縫紀 @otanuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます