§2 週末のお誘い
午後6時20分のチャイムが鳴る。
あと10分で下校時刻だ。
話は全然進まなかったけれど仕方ない。続きは家で書くことにしよう。
僕はオンラインストレージに描きかけの小説を保存し、シャットダウンをかける。
マリエラさんの方を見ると既にパソコンをシャットダウンしていた。
接続していた液タブのケーブルを外して鞄にしまい僕の方を見る。
「そっちは終わった?」
「シャットダウン中」
「ならもう大丈夫だね」
彼女に合わせて僕も立ち上がる。
「今日の進捗状況どう?」
「うーんいまいちかな」
「こっちは順調だよ。このペースなら学園祭までには前作含め5本いけるかな」
「まずいなあ。こっちは中編1本まだ終わらないのに」
「秋本が書かないと文芸部の冊子が全部私の漫画になるよ」
「ありそうで洒落にならないな。でもそれって文芸部なのか?」
そんな事を話しながら部屋を出て、昇降口へ向かって歩き出す。
だいたい帰りはマリエラさんと一緒にJRの駅まで歩いて帰る。
学校からJRの駅までは3キロちょっとあって、大体の人は駅までバスだ。
でも彼女は暴風雨でもない限り絶対歩く。
「バス代がもったいないじゃない。歩いても40分かからないでしょ。バスを待ったり中で混雑の中耐えるよりは歩いた方がましよ」
そんな訳で僕も帰りは歩きに付き合う訳だ。
行きは僕の場合、ギリギリの電車で来るのでバスを使っているけれど。
「さてさっきの答え、思いついた?」
さっきの答えって何だっけ?
「ほらシェラが真っ直ぐ帰る理由。家にいる最愛の彼氏の正体」
そういえばそんな話をしていたよな。
言われて思い出した。
「義理の弟とか、義理の姉、妹なんてのはどうせ答えじゃないんだろ」
「いいね、その文学青年らしいひねくれた答え、私は好きだよ。ついでに言うとそこまではあっている。確かに義理の兄弟姉妹じゃない」
なるほど。
「なら愛犬とか愛猫とか」
「どっちも飼っていないなあ」
「実の兄とか弟とか」
「残念だけど違うよ。禁断の愛も面白いけれどね」
そう言って彼女は不意に、何か思いついたような笑みを浮かべる。
「何なら秋本の目で確かめてみる? 今度の週末に」
えっ?
「それって自宅訪問って奴か?」
シェラの家が何処かは正確には僕は知らない。
クラスの住所録にはちょっと遠い住所が書いてあったと思うけれど。
「ううん、それじゃシェラが相手に対してどんな感じか見てわからないじゃない。だから相手と一緒にいるところを観察して、シェラが実際どんな感じか確認してみるのもいいかなと思って」
おいおい。
「それってストーカーじゃないのか」
「追跡しなくても土曜の日程は大体決まっているから観察可能だよ。私が責任持って案内するから」
「何でそんなのマリエラが知っているんだ?」
「まあ色々とあるのよ」
マリエラさんはそれ以上説明する気はないようだ。
「それに秋本、どうせ土曜日暇でしょ。運動部みたいに練習があるわけでも無いし。私も暇だからついでに付き合いなさいよ」
おいおい。
「ストーカー行為はしないぞ」
「買い物に行ってたまたま見るだけなら問題無いじゃない。それにちょうど見たい映画もあるんだよね。優待券が余っているからおごるよ」
映画の券って高いんだよな。
「いいのか」
「6月で期限切れの株主優待券が2枚余っているの。1人で見に行くのも何だし、ジーナもシェラも今かかっている映画で見たいのないって言うしね」
ジーナさんというのはマリエラさんやシェラさんと一緒に転入してきた女子生徒だ。
クラスが違うので僕は良く知らないが、どうもマリエラさん達と仲がいい模様。
時々マリエラさんの口からシェラさんと同様彼女の話も聞く。
それにしても映画なんて見るのは久しぶりだ。
「今は映画、何をやっているんだろ」
「その辺は私に任せておいて」
「はいはい、スポンサー様の仰せのままに」
「よろしい。それじゃ土曜日は蘇我駅の改札外で10時ね」
蘇我か。僕の通学コースと反対側だな。
「何故に蘇我なんだ?」
「シェラ達が買い物に行く場所の最寄り駅が蘇我なの。それに私の優待券もそこで使えるしね」
なるほど。
でもここでひとつはっきりさせておこう。
「言っておくけれどストーカーしに行く訳じゃ無いからな」
そこは念を押しておく。
確かにシェラさんの相手とやらに興味が無いわけではないけれどさ。
「はいはい。それじゃ蘇我駅改札外で10時、約束ね」
「はいはい」
「はいは1回!」
「はいはいはい」
「宜しい」
「なんでやねん!」
まあこの辺のやりとりはいつものお約束だ。
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