シンデレラ お題「何か燃やせ!」「自転車」


 コンビニで買い物をしていたのはたった5分程度の時間のはずだ。


 目の前で起こっている現象が上手く呑み込めず、現実感は自分を置き去りにした。「灰化現象シンデレラ」だ。自然発火という言い方が本来正しいのであろうが、近年、普通ならありえないものがありえないところで燃えるという現象が爆発的に増え始めた。従来の自然発火とは異なる定義が必要であるとされ、対象が灰になるまで燃え続けるこの現象はシンデレラと名付けられたのである。シンデレラは、少女の人形から、ゲーマーのコントローラー、インフルエンサーのスマートフォンなどあらゆる場所で起こり得る現象とされている。未だにその原因や対策などは解明されていない。


 平凡なコンビニの駐車場で煌々と燃えているのは自分の自転車であった。目を離した隙に放火されたということも考えられたが、目撃していた人の話や水をかけても勢いを曇らせないその火から、シンデレラであることは間違いないようであった、

 しばらくすると、火の勢いは弱まり、自転車は完全な灰になった。シンデレラを見届けた野次馬は去り、その場に残されたのは自分と、自転車であった灰だけになった。コンビニの店員にホウキとちりとりを借り、灰を片付ける。少しだけ、持って帰ることにした。シンデレラが起こるモノは特別なものだという噂が、自分にそうさせた。コンビニ店員に礼を言い、帰路についた。


 田舎では徒歩よりも自転車や車を使う人が多い。それらがないとどこへも行けないからである。行きは20分ほどで走った道を一時間かけて歩くことになった。

 コンビニ袋の中の灰を歩きながら覗く。この自転車は自分にとって何か特別なものだったのだろうか。生活必需品ではあったが、それ以上のものがあったのだろうか。始まろうとする夏の暑さが陽の沈みと共に薄れ、涼しさが降りてきていた。帰宅する頃には夜になってしまうだろう。その自転車と過ごした時間を思い出す。スピードに乗った景色の美しさもしばらくは失われてしまうであろうことが、残念に感じられた。


「あれ、こんなとこで歩いとるの珍しいやん」

 後ろから声をかけてきたのは同級生の薫だった。振り返り返事をする。

「チャリにシンデレラ起きたんや、出先やったのにかなわへんわ」

 困ったようでおどけた返事である。

「あ、ほんまにか。翔にもシンデレラ起こることあるんやなあ」

 薫はこちらをからかうように言った。当たり前のように自分の隣を歩く。

「私も、大事にしとったぬいぐるみがシンデレラにおうたことを思い出すなあ。避け泣いたわ」

 しみじみと薫は語った。ぬいぐるみの周りのものが何も燃え辺のには驚いたけどな、と笑いながら。それからなんとなく沈黙の時間が流れ、沈みゆく夕陽を見送り、歩き続けた。


「あれさ、私、今になって思うんやけどな」

 と薫が口を開いた。

「燃えたものが特別っていうよりは、失って得るものの存在を教えてくれるんがシンデレラやったんちゃうかなって」

 そう言って、ぬいぐるみに依存していた自分の話をした。

「なるほどなあ」そう言いながら、空を見上げる。そういえば、しばらく空を見上げることも、ゆっくりと歩く機会もなかった。そうかもしれへんなあとぼやいて、薫をしばし見つめ、また空を見上げた。

 アンタレスが赤く燃えている。シンデレラの魔法などというのも悪くないと思った。

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30分小説 更科 周 @Sarashina_Amane27

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