段ボールを食む男 お題「段ボール」「迷子」



 東京なんて大嫌いだ。と池袋の街を歩く。

 どうやら迷子になったようだ。むしろ何故東京の人間はこんな迷宮のような街で迷わずに自分の目的地へとたどり着けるのだろう。

 舌打ちをしながら右も左もわからぬままに歩く。私はネットカフェを探している。スマホの充電はとうに切れていた。


 歩いているうちに気が付けば一本奥まった道に入ってしまった。どこでどう曲がったのかもわからず、とりあえず歩いていれば広い道に出るだろうと歩みを止めずに来てしまったことが仇となった。心のように重い荷物を持って、私は何故こんな苦労をしなければならないのだ、と苦虫を噛み潰した。

 家を出てきたときのことを思い出す。田舎特有の価値観。罵声、暴力、無理解。「お前はこの土地で生きていればいいのだ」「地元の人に嫁いで幸せに暮らすことが最も幸せな道なのよ」自由を剥奪する声が脳裏に響く。「あなた達の当たり前を押し付けられるのにはうんざり。私は一人でこの町を出て勝手に幸せになる」と家を後にしてきたのだ。そして、第二の人生の場に選んだのが、首都・東京である。

 日雇いの仕事は見つけることができたが、住む場所を見つけるのに時間がかかるだろうということでネットカフェを探していた。


 いくら歩いても広い道に辿りつかない気がした。疲労に顔を歪ませながら歩いていると、一人のホームレスがビルを背に座っているのを確認した。道を聞けば広い道に出られるだろう。

「あの、すみません。道を尋ねたいんですが……」と、そこで思わず言葉を切る。


 男は段ボールを食べていたのである。


 あたかもそれがご馳走であるかのように。

 

 絶句した自分の姿に男は気づいた。

「ああ、道を聞きたいのか。ちょっと待ってな。食事中だから」

 男はそれだけ言うと箸を進めた。使い古されたように見える割り箸だった。

 これは、大丈夫な人なのだろうか。変な人を捕まえてしまったのではないだろうか。もしかしたら食べるものがないのかもしれない。そう考えながら男の食事を見ていると、男は「お前もいるか」と段ボールを勧めてきた。勿論答えはNOである。「そうか、うめえのにな」と男は残念そうに段ボールを食べ終えた。

 

「んで?広い道へ出たいのか。それならそこの角を右にまっすぐ突き当たってもう一回右だ」と男は丁寧に説明した。案外普通の人なのかもしれない。段ボールを食べること以外は。

「あの、これ、お礼です。どうぞ」そう言って持っていたコンビニのおにぎりを差し出した。しかし、男は「いらない」と言った。そして続けて「段ボールの方がうめえんだよ」と笑ったのである。そう言い終えた男は、あっちへいけと言わんばかりに手を払った。礼を知らない男だ、と私は少し機嫌を悪くしたが「ありがとう」とだけ告げて広い道へと向かった。


 男のおかげで広い道に戻ることができた。空にはオレンジが差し掛かって日が暮れようとしていた。私は歩きながら、当たり前、当たり前なあ、と呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る