新入生ガイダンス


『新入生ガイダンスのご案内』


 爽馨大学から、入学前に行われるガイダンスのお知らせがきた。履修科目の登録の仕方や、入学式についての説明があるらしい。


 ガイダンスの日がユウの学部と同じ日だったので、待ち合わせて行くことになった。


「教育学部の校舎まで送って行くから、待ち合わせ時刻が、その分早めになるけどいいかな?」


「わざわざそこまで? ちょっと大袈裟じゃないかな?」


「全っぜん、そんなことないから。身の危険を感じてからじゃ遅いんだよ! 結星くんの吸引力は、半端ないんだから。それでね。私一人じゃ厳しいと思って、応援を呼ぶことにしたの」


「応援って誰? 俺の知ってる人?」


「初対面じゃないのは確か。その人と、当日に大熊座講堂前で合流することになったの。両側をガードして、三人で正門に突入するから、そのつもりでいてね」


 *


 ユウの言う通りなのかも。


 そう思ったのは、駅に着いてからだった。舐めてたわけじゃないけど、見通しが甘かった気がする。


 地下鉄の駅のホームも、地上に出る階段も、既に人・人・人。大勢の女性たち埋め尽くされている。これって、全部新入生? 凄い人数だ。


「えっ、やだ! 本物?」

「勝った! 受験に負けて勝負に勝ったわ!」


 さっきから、所々で上がる悲鳴。全方位から突き刺さる視線。こちらへ押し寄せるような熱気と目に見えない圧力を感じる。もしユウが隣にいなければ、心細いことこの上なしだ。


 地上出口から出て、歩道を右手に進む。大きな通りにぶつかったら、右折して、道なりに歩道を歩いた。


 しばらくして、広いバスロータリーが視野にってきた。左手には正門、右手には大熊座講堂の時計塔が少しだけ見えている。


 少しずつ人がバラけて来て、正門に向かうために左に逸れる人もいれば、そのまま講堂へと直進する人もいる。


 講堂の黄色味を帯びた壁が近づいてきた。


「予想より、講堂前にいる人が多いわ。直ぐに見つかるといいけど」


 待ち合わせの相手。それが誰なのか、なぜか教えてもらえなかった。


 ユウとは地上出口から手を繋いでいる。いわゆる恋人繋ぎなんだけど、残念ながら、色っぽい感じではなく、万が一にもはぐれないためだ。


 それなのに、右手にずっと感じていた、ユウの体温がそっと離れていく。


 えっ?


「ユウ、どうし……」


「武田さん!」


 誰かが俺の名前を呼んだ。それと同時に、正面に見えていた景色に変化が起こる。


 それはまるで、かつて見た映画『十戒』の名場面——追い詰められた人々の前で、海が割れていくような光景で。


 分厚い人混みが、一筋の道を開けるように、それは見事に左右に割れていく。

 その道を、誰かが走って来た。こちらを目指して、一直線に。


「お、おはよう……ございます」


 その人物は、息を切らしながら挨拶したかと思うと、恥じらうように頬を染めた。


 ……手紙の子だ。名前は確か。


「おはよう。そして、合格おめでとう! 山県、麻耶……さん?」


「私の名前! 覚えていてくれたんですか?」


「もちろん。あの手紙は凄く印象的だったし、聖カトリーヌにも行ったしね。忘れられないよ」


「武田さん…… おかげさまで合格しました。これが勇気をくれて、凄く、本当に凄く頑張れたんです」


 そういって彼女が掲げたのは、見覚えのある、タコに騎乗したひよこのストラップだ。


「役に立って良かった。あげた甲斐があったよ」


 置くとパスする、験担ぎ的なストラップだけど、励みになったみたいで嬉しい。


「あ、あなたに会いたくて。ずっと、会いたくて……」


 念願の再会に、結星の瞳に見入ったまま、言葉に詰まってしまう麻耶。

 自ずと絡み合う視線。息をするのを忘れたかのように、見つめ合う二人。


 純愛ドラマ的なスウィーティな雰囲気を盛り上げるがごとく、タイミング良く、時計塔の大小四つの鐘が打ち鳴らされた。


『キィーン コォーン カァーン コォーン キィーン コォーン カァーン コォーン』


 高い鐘の音がハーモニーを奏でる30秒間、二人だけでなく、講堂前にいる全ての人の、時が止まったみたいだった。


「素敵な鐘の音。まるで、二人の再会を祝福してくれてるみたい」


 鐘が鳴り終わり、夢見るような麻耶の声が聞こえてハッとした。直後、少し冷たくなっていた右手に、温もりが戻ってくる。


「はいはいはいはい! 乙女思考はそこまで。これ、午前9時の鐘だから。一日6回。毎日決まった時刻に鳴っています。結星くん、改めて紹介するね。今日、応援をお願いした山県さんです」


「えっと、二人は知り合いなの?」


「はい。小早川さんとは、同じ予備校だったんです。途中入塾で戸惑う私に、親切に、気さくに接してくれて、とても感謝しています」


「そうだったんだ。意外なご縁だね」


「うん。学部も同じ法学部。もっと話したいこともあると思うけど、時間に余裕がないから、それは後でね」


「す、すみません。つい。今日は護衛ですよね。どうすればいいですか?」


「私が右側。山県さんには左側に付いてガードして欲しいの。こんな風に、腕を絡めて、サイドから威嚇するような感じで」


「こ、こうですか? きゃっ、手、手が……触って……」


「そっか。山県さん、聖カトリーヌだものね。いきなり恋人繋ぎは無理……」


「いえ、やります! 不甲斐なくて申し訳ありませんでした。ちゃんとやります。いえ、やれます! お願いです。是非このお役目を私にやらせて下さい!」


 山県さんの決意めいた叫びに、なぜか周囲から拍手が沸き起こる。


「うん。大丈夫みたいね。じゃあ、構内に入りましょう! 麻耶さん、今日は圧に負けずに頑張ろうね!」


「はいっ! 夕子さん、末永くよろしくお願いします!」



 *


 仲良く腕を組んで、正門に向かう三人の後ろ姿を、笑顔で見送る少女たちがいた。


「お幸せに!」

「いい。すっごく良かった」

「友紀先輩! 作戦モーセ、大成功ですね!」


 ひとつの出会いにより始まった、恋の応援活動。それは、最上の結果で終止符を打った。


「皆さん、ご協力ありがとうございます。ミッション完了です。そして、本日をもちまして、〈二人の恋の見守り隊〉は解散と致します」


 応援対象である麻耶の卒業。


 それを機に解散するはずだったが、お馬様からの思わぬ連絡を受けて、少しだけ活動期間を延長した。だがそれも、今日でお終いだ。


「短い間でしたが、皆さんと活動できて、本当に楽しかった。でも、これでお別れではありません。私たちが培ってきた絆は、今なお、そして今後もずっと続いていきます。胸に灯った温かい乙女心を糧に、今度は自分自身の恋を探して下さい!」


 きっと少女たちは忘れない。

 憧れの先輩と過ごした日々や、友人と共通の目的で励んだ時が、いかに輝いていたか。


「まだ時間が早いので、一旦、ここで自由解散とします。打ち上げは、予定通りの場所と時刻で行います。スイーツ・ビュッフェなので、お腹に余裕をもって来て下さいね」

「はーい!」

「では、また後ほどお会いしましょう!」

「お疲れ様〜!」

「じゃあ、またね!」

「次に応援されるのは、きっと私!」





 ――――――――――――――――――

【あとがき】

 番外編。楽しんで頂けたでしょうか?

 予告通り、ここで完結処理を致します。


 飛躍したあの人は? とか、双子はどうした?

 などの応援コメントを頂いておりますので、もしかしたら(話を思いついたら)SS的な短いエピソードを掲載するかもしれません。


 近況にも、完結コメントと今後の見通しを掲載するつもりです。


 では、ここで一旦お別れです。

 応援ありがとうございました!!


 漂鳥


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この男に甘い世界で俺は。〜男女比1:8の世界で始める美味しい学園生活〜 漂鳥 @hyocho

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