第109話 おかえり

夜が明けるまで、二人からもらった手紙を読み返してしまった。

サバっちは俺のひざの上で丸まっている。

手紙を持つ自分の指を見て、この一年ちょっとの月日を思う。

土をいじって、草むしりをして、重い荷物を持ち、山で木をったりもした。

傷だらけだけどたくましくなった指が、少しだけ自分に自信を与えてくれる。


美矢からは毎日メッセージが届いた。

それは向こうで暮らしていた時から変わらない。

おはようから始まり、おやすみで終わる。

美月は気まぐれで、音沙汰が無いかと思えば、一日に何度もメッセージを送ってきたりする。

そのくせ返信が遅いと文句を言う。

それらは、挨拶やノリ、他愛ない日常会話だったりしたけど、日々の慰めになった。

そして手紙は、また何か違うものを俺に伝えてきた。

弱さや苦悩や決意といったものが、文章だけでなく、文字の書き方から垣間かいま見えた。

力強い文字であったり、おどるようであったり、時には震え、時には消えそうに弱くなっていた。

涙の跡と思える便箋びんせんの染みを見つけた時は、今すぐ駆け出したい衝動に駆られた。

俺が、新しい生活のために戦っている時、二人もあらゆることと戦っていたんだ。


こっちの冬は厳しい。

けれど、朝起きて、一面の銀世界を見た時に、ああ、と漏れる感嘆かんたんの声。

昔は鬱陶うっとうしいと思った雪が、あまりにも綺麗で、二人に見せたいと強く思うのだ。


そして春の芽吹き。

うぐいすが鳴いて、田のあぜに花が咲き出し、寂しかった山の斜面が緑の濃淡でおおわれていく。

サバっちが、見慣れぬ物に好奇心を示し、ちょうを追いかけ、蛇と格闘したりしてヒヤヒヤさせた。

やがて蛍火ほたるびの舞う初夏の夜。

それらも全部、一緒に見たいと思った。


夏は長い時間を共有した。

面白いことに、美月は平気でカブトムシを触ったが、美矢はキャーキャー言って逃げた。

川で泳ぎ、肝試しをし、花火と、それから……美月とのキス。

いや、あれは脅迫と言っていいものだったけれど、しかも直前になって「タンマ!」とか言い出したけど、それでも最後は、涙を流して笑ってくれた。

あれって、美矢にバレると「私の時と違う!」とか言って怒りそうだよなぁ。


秋には学校に長期休みが無いから、アイツらは、ここの見事な紅葉を知らない。

田の畦を染める彼岸花が咲き出すと、稲刈りから始まり、沢山のドングリが落ちてくるようになり、あちこちに顔を出すキノコに、日ごと高くなっていく青い空。

燃えるような紅葉。

そして、季節が寂しさを連れて来るように、アイツらの苦悩も伝わってきた。

受験が近付き、会えない日が長く続く。


二度目の冬は、一度目よりも辛かった。

特に美月は、情緒不安定になっているようで、電話で暴言を吐いてきたこともあった。

いや、表向きは元気でも、美矢の方も油断ならなかった。

引っ越しの時にそうだったように、アイツは色々と溜め込んでいる可能性があった。

農閑期でもあったから、出来るだけ時間を作り、会いに行くようにした。

かと言って、あまり勉強時間を削らせるわけにもいかないから、日帰りの強行軍もやった。

肉体的にはキツかったけれど、会えばどれだけ癒されたことか。


また春が来た。

二度目の春は、特別な春だ。

いや、今日が特別な日だ。

アイツらの荷物は昨日に届いている。

昨夜から眠れずに手紙を読み返していた俺は、まるで遠足前の子供みたいに、そわそわして落ち着けない。

昼頃到着する列車で二人は来る。

駅まで迎えに行くと言ったけれど、二人は断った。

そしてこう言った。

「自分の足で、自分の家に帰る」のだと。

俺は家族として、帰ってきた家族を迎えればいいのだと。

もうすぐ昼になる。

サバっちは呑気のんきに縁側で眠っている。

俺も隣に座っていたが、居ても立っても居られなくなって、玄関先まで出てしまう。

ああ、そういや、好きって言ったこと無かったなぁ。

大切とかありがとうは伝えたけど、愛情表現が足りてなかったかも知れない。

でも、これからは長い長い時間がある。

二人と暮らす日々と、伝えるべき言葉の数々。

あ、まだ水も張られていない田圃たんぼの向こうに二人の影が小さく見えてきた。

今すぐ駆け出したいが、どっしり構えて迎えねば。

サバっちも出てきて、俺の足元にちょこんと座る。

美矢が俺に気付いて手を振った。

美月は素っ気ない。

さあ、何て言って迎えよう。

ニッコニコの笑顔と我慢した笑顔が近付いてくる。

久し振り、合格おめでとう、よく頑張った、色んな言葉が頭に浮かんでくる。

美矢が駆け出す。

「ああっ」という顔をした美月が後を追う。

走りながら笑顔があふれ出す。

それは、見たこともないくらいにニッコニコだ。

あの美月でさえ。

きっと二人には飾った言葉などいらない。

だって俺達は家族なのだから。

さあ、駆け寄る二人よりも先に言おう。

これから数えきれないほど口にする言葉。

明日も明後日も、明々後日も、三年後も、十年後も繰り返す言葉。

家族が、家族を迎える、当たり前の言葉──


「おかえり」


──当たり前の言葉なのに、お前達は目尻を濡らして笑った。





続編「三人暮らし ~歪な正三角形~」https://kakuyomu.jp/works/1177354054892264830



あとがき

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

最初は、通勤途中と通学途中という、限られた状況の中でのやり取りだけを書いていくつもりでした。

それが、段々と制約が厳しすぎて書けなくなり、特に後半はタイトルが置き去りになってしまいました。

タマも最初は少女Aくらいのつもりでしたし、サバっちも猫Aという存在でした。

タイトルだけでなく、登場者達も、当初の予定から完全に外れていき、物語は破綻かなぁ、と筆を折りかけたこともありました。

どうにかこうにか、タイトルはともかく、この子達の世界が出来ていき、三人という歪な、けれどベストなハッピーエンドを迎えることが出来ました。

これも読者の皆様の応援あってのことです。

頂いたコメント、評価、レビューは本当に励みになりました。

感謝に堪えません。

また、フォローしてくださった方も、ありがとうございました。

二千人を超える方々と家族を共有出来たなら、こんなに嬉しいことはありません。


期間中、ほぼ毎日の更新を課してきました。

行き詰まった時は本当に苦しく、文章のクオリティなど妥協したことも多く、お見苦しい点があったかと思います。

お許しください。

ただ、毎朝更新ということで、通勤通学時の暇潰しに、お役に立てたなら幸いです。


今回で完結という形にしましたが、三人の生活は始まったばかりです。

いずれ、不定期で後日談的なものを書くか、あるいは、もしかしたらですが、今までを第一部、三人の共同生活を第二部として書こうかとも考えています。

でも、取り敢えずはまあ休みます(笑

新作や後日談で、またお会い出来ますように。

                                杜社

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通勤途中と通学途中 杜社 @yasirohiroki

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