エピローグ

 花火がポンポンとあがる。露店や売り子も劇場を取り囲んでいる。そう、今日はワーズに新しくできた劇場、すみれ座のこけら落としの日であった。


「お嬢さん! 小腹が減ったらアンズの砂糖漬けはどうだい?」

「揚げたての芋のフライ! 特製ソースの揚げ鶏も美味しいよ!」

「焼き栗~焼き栗~」


 そして劇場の入り口で、呼び声高く叫んでいるのはコルビュジエ男爵その人であった。


「さあさお立ち会い! 名作『剣と勇者』がお芝居に! 見逃すと損するよー!」

「あらあら男爵なにしてますの」

「これはこれは……ハルト様にリリアンナ奥様。いやこんな事しなくてもいいんですが、どーも落ち着かなくて」


 男爵は少々恥ずかしそうに答えた。


「客入りはいかがですの?」

「ええ、ほぼ満席です。あとは一般の桟敷席が少し」

「よかった!」

「お二人には最高のバルコニー席を用意しております。ご案内しましょう」


 二人は特等席の席についた。観客達はそれを見て噂しあった。


「あれが領主様、とその奥様」

「美しいわ」

「あれ? どっかでみたぞ」


 やがて楽団が壮大な序章のオーバーチュアが流れる。パッと明かりがつくと、道化の格好の男の口上がはじまった。そしてその男に導かれ、鎧を纏った勇壮な勇者役が登場すると拍手が起こる。


「やあ、我は勇者ラインハルト! にっくき魔王を倒す為、伝説の剣を探しにきた!」

「……ちょっと恥ずかしくなってきた」

「いやね、お芝居ですわよ」


 隣でモジモジとする夫を見てリリアンナは苦笑した。


「ほら、剣が出てきましたわ」

「おお、ウルスラが製作監修したっていう……」


 勇者役の俳優がすらりと剣を抜くと剣は光り輝く。その演出に観客はどよめく。


「ほー、どうなってるんだろう」

「それはねー」

「うわっ、ウルスラいたのか! 朝からいないと思ったら」


 突然隣からした声にハルトが驚いて振り向くと、そこにはウルスラとランドルフがいた。


「最悪。奮発してチケット取ったらハルトの隣なんて」

「ひどい言い方だな!」

「それから、あの剣の構造なんだけど、細かく穴を空けた板金の中に昼光石と夜光石を仕込んで、手元の仕掛けで……」

「ウルスラさん、お芝居中ですよ」

「あら……」


 ランドルフに優しくたしなめられて素直に大人しくなったウルスラを見てハルトはビックリしたが、すんでの所でそれを口にしない事に成功した。

 芝居はその間もどんどん進み、ドラゴンの登場や魔法使いの魔法など盛りだくさんの内容だった。


「面白かったですわ」

「うん、やっぱ王道はいいな!」

「……もっと改良できるはず……」


 それぞれの感想を述べつつ、三人は家に帰った。すみれ座の公演『勇者と剣』はその後、何度も公演されるロングラン作品になった。ほかの漫画原作の作品も上演され、お芝居を目当てにお客がワーズを訪れ、その原作を買う。そして原作ファンは足繁く劇場に通う。

 中には評判のよろしくないものもあったが、劇団員達の士気は高かった。


「ねえ、知ってまして? 最近お芝居の評論をはじめた人がいるのよ。それを記事にして売ってるの」

「へぇ……それは面白いな」


 もう、リリアンナの手をかけなくてもこの街はエンターテイメント都市として機能し始めていた。みんながそれぞれの『好き』を求めて動き出す、そんな街に。


「あ、あとこちら出席されるでしょう?」

「もちろん!」


 リリアンナが取りだしたのはヴィヴィーの結婚式の招待状だった。ヴィヴィーの結婚相手はなんとコルビュジエ男爵だ。二人は久々に王都に向かい、二人の結婚式に出席した。盛大な宴を終えて、最後の挨拶をする。


「おめでとう二人とも!」

「ありがとう」

「ねぇ、コルビュジエ男爵が急にスポンサーなんて言いだしたのはあなたのせい?」

「あら、私はリリアンナの話をしただけよ?」

「うふふふ」


 リリアンナとヴィヴィーは微笑みあった。


「おやおや、密談ですか」

「そりゃいけない。きっと俺達の話をしてる」

「男爵、ハルト様……自意識過剰ですわ……あ……?」


 その時、リリアンナはふらっと立ちくらみを感じた。


「大丈夫か?」

「ええ……ちょっと前から少しだるくて……」

「そうか、疲れがたまっているのかな」

「でも最近は仕事もセーブして……あ!」


 リリアンナはふいに顔に手をあてた。


「あ? ああ、もしかして……」

「で、でも……」


 リリアンナは一度ハルトをがっかりさせている事を思い出した。しかしハルトはしっかりとリリアンナを抱きとめて、馬車を呼んだ。


「でもじゃないよ。そうでなくても心配だから」

「ええ」


 二人はワーズに戻り、さっそく医者を呼んだ。


「どうでした……?」

「おそらくおめでたかと」

「やった!!」


 ハルトは医者の報告を聞いて飛び上がった。ついでにエドモンドも部屋の隅で飛び上がっていた。


「ありがとう、ありがとうリリアンナ」

「頑張って元気な子を産みますわ……あら。泣いてますの」

「へへ……嬉しくて……」


 ハルトは自然と湧き上がった涙を拭った。


「家族が増えるんだ。リリアンナ」

「ええ、そうね」

「転移してからもう一生、俺に家族は縁がないと思っていた。だから……とっても嬉しいよ。こんな日がくるなんて思ってもみなかった」

「……私も」


 ハルトとリリアンナは優しく手を握り合った。二人の間にできた新しい命。その誕生を楽しみにしながら。


「私、とても幸せですわ。やりたい事も大事な存在もどちらも手にすることが出来ました」

「……俺もそう思うよ」

「……あの~」


 その時、大変申し訳ないといった感じでエドモンドがハルトに声をかけた。


「なんだ!! エドモンド! いま取り込み中だ」

「それが……お客様で……」


 なんて間の悪い客だ、と思いながらハルトとリリアンナは居間に向かった。


「よう、久しいな」

「こんの~!! 馬鹿王子! なんの用だ!」


 客とは王子とラファエルであった。


「いきなりご挨拶だな……では用件を手短に言おう。私は文句を言いに来たのだ」

「今度はなんだ?」

「モチカのBL本原作の上演がないとは何事だ!!」

「は……?」

「私はパトロンだ。正式に口を出す権利がある」


 胸を張る王子を前にハルトは頭を抱えた。


「そうですわね、もっと小さな実験劇場の要望はあるにはあるのですけど……」

「リリアンナ! 君は今はじっとしてないと……」

「おや?」

「……王子、私子を宿しましたの」

「ほら、テオ。こんな時にお邪魔しちゃ悪いよ」


 しばらく状況を見ていたラファエルが王子を宥めた。その時声を発したのはハルトであった。


「仕方ないな。俺がやるよ」

「……ハルト様。大丈夫ですの? BLですよ?」

「家族を守るのは俺の使命だ。そして……俺にはもう分かるよ。『萌え』ってやつが。そしてそれをどう形にするか、俺はずっと側で見てきた。ジャンル違いくらいなんだ」

「面白い! やって貰おうではないかハルト殿!」


 この二人に平穏な日常など無縁のようである。ただ、一つだけはっきりしている事は……リリアンナとハルトはこの先ずっと、幸せに暮らすという事である。




 完



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最後までお読み頂きありがとうございました。

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異世界でメイドカフェを開くためなら何でもします。だから勇者様、私と結婚してください! 高井うしお @usiotakai

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