46話 最終決戦なのですわ

 ――ギイン!! その時、鋭い音がして何かが魔王の攻撃を阻んだ。


「『万能障壁』。私の障壁は物理・魔法どちらの攻撃も打ち砕く」

「……ウルスラ!!」


 それはウルスラであった。あらゆる属性の魔法を使いこなす、勇者パーティの守護神。その姿が再び。


「よく来てくれた!」

「よくないわよ……デートが台無しよ!」


 ウルスラはハルトを怒鳴りつけた。


「なにをごちゃごちゃ……しかし都合がいい。そこの女賢者もろともあの世に送ってくれよう『影王霊蒼殺』!!」

「……くっ『万能障壁』!!」

「ハルト!!」


 その時、甲高い呼び声にハルトは空を仰いだ。そこに飛び込んできたのはアクアたんであった。


「アクアたん!」

「この魔王に対抗できるのはこの私……聖剣アクアビッドです。さあ!」


 アクアたんはメイドの姿から元の聖剣の姿に変化し、ハルトの手に収まった。


「よし! 魔王ダンタロス覚悟! 『光剣魔星撃』!」


 ハルトは聖剣アクアビッドを振りかぶり、光の奔流を放った。


「ぐああああっ!」

「……効いた!」


 魔王ダンタロスは攻撃を浴びて呻き苦しんだ。しかし、ギリギリの所で倒れることなくハルトとウルスラの前に立ちふさがっている。


「何よ、しぶといわね」

「もう一度!」

「……待ってください!!」


 劇場の入り口から飛んで来た声。その声に皆振り返った。そこにいたのは……まさかのセシルである。


「セシル……? なんで?」

「おい! 危険だ、ここから離れろ!」


 驚いたハルト達はセシルを待避させようとした。しかしセシルは逃げるどころか、舞台に向かってつかつかと歩いてくる。


「その声……ダンご主人様でしょう?」

「セシル……なぜ来たのだ……」

「アクアたんの後を追っていたらダンご主人様の声がしたので」


 ハルト達は突然魔王ダンタロスと話し始めたセシルに面食らった。


「ダンタロス……ダンご主人様……まさかこの魔王がめろでぃたいむのご主人様!?」

「えっ、どういう事だいリリアンナ」

「この方はセシル推しのご主人様ですわ!」

「魔王が? メイドカフェに!? なんだって……」

『ハルト、私もまた萌えの力で復活したのです。その逆もしかりかと思います』

「そ、そうか」


 という事は、この魔王はワーズの街そしてめろでぃたいむに満ちる萌えの気で力を取り戻したという事だ。


「皮肉ね……」


 それを聞いたウルスラは呻いた。強い思いが邪な力と結びつき、厄災となって帰ってくるなんて。


「ゆるせませんわ……萌えをなんだと思っているんですの!」


 そしてさらに激高したのは当然リリアンナである。怒りに震え、前に出た。


「おい、リリアンナあぶない」

「魔王ダンタロス! これだけは言わせてもらいますわ!」


 ハルトの制止も聞かず、リリアンナは叫んだ。


「世界征服と推しとどちらが大事なのですか!?」

「――ええ!?」


 その問いにハルトとウルスラは顎が外れそうになった。


「そんなもの決まっておろう……」

「推しですわよね!!」

「……!?」


 そしてそんな事を急に聞かれた魔王ダンタロスも戸惑っていた。


「世界を手に入れてどうするのです。世界は自分で作るものですわ!」

「何を……」

「私が作った世界をお気に召したのでしょう? セシルのお給仕で癒やされたのでしょう? それをただ奪うなんてっ」

「……妖精さん、私に話させてください」


 リリアンナを押しとどめて、今度はセシルが前に出た。


「ダンご主人様、私はご主人様といて楽しかったです。こんなお別れになるなんて……」

「セ、セシル……」

「だから最後に聞いて欲しいんです。見ててくださいね、『恋のお給仕1.2.3』」

「そ、それは……!!」


 セシルはアカペラで歌い踊りはじめた。


「愛のっ、お給仕っ、1,2,3~」

「1.2.3!」

「愛と癒やしを届けますーっ!」

「セシル!」


 もうそこにはかつて自分を不器用な牛と卑下したセシルの姿はなかった。真っ直ぐにダンタロスを見つめ、彼だけの為に踊るセシル。魔王ダンタロスも思わす合いの手を入れていた。


「ありがとう、ございました」


 ひとしきり踊り終わると、セシルはそう言って頭を下げた。


「セシル……セシル……うう……う?」


 その時、魔王ダンタロスに変化が起きた。巨大な体が見る間に収縮していく。


「これは……? どうしたんだ、ウルスラ?」

「おそらく萌えのパワーがさらに注入されて変化を起こしているんだわ!」

『ハルト、今です!』

「お、おう!」


 ハルトは聖剣アクアゾッドを天に向かって突き上げた。


「これでも食らえ! 『吸魔の光』」


 剣の切っ先から光が放たれ、魔王ダンタロスへと向かう。周囲は光りで満たされた。


「おおお……あああ……!!」


 ダンタロスの呻く声が聞こえ、やがて止んだ。ハルトは光り輝くアクアゾッドの刀身を鞘に収める。


「……勝った、か」

「ハルト様! あれを見てくださいまし」

「ん?」


 ハルトが魔王ダンタロスのいた舞台上を見ると、なにかが蠢いている。


「まだか、しぶとい奴め!」


 そう言ってハルトが被さっていた黒いコートを剥ぐと……。


「みゅー! にゅー!」

「……なんだこれ」


 そこには猫のような犬のような生き物がいた。恐怖のせいか震えている。


「これがダンタロス!?」

『ハルト……恐らく先程の攻撃で魔の力を使い果たしたのです。つまり……』

「つまり?」

「ここにいるのは純粋な萌え、って事ですわ」


 気が付けば、リリアンナとセシルがハルトの背後に立っていた。


「ダンご主人様……こんなに小さくなっちゃって」

「ダンタロスっていうかダンちゃんですわね」

「うふふ……かわいい」


 セシルは臆する事無くダンタロス……ダンちゃんを抱き上げた。


「ダンちゃん!」

「みにゅー!」

「妖精さん、この子寮で飼っちゃだめでしょうか?」

「……しかたないわね」

「おいおい大丈夫かよ!?」


 ハルトは今は可愛い小動物の姿をしていても魔王なんだぞと思った。


「でも……その方がいいと思うわ」

「ウルスラまで?」

「常に萌えに囲まれていたら魔の入り込む隙もなくなるでしょう」

「そ、そうか……」

「いいものを見てしまった……」


 一人だけ良い子で物陰に隠れていた男爵は泣きながら拍手を送っていた。かくて、魔王は倒され……ワーズの街に人知れず平和が戻ったのである。

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