45話 最大の危機がせまるのですわ

「セシル!」

「まぁ、今日もお帰りなさいませ!」


 それからセシルの元にダンという男は三日とおかずにやってきた。いつもめろでぃせっとを注文し、ステージリクエストを頼む。


「こんなに通ってくださるなんて」

「……ここに来ると力が湧いてくるんだ。さ、ステージをやってくれ」

「かしこまりました!」


 今日もセシルのステージがはじまる。


「にゃにゃにゃにゃ~」

「セシル!」

「にゃにゃにゃにゃ~」

「セ・シ・ル!」


 ダンはすでに合いの手もお手の物になっていた。リリアンナはその姿をそっと見守りつつ、呟いた。


「まぁ、セシルったらあんなに推してもらって」

「妖精さん、ガチ恋だったらどうするのさー」


 ちゃちゃをいれたのはクリスティーナである。リリアンナはしばし考えたあとこう答えた。ちなみにガチ恋とはアイドルグループなどで特定のメンバーをファンとしてでなく恋愛対象として見る事である。


「ガチ恋……ちょっと違うような気もしますわ。まぁ、勘ですけど」

「だといいけど」


 めろでぃたいむがそのような状況の中、劇場の建設は着実に進んでいた。明くる日、ハルトとリリアンナはその途中経過を見学に赴いていた。


「どうです! ここが張り出しになっていてお客は役者を存分に見られる訳です。それから天井に大きな光石のシャンデリアを付けて光の演出に力を入れるつもりです。王都の熟練の光石使いをスカウトしました」

「へぇ……」

「彼の手にかかればパッと消える魔法使いや恐ろしい怪物の登場もお手の物です! 楽しみにしていてください!」


 コルビュジエ男爵は熱のこもった説明をしてくれた。


「ほほほ……男爵はお芝居が随分お好きなのですね」

「ええ! ……これは半分趣味でして。あ、今のは内緒ですぞ。私は商売人ですからな」

「ぷっ……」


 おどける男爵にハルトも吹きだした。なんだかメイドカフェをオープンさせる時のリリアンナに似ているとも思った。

 新しい木で組まれた劇場は木の香りとひっきりなしに響く金槌の音で満ちていた。


「好きな事をするのは良いことですよ。男爵」

「そう言っていただけると……」

「ええ、ハルト様の言う通り。ここは『好き』を形にする街ですもの。存分に腕を振るっていただいてよろしくてよ」


 劇場は完成間近。街の活気も過去最高に盛り上がっていた。


「……満ちていくな」

「ダンご主人様? どうかしましたか?」


 その頃、めろでぃたいむでは珍しくカウンターではなくソファー席に座ったダンが、パフェを片手に満足そうにうめいていた。


「セシル、ついに我の悲願が達成する時が来た」

「まぁ、そうですの?」

「ああ。セシル、お前は良くいままで我の力の源になってくれた」

「どこか遠くに行かれるんですか?」

「いや……くっくっく……遠くはない」


 セシルは心の中で首を傾げた。けれどまた中二病を発症しているのだと思って頷いた。


「どっちにしても気をつけてくださいね?」

「ああ、今度こそ最新の注意を払う」


 ダンは会計を済ませ、高笑いをしながら店を出た。


「ご主人様のお出かけでーす! いってらっしゃいませー」

「ああ! 行ってくる!」


 セシルはいつもとちょっと違う雰囲気を感じながらダンをお見送りした。


「……何かしら」

「厄災の匂いがする」

「あら?」


 聞き慣れない声にセシルが振り返るとそこには聖剣アクアビッド……のメイドバージョン、アクアたんがいた。


「珍しいですね、アクアたん」

「萌えに危機が迫る時、私は目覚めるのです」

「……危機?」

「しばしこの店を離れます。気を付けて、みんな」


 アクアたんはそう言い残してめろでぃたいむを後にした。

 ――一方、その頃のダン……ダンタロスは黒いコートをたなびかせ、真っ直ぐに劇場を目指していた。


「くっくっく……我には分かるぞ……我が宿敵の居場所が……」


 劇場に近づくにつれ、ダンタロスの姿が変化していく。ざんばらの長い髪は逆立ち、うねり、山羊の角のように、コートの背中が蠢いたかと思うと黒い大きな羽根がばさっと出現した。


「な……なんだあれ……」


 道行く人はそれを見て戦いた。


「――悪魔?」


 邪悪そのものの姿を見た人々はそう呟いた。


「ふふふふ……! 宿敵ハルトよ! 今度こそお前を血祭りにっ!!」


 どよめきの渦はやがて劇場にも伝わった。


「ん? なんだ?」


 ハルトの視線が急に険しくなった。長きに渡る歴戦の勘が、なにか危険が迫っていると告げていた。


「リリアンナ、男爵。ここから逃げてください!」

「どうしましたの?」

「……何か、来る!!」


 その時、劇場の入り口から悲鳴が上がった。見ると黒い大きな影がこちらに向かってくるのが見えた。


「見つけたぁ……」

「あれは――!! 魔王ダンタロス!?」


 その言葉に工事をしていた職人達は一目散に逃げ出した。


「いかにも! 久しいな、勇者ハルトよ」

「馬鹿な、お前は息の根を止めたはず!」

「ふはははは! それは残念だったな。この通り我は復活した。お前の息の根を止め、今度こそこの世界を征服してくれよう!」


 魔王ダンタロスはそう言って舞台の上に飛び乗った。


「させると思うか……この俺が!!」


 ハルトは右手を振りかざし、協力な風の刃を魔王に放った。


「ふん……こんなもの」


 しかし、それはあっけなく魔王ダンタロスの体の前で四散した。


「情けない。安寧に浸りきった男の末路か……」


 魔王ダンタロスはそう言い放ち、その鋭い爪のついた手をかざした。黒い波動がそこに集まっていく。


「――死ね『影王霊蒼殺』」


 強烈な闇の波動がハルト、そしてリリアンナと男爵を襲った――!!

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