44話 謎の男!なのですわ
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
「……お帰り……?」
明るく出迎えたのはセシルだ。
「ご帰宅ははじめてですか?」
「……ああ」
男は暗く答えた。しかし、はじめての客で戸惑いながら入ってくる客も多い。セシルは特に気にしなかった。
「ではこちらのお席へ! 私はセシルと申します」
カウンター席に通されたその男はメニューをじっくりと眺めた。
「この……めろでぃせっとを……」
「はいフードメニューは何に?」
「……うむ」
「お勧めはオムライスです!」
「ではそれを……」
それきり男は黙り込んだ。しかし目はきょろきょろと、周りを伺っている。
「さあ、オムライスでーす! ケチャップでお絵かきしますよー。何がいいですか?」
「……さぁ」
「じゃあお任せで! ウサギさんにしようかなー?」
セシルはお皿いっぱいに可愛いウサギとハートマークをちりばめた。男は無言のままスプーンを手にする。
「あっ、ちょっと待ってください」
「ん?」
「美味しくなるおまじないをしましょう!」
「おまじない……なんぞの魔術か?」
「うふふふ。それじゃいきます。ご一緒に! おいしくなーれもえもえきゅん!」
「……もえ、きゅん」
「はーい。じゃあどうぞ」
男は少々戸惑っているようだった。こういう予備知識なしのご主人様は久し振りだわ、とセシルは思った。
「……うっ!」
「ご主人様!? 大丈夫ですか?」
「うまい」
「なあんだ……」
突然目の前の男が呻いたので、セシルは一瞬あせった。だけどただ美味しくてびっくりしただけだったようだ。男はしばしスプーンを握りしめたあと、猛然とオムライスを掻き込みはじめた。
「ふっ……ぐっ……」
「あらあら、お水をお持ちしますね」
「お前……我を気遣ってくれるのか」
「ご主人様ですもの、当り前です!」
笑顔で水を差し出すセシルを見て、その男の表情が微妙に変わった。
「ご主人様はお名前は?」
「……ダンタロス」
「……ダ……?」
「ダンでいい」
「ではダンご主人様、デザートのパフェですよ」
セシルが次に出したのはチョコ味くまさんパフェだ。
「冷たいですから気を付けて。でも美味しいですよ」
これまで何人ものお客様が冷たいアイスにかぶりついてびっくりしていたので、セシルは念の為そう付け加えた。男は怖々とちょっぴりアイスをすくうと口にした。
「冷たくて、甘い。このようなものは初めてだ」
「おいしいですか?」
「ああ」
男は来た時のようなふらつきも無くなってきていた。ずいぶんお腹をすかしていたのかしらとセシルは思った。
「ご主人様はどこからいらしたんですか?」
「……地の底から」
「……まあ」
セシルはついにこの日が来た、と覚悟した。リリアンナからこの事は常々聞いていたのだ。
『いいですか、世の中には中二病という恐ろしい不治の病があります。そのようなお客様がいらしたら……』
『どうすればいいのですか?』
『ひたすらお話に付き合ってあげてください……治す術はないのですから』
このお客こそ、そうなのであろう。セシルは気を取り直すと陽気に返事をした。
「それは遠かったでしょう、大変でしたね」
「ああ……困難な旅路であった。しかし、我が悲願の達成の為に我はここにやってきたのだ」
「そうですか。見たところちょっと元気になったみたいでよかったです」
「ああ、我はかように脆弱になってしまったが、なぜかここでは力が湧いてくる」
「まぁ」
セシルは嬉しくなった。メイドをやっていく上で、元気を貰って帰って貰えるのはとてもやりがいのある事である。
「それでは会計を……」
「あ、もうちょっと待って貰えます?」
「……?」
「これから定時ライブなんです! 見て行ってください。きっともっと元気になります!」
そうして男の前でめろでぃたいむ恒例の定時ライブがはじまった。歌い舞い踊るメイド達を見た男の顔つきがまた代わった。
「恋のお給仕~」
「1.2.3!」
お客のかけ声に途中ビクッとしながらも男は気づけば手拍子をしていた。
「どうでした」
「……良かった。セシルと……言ったか」
「はい!」
「このリクエストステージというのを頼めばもう一回ああいったのをやって貰えるのか」
「はい、この場合は指名のメイド一人になりますが」
「そうか、ではセシル。我の為に踊ってくれ」
突然のステージ指名にセシルは驚いたが、笑顔で了承した。男は踊るセシルの様子を楽しげに見ていた。
「ではそろそろ失礼する」
「はい、ご主人様のお出かけでーす! また来て下さいね」
「ああ」
男はようやっとめろでぃたいむを出た。その頃には空はあかね色に染まっていた。
「めろでぃたいむ……想像以上であった……」
男はニヤリと笑った。その口は耳まで裂けそうにつりあがりいかにも恐ろしげであった。
「この地に満ちる力……新しき我の力の礎に……」
そう呟きながら男はまた人混みの中に紛れていった。
「セシル、今日はなんかウキウキだね!」
「いいことあったのかな~!」
セシルはミッキとフィーにそう言われて、そうねと考えた。
「ちょっと良いことはあったかもしれないわ」
うふふ、とセシルは微笑んだ。
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