【夜に浮かぶ、私の話】

駒山キリ

【夜に浮かぶ、私の話】

【夜に浮かぶ、わたしの話】


雲を真下に、テーブルを浮かせて私たちは飲んでいた。

二人の空間にだけ、心地よい風が吹いている。ここは上空だけれど、私の特技でちょちょいと心地いい空間を作っているのだ。


絵奈が、空っぽのカクテルグラスに口を付けてから液体がないことに気付いてしかめっ面をする。


「うー……ルナ!もう一杯!ギムレットをもう一杯!」


そう言うと絵奈は空っぽのグラスを差し出してくる。


「もうちょっとゆっくり飲みなよ……ギムレットにしては早すぎる」


と言いつつ、浮かせてあったシェイカーを引き寄せた。

まずは氷をつくらねば。

足元に浮いている厚めの雲へと飛び込んだ。



雲の中では、少しだけ風が荒々しくなる。

漂う雲をひとかきして氷を精製する。

手のひらに収まる氷を、4つほど作ってシェイカーに入れて、元いたテーブルへと飛んでいく。


雲から抜け出す時に、テーブルのある方を見ると、その先に薄っすらと新月の影が見えた。

幸い雲の上には雲はなく、満点の星空が360度パノラマで見渡せた。


絵奈は頭の後ろに腕を組んで寝そべりながら浮かんでいた。


「ん〜……むにゃむにゃ」

「嘘でしょ……寝てるの……」


いやしかし、こればかりは仕方ないのかもしれない。

私も地上で人に揉みくちゃにされて、いろんなものをすり減らしながら生きている。


「こんな夜だもんね」


絵奈の寝顔から視線を外し、その先の明るい暗闇を見つめる。


どこまでも遠い。そう思った。


ふと頭上を見上げる。

あれは北極星だろうか。

何百光年先に、あの星は輝く。

遠い、遠い距離に想いを馳せる。

そして、北極星の向こう側の暗闇もまた遠いところなのだと思う。


少しだけ長く夜風を吸い込んだ。


シェイカーにジン、ライムジュースを適量入れる。


蓋をして、リズムよく材料を冷やしていく。

カクテルグラスを引き寄せて冷えた材料を流し込む。

と、キッチリ適量入るグラスが少しだけ溢れてしまった。


「しまった……少し氷が溶けてたのか……」


先に水を捨てればよかったと思いながら、少しだけ薄くなったギムレットを飲む。


「いや、わるくない」


心地よい風が少し火照った頬を通り過ぎていく。


私たちは、上空2000mで酔っ払っていた。

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【夜に浮かぶ、私の話】 駒山キリ @KomayamaKiri

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