第2話 ウサギの体っていいのか悪いのか……
テーブルにウサギの代金を置いて、俺とレイニーは下宿先へと避難した。あの場に居たら遅かれ早かれ誰かに見つかっていただろうし、そのときなんと説明したらいいかわからない。結果、トンズラこくのが最適解というわけだ。
レイニーが安いアナウサギで良かった。高いネザーランドドワーフだったらアルバイト代吹き飛ぶところだった。自分で言うのもなんだが、代金を置かずに去るのは俺の流儀に反する。対価はしっかり払わなければならない。
非常口からこっそり抜け出す頃に、ふと下を見てみると、デパートの入り口は警察や救急車でごった返していた。
こんな中でウサギを抱いて逃げられるわけがない。
「おい、レイニー」
『なんだ?』
「ちょっと狭いが服の中に隠れててくれ。警察にウサギを連れてデパートから出てくるところを見られたくない」
本当は鞄があったらよかったのだが、あいにく更衣室のロッカーの中。持っているのは貴重品の財布と鍵くらいなものだ。大したものがあったわけじゃないからそれはいいんだが。
レイニーは警察と俺を交互に見比べ、「見つからなければいいのだな?」と聞いてきた。
「あ? ああ……」
答えた瞬間、独特な浮遊感が俺を襲った。足が地につかない。内臓が、エレベーターを急降下したような気持ち悪さに見舞われる。俺は、今、浮いている。
「なっ、なん、だと……!?」
言葉を失う。いや、先ほどのことを思えば浮くぐらいなんてこともないように思えるが、実際浮いてみると妙な気分になる。
抱えていたはずのレイニーも浮いていて、表情は変わらないが、どうだ、といったオーラが見て取れた。ドヤ顔というやつだ。
『これで見られる心配はないな』
「いや、あるよ! 万が一見られたらどうするんだよ!」
『この世界に魔法はないのだろう? なら空で万が一小生たちを見つけても見間違いだと思うだろう』
「見間違いだと思ってもビックリするわ!」
『ダメか?』
ウサギのくりくりとしたつぶらな瞳がこちらに向いてくる。そんな目をしたってムダだからな。
「ダメだ。……人目のつかないところに下ろせ」
『やはり利用してるではないか。まあいい。人がいないところに下ろそう』
「あっち側が俺んちに近い」
『……やはりこのまま飛んで行ったほうが早いのでは』
「却下」
そうしてようやく俺の家までたどり着いたのだった。
「さて。説明してもらおうか」
カーペットの上にレイニーを置き、それを見下ろす感じで俺は問いかけた。
『うむ。まず何を知りたい』
「あの剣で切り裂いたものはなんだ」
『さっきも言った通り、小生が元居た世界に生息していたモンスターだ。力でいえば中級あたりだろう』
「なんでそんなもんがこっちの世界にいる」
『わからない』
レイニーはぽてぽてとカーペットの上を移動しながら、思案しているようだった。途中でカーペットに爪を引っ掻けて躓いていたが、それは見なかったことにしてやろう。
ぷう、と咳払いのように喉を鳴らし気を取り直したレイニーは、言葉を続けた。
『あのモンスターは小生のように転生してきたとは考えずらい。前の世界そのままの姿形だったからな。この件は調べてみないと推論すら出せない』
「調べるって言ったって、現場は警察が押さえてるだろ」
『何を言う。生き残りに事情聴取するのも警察の仕事だ』
生き残り。
そうだ。あのフロアにいた人たちはほとんど死んでしまったんだ。そういえば、逃げていった先輩は無事だっただろうか。いや、待てよ……
「人型の怪物がいたな。あれは何なんだ? 今回の被害はほとんどあいつらが原因だと思うんだが」
『わからない』
即答だった。
『あれに関しては小生も見たことがない。人間の形をした怪物など聞いたこともない』
あの怪物を思い返してみる。全身灰色でのっぺりした、悪趣味な人形のような怪物だった。
「じゃああれは何なんだ」
『調べてみないとわからない……が、あやつらは小生のビームで一掃してしまって何も残っていない可能性が高い』
人型の怪物に関しては手詰まりということか。だが甲殻類のようなモンスターに関しては、引き裂いただけなので何か手がかりが残っているかもしれない。あとは警察に悟られずに調査をする方法だな。
ぐぅう~~~
何とも気の抜けた音がした。そちらの方向を見ると、レイニーが肢体を投げ出しているのが目に入った。
『この痛み……これが空腹感というやつか……』
前世が剣だったレイニーにとって、空腹というのは初めての体験だったらしい。先輩があげようとしてたクッキーも食べれてなかったのか。
冷蔵庫を開ける。1Kに住んでいるのでちょっとの移動で目的地にたどり着くことができた。中にあったのはニンジン、玉ねぎ、じゃがいも、レタスとトマト。そういえばカレーを作ろうとしていたんだった。
ニンジンを取り出しヘタの部分を切り落とす。それをレイニーの口元へ差し出してやった。
『なんだこれは』
「ニンジンだ」
『それは見ればわかる』
「腹が空いてるんだろ。食えよ」
レイニーはぴすぴすと鼻を動かしニンジンのにおいを嗅いでいたようだったが、やがてがぶりとかぶりついた。
『うむ、よい!』
「それはよかった。そういうのを『うまい』って言うんだ」
『そうか。うまいぞ、このニンジン!』
ウサギなので表情には表れないが、興奮しているのがわかる。きっと未知の感覚に感動しているのだろう。そう思うとかわいい奴だなと思えてくる。
こうして、俺とレイニーの奇妙な関係は始まったのだった。
転生ウサギに寄生されました。 楸 梓乃 @shino7
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