転生ウサギに寄生されました。

楸 梓乃

第1話 え? 転生したらウサギだったの?

 世界が急に変わる体験ってしたことない?

 今までの俺だったら「ない」って答えてた。

 でも今はどうだろう。

 眼前に広がる光景。全身のっぺりした人型の怪物が、デパートで暴れ回っている!

 そして視線(目がないので顔が向いただけなのだが)が俺を捉えたとき、なぜだか世界は急激に姿を変えたのだ。



「水槽汚いから洗っておいて」

 先輩にそう言われ、はいと返事をする。指された水槽は苔が張り付いており水もドロドロとしていて、これをお客さんの前に見せるのはかなり憚られるものになっていた。

 俺の名前は柴崎快。大変愉快になりそうな名前だが、本人はいたって面白みのない大学生だ。名前の音は気に入っているが、もう少し漢字にひねりを出せなかったのかと親を恨んだことはある。

 まあ俺の名前のことなんてどうでもいい。

 俺はこのデパートの4階にあるペットショップでアルバイトをしている。ペットショップといっても犬や猫ではなく小動物や魚を扱う方のだが。

 大学1年の頃から始めてもう丸2年になる。入れ替わりの激しい学生アルバイトの中では長く続いている方だ。

「頼んだよ~」

 水槽掃除を頼んだ先輩、木駒明子は軽い調子でそう言うと、備品棚から動物用のクッキーを取り出した。

 先輩はフリーターで、もうここに勤めて八年になるらしい。学生時代から続けているのだそうだ。先輩曰く、「ペットショップで働くためにフリーターをしている」だそうだ。

 今取り扱っている動物はメダカや金魚、熱帯魚といった魚と小動物であるウサギとハムスターだ。先輩がとったのはウサギにやるクッキーで……先輩、水槽掃除嫌だったから俺に押し付けてきたのかな。

 まあいい。俺は俺の仕事をするだけだ。

 水槽掃除のブラシやバケツをとってきて、掃除に取り掛かる。誰だこんなになるまで放置してた奴、と問い詰めたいほど水槽は汚れていた。

「かわいい~」

 先輩のそんな声が聞こえてくる。今日入荷したばかりのアナウサギ相手にクッキーを与えていた。ちなみにアナウサギは生まれたときこそ小さいが、徐々に大きくなっていく。片手で抱えられていたのが両手じゃないと足りなくなるという厄介なやつだ。

 まあ、今は小さいし可愛がりたい気持ちもわからないでまないけど。

 そんなときだった。

 フロアが静まり返った気がした。しかしそんなことあるはずがない。この時間帯は混みはするが客がはけることなどないのだから。それに、先ほどまで確かに賑やかな喧騒がフロア中に響いていたのだ。

 これは一体どういうことだ?

 水槽掃除の手を止め、ペットショップの入り口まで様子を見に行く。入り口に置いてある小動物にクッキーを上げていた先輩も不審そうにあたりを見回していた。

 そんなとき。

 キャアアアアアアア

 うわぁああああああ

 女性の金切り声。男性の悲鳴。バタバタとした足音。しかしそれはすぐに立ち消える。あとに残ったのは、規則正しい足音だけ。それはすぐそこに近づいてくる。

「きゃぁ! 何あれ!?」

 先輩が悲鳴を上げた。そこには顔も体ものっぺりした人間サイズの人型の怪物が、灰色の体を血に染めて、こちらへと向かってきていた。

 先輩は怪物を視認したあと、我先にと駆けだしていった。

 彼女が逃げてしまってからも、なぜかそこから動けなかった。

 残ったのはペットショップの動物たちと俺。あとは死体が転がってることくらいだろう。

 怪物が俺に視線をやってくる。そのときだった。

『恐れはあるか』

 頭の中に直接響くような声だった。声と形容するにはやけに解せないところがあったが、今はそんなことどうでもいい。

「恐くはないさ。むしろ興奮してる。殺されるかもしれないのに。変だな」

 本当に変な話だった。フロア内には客や従業員の死体がゴロゴロしていて、自分もあの得体のしれないものに殺されるかもしれないのに。

 今、俺の世界は色を変えて、日常から非日常へと変わろうとしていると、そうなぜか思えた。

『うむ。おまえには素質があるな。おまえに決めた』

 ガタン、という音がして振り向くと、なんとケージに入れられていたウサギが浮いていたのだ。

「なん、だと……?」

 思わずそんな感想しか出てこなかった。目の前の怪物のほうがインパクトがあるが、ウサギが浮いているのも十分インパクトがある。

 ウサギは表情が読み取れない顔(ウサギなので当たり前ではあるのだが)で俺を一瞥したあと、怪物たちへと視線を向けた。そして放ったのだ。ビームを。目から。

 ウサギの目はくりくりしていてかわいいと言っていた先輩が見たらどう思うだろう。ウサギへの認識を改めただろうか。

 とにかくウサギは目から太くて黄色いビームを出して怪物を一掃した。商品や商材も一緒に一掃しフロア中に大穴が空いたが、この際見なかったことにしよう。

 問題は、ウサギが目からビームを出したことだ。普通ウサギは目からビームなんて出さない。だがこいつは出した。それも俺の目の前で。

『ふぅ……久しぶりに力を使うと体力消費が激しいな』

 また頭の中から声がした。それはこのウサギが発しているのではないかと、なんとなくだが思った。

「おい、おまえ」

 試しに声をかけてみると、ウサギは俺の方を振り返り『なんだ?』と返事をした。

 ウサギって、しゃべるっけ? そんな疑問が今更ながらに浮かんだ。

 いや、そんなはずない。ウサギは目からビームを出さないし、しゃべることもない。

 じゃあ今のこの状況は何だ。

『おまえ、名前は?』

 俺がこの異常事態に対して考えを巡らせていると、ウサギが訊いてきた。

「は?」

『名前を聞いている』

「快だ。柴崎快。おまえこそ何なんだよ」

『小生か! 小生はレイニー=レニーという。気軽に「レイ」とでも呼んでくれたまえ』

 得体のしれないウサギをそんな馴れ馴れしく呼べるか。

「は、はあ……レイニー? いや、名前なんてどうでもいいんだが……その、おまえ、ウサギ、だよな?」

 するとレイニー=レニーは大きなため息を吐いた。

『小生はこことは違う世界では勇者の剣だった。意思を持つ剣だ。魔法も使える。その活躍はきっと後世に語り継がれているだろう。そんな小生も戦争が終わり役目を終えた。小生の力が災厄をもたらすことを考え、小生は封印されることとなった。実質上の死だな。二度と目覚めることはないと開発者は言った。……そしたらなんと、死した小生のもとに女神が現れてな。転生しないかと持ちかけてきたのだ』

 そこまで聞いて頭を押さえた。なんだその設定。まるっきり異世界ファンタジー転生ものじゃねぇか。

「で。転生することにした、と」

『うむ。察しが良いな。その通りだ。戦いのない世界だと彼女は言っていたので、戦いのない世界がどんなものか見て見たかったのだ』

「で、ウサギになった、と?」

『ふむ、そこなのだ。小生の誤算は。小生はてっきり人間に転生できるものと思っていたのだが、目を開けてみればケージの中。給水器に映る自分はウサギそのものだったのだ!』

 憐れだ。

「で、おまえ、前世がそんなんだから目からビームなんて出せるの?」

『うむ。やってみたらできた。コアから光魔法を出す感じの要領で』

 前世というのはこうも後世に影響を及ぼすものなのだろうか。

 どぉおおおおおん

 その時、ものすごい音が鼓膜を刺激した。思わず耳を塞ぐ。レイニー=レニーもウサギの体であるため音に敏感なのかひっくり返っている。

「今のは!?」

『残党か? いや、残党にしては感じられるパワーが強い……これはもしかすると……』

 ぎしゃぁぁぁぁぁああああぎちぎちぎち

「なっ、なんだ!?」

 フロアの奥から現れたのは、甲殻類のような形をした生き物だった。平べったい白い体、体から生えた二本の爪。獲物を食い殺すであろう無数に生えた牙。ギョロギョロ動き回るふたつの目らしきものがこちらを捉えたのと、俺が後ずさったのはほぼ同時だった。

「あれは……ヤバいやつだよな?」

『うむ。小生の前世でも見かけたことのある怪物だ。しかしさっきの怪物はみたことがない……これはどういうことだ……』

「こんなときに思考にふけってるんじゃねぇ! おまえ目からビーム出せるならあいつも倒せるんじゃないか?」

『バカ言え。あんな巨大なもの、ビーム如きで倒せるか。怒らせるが関の山だ』

「じゃあどうするんだ!」

 キラリとレイニー=レニーの瞳が光った。ような気がした。

『覚悟はあるか』

「は」

『小生とともに怪物を倒す覚悟はあるかと聞いているんだ』

 このウサギはまた突飛なことを言いだす。怪物を倒す覚悟があるかなんて? そんなの普通持ち合わせているわけがない。

 しかしこのままではあのおぞましい怪物にやられてしまう。迷っている暇はない。

「よくわからんがやってやる! あいつを倒せるならな!」

『そうこなくては!』

 とたん、レイニー=レニーの体が光りはじめた。あまりの光源に目をそらす。ふと、手に身に覚えのない感覚がよぎった。それを見たときには光は収まっていて、代わりに俺の手には一筋の剣が握られていた。レイニー=レニーの姿は消えていた。

「レイニー?」

『なんだ?』

 すぐさま返ってくる返答。頭に直接響いてくるのは変わらないが、どこからくるのかはなんとなくわかってしまった。今手に持っている剣からだ。

「な、なんだそりゃぁあああああああ!!!!」

 ウサギが剣になるってありなのか!? 有機物と無機物だぞ!? いや、確かにこのウサギは前世は剣だと言っていた。だからって後世でも剣になるか普通!

『何を驚いているんだ。小生が剣になることくらい些細なことだろう』

「ウサギが剣になったら誰だって驚くわ!」

 剣は西洋系のもので、がっしりとした造りになっていた。柄のにはコアが埋め込められており、レイニーがしゃべるたびにぴかぴかと光った。

 ぎちぎちぎち

 剣を相手に怒鳴っていると、すぐ近くで嫌な音が聞こえた。さっきのモンスターだ。もうすぐ近くまで来ていたのだ。 鋭い爪が俺に向かって振り下ろされる。

「うわぁ!」

 情けないが動けない。とっさのことに回避するなんて運動神経など持ち合わせていない。俺は来る痛みに備えて身体を固くした。

 しかし痛みはやってこなかった。

 目を開くと、手に持った剣が勝手に爪を受け止めていたのだ。自分の体を使われているようだ!

「な、なんだ!?」

『小生がおまえの体を使って攻撃を受けた!』

「は、はぁ!?」

『小生は「寄生する剣」と呼ばれ、契約者をある程度までだったら自由に操作することができるのだ!』

「それを早く言え!」

『言ったら体を貸さなかっただろ?』

 確信犯かよ、たちが悪い。まあそのおかげで爪をしのいだからよしとしよう。

『だが体を操作できるからといってもさっきの程度。大技を繰り出すには双方の息の合ったコンビネーションが必要なのだ!』

「出会って三十分も経ってないのに息の合ったコンビネーションなんてとれるわけねーだろ」

 きしゃぁあああああああ

『危ない!』

 甲殻類が俺に噛みつこうとしたところを、間一髪で避ける。回避できるのはいいが、そればかりでは前へ進まない。 とはいえ、出会って数十分の妙なウサギを信頼しろというのも無理な相談だ。話が破天荒すぎる。なんだ目からビーム飛ばしたり剣になったり。

『快! 今は考えている余裕なんてないぞ!』

 ぶんっ

「うっ!」

 甲殻類の尻尾が胴体に当たってしまった。完全回避できるわけではないらしい。

「げほっ、げほっ……」

 ああ、頭きて今すげー感覚冷えてる。

「おいウサギ」

『レイニー=レニーだ』

 剣についた宝石がぴかぴかと光る。きっとこれがコアなんだろうなと思いつつ、剣を構えた。剣なんて学校の剣道の授業以来まともに握ったことないが、なぜだかこのときは行ける気がした。

「レイニー=レニー。おまえの言う通り考えている暇なんてなさそうだ。だからおまえにノッてやる」

『快!』

「ただし! 俺が宿主でおまえはただの寄生虫だ! そこを勘違いするなよ!」

 とくん、とくん、と鼓動が聞こえる。ふたつあった鼓動が重なり合ってひとつになる。

 きしゃぁあああああああ……

 甲殻類が襲い掛かってくる。間合に入るまで1、2、3……

 ずしゃっ

 硬い殻を裂いた感覚は不思議となかった。まるで高野豆腐を切った感覚に近い。ともあれ謎の甲殻類は真っ二つに斬れてしまった。

『やったな!』

 その声と同時に手に持っていた剣が光りだす。そして次の瞬間には店で売っていた小さなウサギに戻っていた。

 よかった。あのまま剣のままだったらどうしようかと思った。

 さて……

「説明してもらおうか、レイニー=レニー。あの甲殻類のこと。そしておまえのこともな」

 レイニー=レニーはウサギ顔で俺を見上げると、承知したとでも言いたげにふすんと鼻を鳴らした。

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