ウンコ研究室
ももも
第1話 ウンコの話をしよう
ウンコの話をしよう。
私は数多の動物のウンコを見てきた。
犬のウンコ、猫のウンコの数なら「おまえは今まで食ったパンの枚数をおぼえているのか?」ばりにだ。その他にもラット、ニワトリ、豚、牛、鹿に馬、カピバラやライオンに至るまでバリエーションは多い。
そんな数あるウンコの中でも、ベストウンコはレッサーパンダのウンコであり至高である。彼らは笹が主食なくせに食べてもあまり上手く消化できず一部未消化物として排泄されるため、ウンコから笹の香りが漂うのである。
想像してほしい。
ウンコから笹の匂いがするのである。
大事なことなので2回言った。
ぬめっとした粘液に包まれた緑色の外見は他の動物では味わえない独特の色合いで、嗅ぐと芳醇で清涼感のある香りが鼻腔をすっと突き抜ける。ウンコソムリエを思わず唸らせる一品で、まさにウンコの概念を覆すウンコと言える。
ちなみに同じ笹が主食のパンダのウンコは残念ながらまだ味わっていない。友人がパンダのいる動物園に就職したので、是非とも裏ルートで入手し鑑賞したいとラインを送ったのだが、衛生上の観念から、などという文言の丁重なお断りメールをいただいた。許すまじ。画像検索して、渇きを癒すしかない。
次点で良いウンコはアフリカゾウのウンコだ。
なんといってもでかい。陸上最大の動物とあって、その大きさたるや王者の貫禄の1個3キログラム。新生児と同じ重さだ。それを1回の排便で5個から6個する。5人の新生児が次から次へと生まれてくるように、肛門からボトボトボトと音をたててウンコが排出される姿は神秘的で迫力的だ。
それにアフリカゾウのウンコは、食物繊維の多い環境に優しいウンコだ。
下処理をすると紙を作ることもできる。ゾウさんウンコペーパーとして動物園で売っていることがあるため、今度立ち寄った際は是非のぞいて欲しい。売ってなかったらごめんね。
また、ケニアのマサイ族はこのウンコを使って茶を作るそうだ。一度ケニア在住の人からご馳走してもらったことがあるのだが、言われなければこれがウンコと思えない味わいで、優しい草の匂いが漂い体がぽかぽかする。発汗作用があるとのことで健康になれるそうだ。
動物園でゾウさんウンコペーパーの隣でゾウさんウンコティーとして販売すれば、目玉商品となること間違いないとアンケートに書きつづっているのだが、未だ実現していない。悲しむべきことだ。
ここまで語っておいてなんだが、別に私はウンコ好きではない。ただ出会う機会が人より少しだけ多く、興味がちょっとあるだけだ。
ふつうに生きていたら、ここまでウンコウンコと連発する人間にはならなかったと思う。こうなってしまったきっかけであり運の尽きは、学生時代に寄生虫学研究室に入ってしまったからだ。
寄生虫と聞いてどんなものを想像するだろうか。
多くの人は白くて細いウネウネとしたものを想像するのではないかと思う。
あれはホルマリンに漬けられたため真っ白になるからで、本来は象牙色の味わい深い色合いなのだが、だいたいそんな感じのイメージで間違っていない。
白いウネウネは主に線虫の仲間で、特にメジャーなのは犬のおなかに寄生するイヌ回虫だろう。ちなみにネコならネコ回虫、豚ならブタ回虫、鶏ならニワトリ回虫と寄生する種によって回虫の種類も変わる。
戦前は人のおなかにもヒト回虫がうようよ寄生しており、ウンコしようとふんばったときににょろりと肛門から回虫がこんにちはすることがあったと聞くが、現在の日本では衛生が行き届いているため、直接目にすることはほとんどない。
回虫がどんな姿か知りたい人は画像検索すると良い。うどんやそうめんが食べられなくなっても私に責任はない。
グロ画像耐性があり、あれごとき屁でもないと思う人にはウマバエがおすすめだ。きっとあなたの小説のネタになること間違いなしである。トラウマになっても知らん。
寄生虫学研究室はそんな彼らのことを研究する場所だ。具体的にどんなことをするのかというと、主にウンコを集める。ウンコと寄生虫は密接に結びあっているからだ。
たとえば回虫だ。彼らは虫卵から孵りやがて幼虫、成虫と成長していくのだが、雌の成虫になると小腸で1日約20万個の虫卵を生み、虫卵はやがてウンコとともに体外へでる。そのウンコが付着した食べ物を食べることにより、動物は回虫に感染する。
その動物が回虫に感染しているかどうか調べるのにてっとり早い方法が、ウンコを調べ回虫の卵がいるか確かめることだ。
だから好きでウンコを集めているのではなく、研究のために仕方なくだ。
そんな寄生中学研究室は様々な研究室がずらりと並ぶ建物の端に追いやられていた。
なぜかというと、臭いからである。
建物全体が臭うときは、だいたい我らの研究室のせいにされていた。
間違っていないから弁解の余地がない。
実験器具の使用後は、毎回煮沸して消毒しなくてはならないのだが、必然的にウンコ汁を長時間煮詰めることになる。密室状態では流石に精鋭たちでも耐えきれず、研究室の扉を開け放つことで空気を緩和していた。
臭すぎると苦情が来たことも1回や2回ではないが、研究のためには多少の犠牲は仕方がないことである。
そうした経緯から周りの研究室から、またあいつらの仕業だと陰口をたたかれ、付けられた名前がウンコ研究室であった。
研究室内でゴキブリや蚊や貝を飼育していた者たちは憤慨していたが、個人的にはだいたい合っているから別に良いのではと思っていた。
研究室での日々はまさにクソまみれであった。
精神的にではなく物理的にである。
ウンコを目にしなかった日はほとんどなく、ウンコにあふれた日々であった。
どうしてそんな研究室に入ったのか?
別に生まれながらウンコを求めている人間だったからではない。
理由は単純明快で、他の研究室に較べれば楽そうだったからだ。
私が通っていた学校の学生は、学年があがるとどこかの研究室に所属しなければならなかった。文系でいうとゼミみたいなものだと思う。
かなりの数の研究室があったが、場所により忙しさが桁違いでお盆正月関係なく通わなければならないところもあった。
個人的には夏休みにバイトが出来そうならどこでもよく、たまたま目に入ったのが寄生虫学研究室であった。
そうしてその門戸を叩き得たものは、強靱な鼻と別にウンコで汚れてしまっても良いじゃない、という屈強な精神だ。
前置きが非常に長くなってしまったが、これはそんなウンコ研究室のクソにまみれた日常の話である。
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