呪薔薇の忌み子(連載)

橋民レイカ

第1話

世の中は大抵死んだらそれで終わりだ。

虫であろうと魔物であろうと、それは人間であろうとも変わらない


死。

それは生きとし生けるもの全てに平等に訪れる終焉。


なんてことはない。

皆いつかは死ぬのだから。



◇◇◇


…体から力が抜けていく。

傷口から溢れる生暖かいものが服を紅く染めあげていった。


腹部に刺さった錆びた鉄剣が引き抜かれる。

鈍く光る刀身には僕の血がべっとりと付着していた。


剣を伝い鮮血が宙を舞う。

僕はその飛沫をぼんやりと眺め、そのまま壊れた人形のように地面に衝突した。


僕を瀕死に追いやった元凶、小鬼ゴブリンはその醜い顔を歪ませ奇妙な鳴き声を立てて嗤った。


小鬼ゴブリン

それは子供ぐらいの人型の魔物であり知能は低いが狡猾で群れをなす魔物。


僕はこの森でその一体と遭遇した。


本来単体ならば脅威となり得ない。

少し訓練した大人がいれば容易く討伐できるだろう。

レベルさえ高ければ子供でも対処できる最下級モンスター。


けれど僕は違った。

こんな弱小魔物にすら致命傷を与えられる。

決して不意をつかれたわけでもない。


原因は一つ

永劫薔薇の呪いヴィミラニエ


これは僕にかけられた呪い。

そして邪神からの祝福の証。

◇◆◇


その昔とある邪神が一本の薔薇をこの世界に落としたそうだ。

それ以降この世界では呪薔薇の忌み子というものが生まれるようになった。

生まれた時からその身に邪神の呪いを宿す正真正銘の呪い子。


胸に刻まれた黒い薔薇の紋様が邪神の神助と寵愛の証拠。

力をもたらすこともあるが多くは災いを齎らす。


呪いの効果は千差万別。


僕にかけれられた呪いは–––––忌まわしき弱者ロゼ・レベラ––––


どれだけ鍛錬を積もうと魔物を打ち倒そうとレベルが1のまま固定される。


なんてことない呪いだと思うかもしれない。


だがこの世界においてレベル1では子供にも勝てない最弱の存在。


僕は今日成人の儀を行うはずだった。

儀式の内容は簡単。

森の中で指定された薬草と小動物を狩ってくるだけでいい。


本来それだけならばなんの危険もないはずだったのだ。

この森には魔物は生息しているがここはまだ浅くゴブリンなどまず出会わないはずだ。


運が悪い。

ただただ運が悪かった。


すぐ逃げればよかったのかもしれない。

だが僕は剣を向けてしまった。

僕は自分の弱さを否定したかったのだ。


呪い持ちだと蔑まれ石を投げつけられていた自分の弱さを。


護身用の短剣を抜き完全に相手の不意をついて攻撃した。


けれども僕の、レベル1の力ではわずかに体表に傷をつけただけだった。

腕力も脚力も反射神経も全てが最低辺。


結果僕は容易く剣を弾かれゴブリンが持っていた錆びた鉄剣で胸を貫かれた。


レベル1だからスキルも魔法もない。

治癒魔法も持たない僕には十分な致命傷だ。


意識するまでもなく死の気配がすぐそこまで迫っている。


間違いない。

僕はここで死ぬ。


邪神は僕にこんな呪いをかけて何がしたかったんだろうか?

これだけは最期までわからなかったな


ゴブリンがトドメを刺すために腕を持ち上げるのがうっすらと見えた。


「死にたくは、なかったかな」

そう呟くが誰に言った言葉でもない。


ゴブリンは僕の言葉に一瞬動きを止め不思議そうな顔をした。


命乞いだとでも思ったのだろうか気味悪く嗜虐的にソイツは嗤い、手に持った剣を勢いをつけ振り下ろした。



グシャッ、肉が引き裂かれ骨が砕ける音が響く。

もう何も見えなかった。


最後に残ったわずかな意識の中その声は聞こえた。


《呪いの効果で条件を満たしました。必要経験値の取得を確認。対象がレベルアップしました》


どこからもなく頭に直接響く声。

初めて聞いた。

一生聞くことなく人生を終えるはずだった、レベルアップを告げる世界の声。


それに意識を向けるよりも先に見ていた景色が一変した。


僕は灼けるように赫い空間に立っていた

どこまでどこまでも続くいている。

足元には黒い薔薇が咲き乱れていた。

視線を下げればそこには僕に背を向ける形でナニかが座っていた。


背中には漆黒の翼が生えているので少なくとも人間ではないだろう。


ソイツは通常ではあり得ないような角度で首を曲げ僕の方を向いた。


中性的な顔立ちであり性別はわからない。


目からは血の涙を零している。

僕と視線を合わし口を開いた。


ノイズ混じりの声で脳が震えるような感覚がする。

『––––クアレ。つよくあれ。強くあれ・・・・。汝の行く道に我の災いを』

それだけ言い残しソレは姿を消した。


その声が消えたと同時、まるで夢から覚めたかのように景色が戻った。


そして胸に違和感を感じた。


熱い。

まるで焼きごてを押し付けられたかのように胸が熱い。

左胸に刻まれた黒い薔薇の紋様が蔦のように伸び全身に巻き付いた。

それが全身を耐え難い痛みで蝕む。

痛みに比例するように命の灯しが消える寸前だった体が再生を始め、感じたこともない強大な力が体の奥底から湧き上がる。


意識が覚醒し、フラフラと立ち上がる。


はっきりとしてきた視界には呆然と突っ立つゴブリンの姿があった。


それもそうだろう。

息の根を止めたはずの相手が立ち上がってきたのだ。


向こうの立場だったら普通に怖い。


しかし僕の方はこんな状況にもかかわらず至って冷静だった。

今までになく思考はクリアだ。


目の前のゴブリンに警戒することなく無防備に地面に落ちた短剣を拾った。


ゴブリンが攻撃してくることはなかった。

僕の変化に警戒して剣を構えている。


短剣を一、二回宙に向かって振る。

やはりそうだ。

身体が先程までとは比べ物にならないほど軽い。


「これなら・・倒せる」


今までは僕の中になかった力に歓喜を覚えた。

目の前のゴブリンにもはや恐怖は感じない。


僕がいつまで経っても動かないことに痺れを切らしたゴブリンが襲いかかってきた。


剣を突き出すだけの単調動きの突き。

数分前の僕ならこれでなんの抵抗もできずやられていただろう。


・・遅い

目の前に映っているゴブリンの動きがとてもゆっくりに感じる。


無駄な動きはせずギリギリまでひきつけてから紙一重で避けた。


その際カウンターにゴブリンの腕を切り落とす。


もう傷がつけられないなどということはなく、いとも容易くゴブリンの腕は宙を舞っていった。


「グギャッッ!!」

ゴブリンが悲鳴をあげる。


急いで体勢を整えようとするがもう遅い。

僕は既に背後に回り込んでいた。


焦って隙だらけだ。


僕はそのまま短剣を横に振りぬいた。

固い感触が刃を通して腕に伝わる。

ゴブリンの首は綺麗な切断面を残し後方へと飛んでいった。

残った胴体も地面に倒れる。


顔に返り血がついたがそれを気にすることもなくただ呆然とゴブリンを切った短剣を見つめていた。


命を奪ったことに罪悪感はない。

この世は弱肉強食だし向こうにも殺されそうになったのだ。

(実際、僕はあの時死んだんじゃ・・・)


あの赫い空間を思い出す。

この力はあれに関係しているのだろう。


だが僕がこの得体の知らない力に感じている感情は恐怖ではなかった。

どちらかといえば歓喜に近い。


倒せた。

自分の力で。


さっきレベルアップを告げる世界の声が聞こえた。


「僕はもうレベル1じゃない!」

自然と涙が出てきた。

呪いに打ち勝ったなのだ。


だが続いた世界の声は僕の希望を打ち砕くものだった。


《呪いの発動を確認。これにより対象にかけらていた制限が解除されます》


《条件を満たしました》


《カーススキル『黄泉還り』を取得しました》


「よ、黄泉還り?」


世界の声はそれだけ止まらない。


《条件を満たしました。カーススキル『邪神の神助』を取得しました》


《カーススキル『黄泉還り』『邪神の神助』の効果により各種基礎能力値が上昇します》


《条件を満たしました。通常スキル「短剣術LV1」を取得しました》

《条件を満たしました。通常スキル「魔力操作LV1」を取得しました》

《条件を満たしました。通常スキル「光魔法LV1」を取得しました》

《条件を満たしました。通常スキル「無属性魔法LV1」を取得しました》

《条件を満たしました。通常スキル「鑑定LV1」を取得しました》

《条件を満たしました。通常スキル「痛覚耐性LV1」を取得しました》


どんどん頭に世界の声が流れてゆく。

開示される情報量に脳の処理が追いつかず激しい頭痛に襲われる。


《条件を満たしました。EXスキル「呪い完全耐性」を取得しました》

《条件を満たしました。称号スキル「呪薔薇の忌み子」を取得しました》

《条件を満たしました。称号スキル「死を超越せし者」を取得しました》

《条件を満たしました。称号スキル「小さな勇者」を取得しました》

《条件を満たしました。EX称号スキル「呪忌」を取得しました》


なんだなんだ?

もう訳がわからない。


《称号スキル呪忌の取得を確認。呪忌の効果を発動します》


その言葉を最後に僕の脳は限界を超えた。

意識が遠のいていく。


《––––––より、––––––対象の人間に対し–––––を実行します》


––––この言葉が全ての始まりだった。


これは孤独な一人の勇者のお話。

その全てをここに記そう。

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