今へと繋がる幼き日 小説版
須戸
今へと繋がる幼き日
母はいつも私の先を行く人だった。どう頑張っても、彼女の近くに辿り着くことは難しい。
幼い頃、母と二人でデパートへ行ったときのことだ。
母は私の前を歩いた。大人の歩幅は子どもより大きいため、私は追いかけるのに精一杯だった。
必死に歩いていた途中、フローリングでつまずいて転んだ。立ち上がろうとしたが、腕に力が入らなくてなかなか起き上がれない。
「待って!」と私は懸命に叫んだ。大声のつもりだった。
それなのに声が届かなかったのか、母は振り向かず、立ち止まりもせず、そのまま先へと行ってしまった。
待ってもらえなかったことにショックを受けた私は、その場で泣き叫んだ。
たまたま近くを通ったおばあさんが私を抱え起こし、レジまで連れていってくれた。
店員は前かがみになり、私に名前を尋ねた。けれども、涙が止まらず、答えることができなかった。
「何歳?」店員は質問を変えた。
「五歳?」私は首を横に振った。「四歳?」今度は首を縦に振った。
「わかった。ちょっと待っててね」
しばらくして、アナウンスが流れた。うろ覚えだが、このようなものだったと思う。
「お客様に迷子のご連絡を致します。赤い服を着た、四歳の女の子をお預かりしております。お心当たりのある方は、一階レジまでお越しくださいませ」
どのくらいか時間が経った後、アナウンスを聞いた母が私の元へ辿り着いた。そして、一言放った。
「勝手にどこか行っちゃダメでしょ」
勝手にどこかへ行ったのはあなたでしょうと言いたかった。しかし、喉が詰まり、答えることができなかった。
どうにかして気持ちを伝えたくて、ただ母を睨み付けた。
あの頃から、母と私の関係は変わっていない。
あれから十数年間いろいろなことがあったが、彼女が私を待つという行為をすることはなかった。
彼女は、私を置き去りにしたままこの世を去った。自身がもうすぐ亡くなるとは私に教えず、ある日突然倒れた。
いつも私の先を行く人だったので、いつかはこういう日が来るかもしれないと、覚悟していたことではあった。それでも、少しくらいは待っていてくれても良いのではないかと思った。
彼女の死をきっかけに、あのときの出来事を思い出した。母に置いて行かれるということは、やはり辛いことだと感じた。
今もあのときと同様に、いくら叫んでも彼女に声が届くことはない。けれども、もしも彼女に伝えられるのであれば、今度こそは言いたい。
勝手にどこか行っちゃダメでしょ、と。
今へと繋がる幼き日 小説版 須戸 @su-do
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