終焉
ファランと詰所に居た兵士達の交わりは最高潮に達した所で『あの人』が戻って来た。
恐怖と驚愕と、そして嫌悪と欲情に塗れた瞳を受けてファランは、『あの人』に両腕を伸ばして大いなる歓喜を迸らせて、叫んだ。
来て、と。
そして、村中に響き渡ったのは獣の咆哮。
ペンダントが怪しく光れば、あの獣が。
数多の村人と兵士を殺して喰らったあの獣が、狭い家屋に突如として出現したのである。
だらしのない格好で獣欲を貪っていた兵士達は、獣の前脚の一振りで二つに分断され、血と臓物をまき散らした。
突如現れた死の化身について、現実感が無いのかその場にいた兵士達は碌な抵抗も無く更に死んだ。
残ったのは、ファランが『あの人』と慕う
「夜は長いわ、愉しみましょう?」
そう語り掛けるファラン。
怯え、震え動けずにいるファランの想い人。
獣はぶるりと獅子に似た体を震わせて、二つに分かれた蛇めいた尾で動けずにいる女を戒めた。
「アニタも、アネッサも、クリスも皆、逝ったわ。ディセアナ、貴方も私を喜ばせてね」
愛しい人に語り掛けながら、ファランは獣に指示を下した。
『あの人』ことディセアナの苦悶の叫びが木霊するのに然程時間は掛からなかった。
拘束され動けないディセアナの肩を狼に似た獣の顎が食らい付く。
燃え盛るような双眸でディセアナを睨み付け、太くしなやかな前脚でその体を刻んだ。
苦悶の声と絶叫が迸るその光景を見ているだけで、ファランの心は幸せに満たされていく。
だが、ファランの至福の時間は長くは続かなかった。
突如として、無数の油壷が投げ込まれ、続いて松明が投げ込まれた。
火は面白いように家屋に燃え移って、ファランに迫った。
「あの男か!」
生存者が居ようとも、居なかろうとも、諸共焼き尽くす選択は今の村の現状ならば誰が選んでもおかしくはなかったのに、ファランはマリウスの仕業だと断定した。
ディセアナは結局痛いしか言わず、興醒めしていたところに新たなスリルの存在を感じ取り、ファランは可笑しげに笑いながら獣に乗り、家屋を飛び出た。
無数の村人や外で見張りをしていた兵士達が武器を構えて居並んでいるかと予想していたファランは、目の前の光景に呆れ果てた。
そこには、長槍を構えたラウラとその槍の穂先に触れるマリウスしかいなかったのである。
「まさか、貴方が獣の主であったとは……」
「助けて頂いてありがとう、ラウラ。あのままだったら、折角の力を得たのに自害する所だったわ」
苦虫を噛み潰したかのようなラウラと獣の上で朗らかに笑ったファランは対照的であった。
既に勝利を確信しているファランは悠然と獣を歩ませた。
例えラウラが如何なる達人であろうとも、人の動きなど高々知れている。
自分の操る力の足元にも及ばない。
そう判断したが故である。
だから、彼女は気付かなかった。
ラウラの瞳が、今は魔力を帯びた暗い紫色に変貌している事を。
そのラウラは、腰を僅かに落として、いつでも飛び掛かれるように、或いは飛び下がれる様にしていた。
マリウスが背後に下がり際に言葉少なに示した、ファランの胸元に光るペンダント。
あれこそが獣を操る術である可能性が高い。
ラウラは、腰の長剣に一度触れて覚悟を決めた。
槍を構えて一気に駆けだしたラウラ。
迎え撃つように前脚を振り上げた獣。
獣の前脚が先程までラウラが居た場所を薙ぐが、既に彼女は其処にはいない。
振り切られ、伸びきった前脚の付け根に槍を突き入れ足場にすれば、槍の柄に飛び移り、即座に獣に乗り移った。
人の動きを凌駕したその動きは、人中の虎か、竜か。
既に腰の長剣を抜き放っていたラウラは、一陣の風の如くファランに迫り、剣を突き出した。
怪しい光を放っているペンダントが切っ先を防ぐも、ラウラの放った一撃はその魔力すら打ち砕き、切っ先はファランの胸へと吸い込まれて行った。
「がっ!」
肋骨を砕かれ、心臓付近を貫かれた痛みに呻き、ファランは獣の上に倒れ込む。
一方のラウラは返す刃で獣の首筋に剣を当てて、一気に引き裂くと獣もまた痛みののたうった。
ラウラは揺れ動く獣の背から大地に飛び、即座に構えなおせば獣を警戒する。
痛みののたうつ獣は、背に乗っていたファランごと背中から地面に倒れ込んだ。
その光景を見ればラウラはすぐさま獣から距離を開けた。
「今だ!」
そして、マリウスの声が響けば、身を隠していた村人や兵士達が一斉に矢を放った。
その数は、高々十数本だったが、のたうつ獣に確実にダメージを与えた。
矢の小雨が降り終われば、再び長槍を手にしたラウラが戻り、獣の頭蓋をその穂先で貫いた。
獣の死が訪れる頃、押しつぶされていたファランの息の根も途絶えた。
コルラネ村を襲った魔獣はここに滅びたのである。
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以上の話は、死霊術師コル・カーウィスがファランなる死霊を呼び出して知り得たコルラネ村の魔獣についての話である。
跳梁するモノ キロール @kiloul
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