彼氏にタピオカしか愛せないと言われたら

成井露丸

彼氏にタピオカしか愛せないと言われたら

「ごめん。俺、もう、タピオカしか愛せないみたいなんだ……」

「で、式場どこにする?」


 駅前のスタバで二宮ニノミヤ幹生ミキオなぞいコトを言いだしたので、私は完全にスルーした。発動――チートスキル『無視スルー』! ヤヴァイ、私、異世界転生してきたんじゃないの?


「あの? 聞こえてた? 俺、もう、タピオカしか愛せないみたいなんだ……」

「で、日取りなんだけど、ジューンブライドが良いんだよね?」


 私たちは今年、結婚する。

 大学生時代から付き合いだして、かれこれ七年?

 同級生達には、「酸いも甘いも嚙み分けた熟年カップル」だなんてからかわれて、気付けば私もアラサー目前。

 幹生が真っ当な収入の得られる職に就くまでは結婚しないなんて意地を張るから、本当ならチャッチャと結婚しちゃいたいところを我慢してきたのだ。


 予定なら今頃私は、詰まらない契約社員の仕事なんて放り出して、子供をヨシヨシしてる人生計画ライフプランだったんだけどさ〜。

 でも、遂に、彼氏が大学の助教とかいう偉いんだか偉くないんだかよく分からないポストを得て、両親にも挨拶して結婚ゴーサインなんだよ〜。わーい!

 そんなことを考えながら、スタバの机の上で、iPad上の結婚式場情報サイトをスワイプする私。


「だからさ。聞いてよ美帆子みほこ。俺、もう、タピオカしか愛せないみた――グフッ!」

 幹生の左頬に肌色の球体的な何かがめり込んで、彼は漫画みたいな呻き声を漏らした。


「幹生。うるさい」

 あ、その球体的な何かは、私の右拳みぎこぶしでした。ブンブン!

 まぁ、私、敏捷性とか、先制攻撃とか、結構ステータスシート極振り気味だしね。って、それ、ネトゲの話じゃん。リアル関係なかったわ。テヘペロ。

 ちなみに、契約社員の給料はガンガン課金しているので、結婚後の住居費用などは高学歴な旦那様の年収に期待しております。キリリ。


 私は溜息一つ、iPadから顔を上げて、頭は良いはずだけど、どこかお馬鹿な婚約者に向き合った。

「あのねぇ。さっきから、意味分かんないんだけど? 何? タピオカ? それが、どうしたの? マイブームなの? 女子高生なの? せっかく取った博士号の学位どこやったの? バカなの? 女子高生になるのに、私を五年間も待たせたの?」

「あ……、いや、その……ゴメン」

「ゴメンじゃないよ。ちゃんと説明して、幹生。私たち、夫婦になるんだよ? これからはさ、お互いちゃんと、話し合って、わかり合って、許し合って行かないとだめなんだよ? タピオカがどうしたのか知らないけれど、ちゃんと説明して」

 私はナカナカ良いことを言いながら、幹生の目をじっと見つめた。

 幹生は高身長でめちゃんこ頭が良いのだけれど、その瞳はつぶらで、子犬みたいで可愛い。

 結婚を待たされたのは不本意だったけれど、いつも思う。私、優良物件押さえてるよな〜って。


「ややや。だからね、美帆子。僕、もう、タピオカしか愛せないみたいなんだ」

「それは、さっき聞いた」

「あ……そう?」

「うん。で?」


 私は頬杖を付いて、小首を傾げる。

 彼はカモミールのティーラテを右手に視線を泳がせている。


「いや、だからさ。結婚の話なんだけど……」

「うん」

「最近、タピオカのブームじゃん? だから、飲んでみたんだよね」

「うん?」

「そしたらメッチャ旨くてさ。ハマっちゃって。なんだか、ときめいちゃったの。最近、寝ても醒めても、『タピオカ飲みた〜い』みたいに思ってんの。これって、もう愛じゃないかな〜って思って」

「はぁ、それで?」

「俺さぁ。昔は、そういうこと、美帆子に対してずっと思ってたんだよ? 寝ても醒めても美帆子のことばっかり考えてて。そういうの愛だって思ってたんだ。だからさ……、最近、なんだか、結婚に自信がなくって。もう、俺はタピオカしか愛せてないんじゃないかって。美帆子のことだけを愛せていないんじゃないかって……」


 幹生はそう言うと、手に持ったティーラテを口許に運んだ。


 え? 何、この面倒くさい――もとい、可愛らしい小動物は?

 アラサー突入しておきながら、どんだけピュアやねん。純粋数学ピュア・マセマティックスか? ピュアな博士様は定理の証明でもやってなさい。私の人生計画は――もとい、ラブロマンスは、そんな迷いには邪魔させない。


「それは、マリッジブルーね」

「え?」

「マリッジブルーよ……!」

「そうなの?」

 目の前で身長一八〇センチの小動物が首を傾げる。私は自信満々に「そうよ」と断定した。


「心配しなくて良いわ。私だって、チョコミントアイスにゾッコンだったり、抹茶パフェにゾッコンだったりしたから。その意味で、四条河原町界隈を歩くのは危険よ……」

「え? あ、あぁ」

 そう言えば、ハマっていた時には、無駄な散財しちゃったなぁ。布教しようと思って、後輩五人くらいの抹茶パフェ全奢りしたことあったけど、彼女たち元気かな〜?


「ていうか、私だって、寝ても醒めても『幹生のこと好き〜』なんて、思ってないからね?」

「え、そうなの?」

「そうよ」

 涼しい顔を作ってそう言ってやると、幹生は「そっかぁ〜」と何だか少し残念そう。うふふ。可愛い。

 でもね。幹生のことは考えてないけど、結婚式のことは寝ても醒めての考えているのよ? シャァァァーーーー!(注:牙を剥く音)


「それにね、幹生。これから私たち夫婦になるの――」

「うん」

 あ、ダメ。「夫婦になるの」って言ったところで、めっちゃ恥ずかしくなってきた。きゃ〜、夫婦って、夫婦って。グハッ!(注:吐血する音)


「夫婦はお互いを尊重しながら、実際の人生――生活を共にしていくパートナーよ。だから、相手に盲目だったり、惚れた腫れたばかりを基準にしていちゃだめなの。お互いがお互いのその時に好きなことを尊重して、そして、応援し合えるような関係じゃなきゃ」

 私はそういって、机の上に無造作に置かれていた幹生の左手甲に、右手のひらを重ねた。彼の感触。少し骨ぼったい手。

 私、めっちゃ良いこと言っているし、めっちゃ結婚する二人っぽいよね!?


「そっかぁ。じゃあ、僕はタピオカのことを好きで良いんだぁ〜」

 そんな純粋な瞳で、幹生は目を細めた。

「もちろん。私のことは……その……変わらずに……その、す……きなんでしょ?」

 思わず照れてしまう。ちょっと、上目遣い。


「うん。美帆子のことは大好きだよ!」


 ――トゥンク!

 胸の奥が跳ねた。静まりなさい、我がしんぞうよっ! ここは家の外、駅前のスタバなるゾォ! トゥンクしたって、キスもエッチも出来ないんだからねっ!


「じゃ……じゃあ、そういうことで問題なし。式場を決めましょう? 招待客も決めないといけないから」

「うん。ま、そだね〜。基準は?」

「う〜ん。レストランでの披露宴なら、和洋みたいなところとか、料理から入るのもアリみたいよ? 幹生、何か披露宴で食べたい食べ物とかある?」


 一瞬思案した後に、幹生は満面の笑みで唇を開いた。

「タピオカ――」

「うん、タピオカから、離れようね〜。いい加減、お姉さん怒るよ〜」

 私は、満面の笑みを貼り付けたまま、にこやかに答えた。 

 知らぬ間に、彼の右頬には私の左ストレートが突き刺さっていた。


 本当に幹生はピュアだなって思う。キャッサバでんぷんを固めたデザートが何だっていうのよ。そんなの全然浮気なんかにならないんだから。

 

 彼のそんなピュアな告白に耳を傾ける。

 そして、私は、結婚までに整理しないといけない自分自身の男性関係――セックスフレンドの顔に、思いを馳せるのだった。


 レッツ! ハッピー・ウェディング!

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