エピローグ ビバーナムのせい
~ 七月二十七日(土) ~
ビバーナムの花言葉 誓い
「すいません。深夜になってしまいました」
「いいのよ。……ありがとう。ほんとにありがとうね、道久君」
時計を見れば。
ちょうど日付が変わったところ。
随分かかった冒険旅行になってしまったのです。
「ほっちゃんは?」
「高いびき」
家に着くなり。
おばさんに抱き付いて。
アルバム見るのと。
座敷へ座り込むなりばたんきゅう。
しょうがないので、布団をかけてあげたのですが。
下は畳ですし。
明日は体中軋んでいることでしょう。
おばさんは。
かつての場所に腰かけたまま。
首だけこちらへ向けているのですが。
「……幸せな顔してる?」
「さあ? どうなのでしょうね、これ」
口をへにゃあと開いたまま。
たまに、喉からぐごごと音を鳴らしているのですが。
見方によっては。
世界一幸せな寝顔かもですが。
もっと美しい感じにゃならないのですかね?
「幸せかどうかは分かりませんが、バカ丸出しではあります」
「ふふっ。……きっと、幸せよ。ほっちゃんには、パパと道久君がいるから」
昨日の夜から、ずっと。
語尾に吐息が残るほど。
話すことすら辛そうなおばさんなのです。
「心配事も片付きましたし。おばさんも、横になって下さい」
「そうね。……今日は、ほっちゃんの隣に寝ようかしら?」
そうですね。
たまにはいいのかも。
……いえ。
ずっとそうすればいいのに。
穂咲が、もしも卒業と同時に家を出たら。
こんな機会もあまりないでしょう。
でも、畳に直という訳にはいきますまい。
俺はおばさんの部屋から布団一式を抱えてきて。
穂咲の隣へ敷いてあげました。
すると、おばさんが。
ぽつりとつぶやくのです。
「いい思い出になるわ」
…………そういえば。
いまさら気付いたのですが。
穂咲といる間は。
いつもべったりくっ付いているイメージのおばさん。
でも、穂咲にとって。
おじさんとの思い出のような。
特別な思い出は、あまり無いような気がします。
小さな頃。
どこかへ出かけるのはおじさんと一緒でしたし。
おじさんが亡くなられてからは。
その椅子に座りっきりでしたし。
社会復帰してからだって。
あくせく働いてきたので。
しょうがないと言えばそれまでなのですが。
「……おばさん。穂咲と、あまり思い出を作っていないのでは?」
思わず口をついた言葉に。
まったく反応の無かったおばさんなのですが。
随分と、長い時間をかけてから。
ようやく口にした言葉は。
「言葉は。大切にね?」
……いったい、おばさんの胸の中で。
どのように話が展開していたのやら。
まったく脈略の無いことをつぶやくと。
寂しそうな。
震えるほどのため息をついたのです。
「…………ずっと、思い出していたの」
おばさんは、テーブルに向かったまま小声で話すので。
俺はすぐそばに立って。
ゆっくりと紡がれる言葉に耳を傾けます。
「私があの人に、最後に言った言葉。…………私と穂咲、どっちが大切なのって。
……その言葉が、ずっと、胸を締め付けたまま。……あの人の苦笑いが、本当に寂しそうだった」
そしておばさんは。
ぎゅっと、胸を押さえて。
前にうずくまって。
「……綺麗だったでしょうね。……緑の中に、黄色い光。ほっちゃん、パパが死んだこと、よく分からなくて。何度も話してくれたっけ……」
消え入るような声。
おばさんはそのまま。
テーブルに疲れた顔を横たえると。
「ありがとうね、道久君。……道久君がいれば、安心ね……」
涙を一つ。
すうっと流して。
乾いた唇で。
最後に、言ったのです。
「道久君……。ほっちゃんを……」
それきり。
おばさんは、目を閉じて。
「…………おばさん?」
いつもの言葉を。
最後まで語ることは。
「おばさん……! おばさん!」
未来永劫。
なかったので
「ぐう」
「寝ちまっただけかい!!!」
うおおおお、びっくりした!!!
こっちの心臓が止まるわ!
「こら! 紛らわしい落ち方しないで!」
「むにゃ……。もう飲めないよ……」
「ビールはちょっとどけといて! ああもう、布団まで行きますよ!」
俺は、寝ぼけるおばさんに肩を貸して。
なんとか布団に転がすと。
「ほっちゃああああ……」
「んみゅ……、ママああああ……」
「なんなの急に抱き合って? 実は二人とも起きてます?」
お互い抱き枕状態で。
だらしのない顔で。
そのうちそろっていびきをかき始めたのでした。
……でも。
おばさん、そんな辛い思いをずっとされていたのですね。
そのままじゃいけない。
辛い思い出は、誰かが横から手を差し伸べて。
伸ばす手、横棒一本。
「辛」いを「幸」せに変えてあげなきゃいけないんだ。
じゃあ、それも俺がやりましょう。
穂咲が卒業して、家を出ても。
楽しい思い出ばかりで。
胸がいっぱいでいられるように。
……必ず。
俺が、穂咲とおばさんの幸せな思い出。
作ってみせましょう!
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 23冊目💡
おしまい♪
二年強続いた秋立に、まさかの展開!
今度は、おばさんとの思い出探し!
と、言うか。
お前、そんなことやっていいのか道久よ!
進路は!?
次回、
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 23.5冊目は、
2019年7月29日(月)より開始!
夏休み最後の特別編を前に、なにやらまた、ワンコバーガーでひと騒動!
↑ いや、作者よ。道久の進路は?
どうぞお楽しみに!
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 23冊目💡 如月 仁成 @hitomi_aki
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