死のまわりー私

マツダシバコ

死のまわりー私

【死のまわり~私】


 金曜日だった。

今日は仕事のあとに夫と待ち合わせをして、食事をする約束になっていた。

食事というより彼女はアルコールを欲していた。

彼女にとって日常は気にくわないことばかりだった。その憂さ晴らしの方法を彼女は酒に求めていた。

夕方に夫からメールが入った。

仕事が長引きそうなので、待ち合わせを三十分遅らせてほしいという内容のものだった。

待ちに待った週末を迎えた彼女にとって、その知らせは心をチリチリさせた。

嫌味の一つも言ってやりたかったが、少し考えて彼女はこう返信した。

「忙しくて何より、がまんの先に飲むビールはきっと格別なはず」私って大人と、彼女は思った。

それから彼女は会社を出て待ち合わせの駅へと向かった。そこは川の流れる瀟洒な街だった。

その川のほとりに今夜食事をする予定の小さなレストランはあった。

店は彼女が見つけたものだった。彼女はこの一週間、昼休みも仕事中も金曜日の夜を過ごすための店探しに没頭していた。そして、その店を探し当てた。

なにしろ、その店は評判がよかった。彼女は何かを決めるとき、とにかく人の意見を重視するタイプだった。

 さて、待ち合わせの駅に着いた彼女は、どこかカフェにでも入って夫を待とうかと考えたが、思い直して駅の改札で待つことにした。

彼女はいつも無意識に、夫がもっとも申し訳なく思うであろう方法を心得ていた。

改札口に立って五分が経ったころ、再び携帯電話が鳴った。夫からだった。着信に気づいたが、彼女はその電話を無視した。

嫌な予感がした。

彼女の想像はいつも良くない方向へ行ってしまう。そして彼女はすでに腹を立てていた。

いつだって私が楽しみにしていることは台無しになる。そんなことはなかったが、彼女の被害者意識がどうしても自分の人生をそう定義づけた。

少し間をおいてメールが届いた。

件名はなし。

夫は妻の性格を心得ていた。彼女にメールを開かせたければ、件名は空欄に限る。

しばらく携帯電話をにらんだ挙句、彼女は仕方なくメールを開いた。

やっぱり。と彼女は思った。そこにはこう記されていた。

「ごめん。仕事でトラブルがあって、まだ会社を出られない。もう少し待てる?」

彼女はエイッと床を蹴った。

それから辺りをうろうろと歩き回った。

駅ビルの入り口を抜け、目についた雑貨屋に入り、手に取った髪留めをぎゅっと握りしめたところで、彼女は落ち着きを取り戻した。

彼女はメールに返信をした。「もう少しって、どれくらい?」

夫からの返信を待つ間、彼女は店内をぶらついた。

そこはヘアピンやクリップ、シュシュなどを売っている髪飾り専門の雑貨屋だった。

いくつかの商品を手に取って見ていたが、心は上の空だ。

その時、返信を知らせるバイブレーターが震えた。

彼女はほとんど反射的にメールを開いた。

今度のメールには件名があった。

件名/本当は

本文/ごめん。本当は、別の日に仕切り直してくれると助かる。埋め合わせするから」

彼女は自分でも頭に血が上っていくのがわかった。

「本当は!」そうやって夫は、本当に言いたいことをいつも最後に言う。

それは彼女の気性が彼にそうさせていると言えなくもなかったが、彼女はそんな夫の癖が腹立たしくて仕方なかった。

「本当にしたいなら、勝手にそうすれば?」

彼女は手に持っていた髪飾りを、呪いでもかけるように見つめ続けた。

「万引きをしてやろうかしら」彼女は思った。

「私が捕まったら、あいつ、どんな顔して迎えに来るかしら」

いっそのこと、刑務所にでも入ってやろうかしら。

そこから人生の歯車が狂って、飲んだくれのあばずれになって、最後には身に覚えの罪を着せられて、死刑になって…。

あいつのせいで、というお題で彼女の頭の中はいつもとんでもない方向に発展していく。

 彼女は自分の妄想の重圧に耐えきれなくなり、髪留めを乱暴に棚に戻すと店を飛び出した。

 落ち着きなく熊のように同じところをうろうろし、鼻から荒い息を吐き出し、爪を噛んだ。やがて落ち着きを取り戻すと立ち止まって、右手に持っていた携帯電話をバッグに放り込み、カチリと留め金を閉めた。

彼女は夫には返信しないことに決めた。

こうなったら三時間でも四時間でも待ってやるわ、彼女はそういう気持ちだった。

彼女はサディストだったが、同時に究極のマゾヒストでもあった。

彼女は人を追い込むためだったら、どんな努力も苦痛もいとわないタイプだ。


細いヒールをブルブルと震わせて、彼女は改札口に立っていた。

デートを予定していた彼女は、いつもより先の尖ったパンプスを履いて、V字の襟元に女性らしく裾が広がったワンピースを着て洒落込んでいた。おかげでつま先はひどく痛んだし、膝丈のスカートでは足を広げて立っているわけにもいかなかった。

時間が経つほどに血液は下に溜まってゆき、彼女のふくらはぎをむくませ、指先の血管は靴の中でどくどくと脈打っていた。その鼓動は額に浮き出た血管をもひくつかせ、ピストンのように怒りを脳内に送り込んでいた。

およそ一時間で、恐ろしい形相をした憎しみの権化はできあがった。

 その間、何度も電話が鳴りメールが届いたが、彼女はすべてに無視を決めこんでいた。さらに時間が経つと、彼女は悲しい気持ちになった。

自分がこの世でいちばん不幸で価値のない人間であるような気がした。

何の取り柄もない、貧乏で、陰気で、醜く、みっともない、ツキのない、だから夫は私に辛くあたるのだ。

彼女はその場にしゃがみ込み大声をあげて泣き出したい気分だった。

彼女はいたたまれず、その場から逃げるように立ち去った。

頭の中を絶望が支配していた。


その時、十何通目かのメールが届いた。それは、あと三十分ほどで待ち合わせ場所に到着するという夫からの知らせだったが、もちろん彼女には見る余裕などあるはずもなかった。

彼女は改札を離れ、ふらふらとあてもなく歩き出した。

彼女は川のほとりに出たが、目的の店とは逆の暗がりに向かった。楽しい時間を約束した店とはもっとも離れた場所に行きたい気分だったのだ。

川沿いは秋の虫が鳴いて、乾いた草の香りがした。今夜は満月だった。

川の流れに沿ってアスファルトのサイクリングコースが敷かれていたが、両脇には背丈ほどの雑草が生い茂っていた。街灯も少なく、店が建ち並ぶエリアと違ってひっそりとしていた。

彼女はたまにススキの穂に指先で触れた。彼女の靴のヒールの音がやけに大きく響いた。

でも、その音はしだいに弱まり、ゆっくりになっていった。彼女は少し冷静になっていた。

十月のやさしい風が彼女を癒していた。

こんなはずじゃなかったのに、彼女は思った。

そして少し涙ぐんだ。彼女は本来の目的を思い出しつつあった。

「私って、いつもバカみたい。戻ろう」と、彼女は思った。

そして、改めて日を決めて、楽しい時間を夫と過ごすのだ。

じつのところ、彼女は夫を死ぬほど愛していた。ただ、そのことをよく忘れてしまうのだ。

 彼女は戻る決心をして足を止めた。

その時、彼女の肩をトントンと叩くものがいた。彼女は突然のことに驚いて、電気が走ったように飛び上がった。

脳内にはセロトニンとドーパミンとノルアドレナリンが分泌され、期待と恐怖が駆け巡った。

夫だったらと、まず彼女は思った。

どんな顔で振り向けばいいのだろう。

私はちゃんと笑顔を作って、よろこびを表現できるだろうか。

いや、できない。きっと私は怒りを露わにして、ふて腐れるのに決まっている。

彼女は今までもそうやってかけがえのない時間をいくつも無駄にしてきた。

でも、努力はしよう。

 その次に、肩を叩いたのが夫じゃない誰かだったら、と考えてみた。

冷たい金属質の信号が尾骨から頭頂へ突き抜けていった。彼女はあまりいい想像ができないのだ。

「すみません」と、背後から声がかかった。

それは夫の声ではなかった。でも、嫌な声ではなかった。

彼女は声の方へゆっくりと振り返った。

そこには若い男が二人立っていた。

二人ともトンボのような細いスポーツ用の自転車を従えていた。

一人はまたがって、もう一人はハンドルを持って立っていた。彼女は緊張しながら二人に笑いかけた。二人の男たちもにっこりと笑みを返してきた。

双子のように背格好が似ていて、スマートで整った顔つきをしていた。

「あ、あの」

彼らが何も言い出さないので、彼女はおもわず口を開いたが、言葉は続かなかった。

2人の男は微笑んだままじっと立っていた。そこで彼女は重大なことに気付いた。

ここはサイクリングコースなのだ。

彼女は自分が道を塞いでいたことに気づいて謝った。

「ごめんなさい」彼女は脇によけ道をゆずった。

男たちは顔を見合わせた。でも彼らは立ち去らなかった。

「ああ」と、彼女は心得た。確かにこのサイクリングコースは狭くて、彼女が傍によけたところで自転車二台が横に並んで通るのは難しそうだった。

「ちょうど、戻るところだったの」

彼女はそう言って懸命に笑顔を作ると、二人の男の間をカツカツと通り抜けようとした。

 一人の男が彼女の乳房をつかんだ。もう一人の男の腕はすでに彼女の腰に巻きついていた。

ゾゾゾと音を立てて血の気が引いていった。足先はすでに感覚をなくし、彼女は砂のように崩れ堕ちそうだった。

「ヒャアァー」と、悲鳴とも雄叫びともつかない声が、彼女の口から飛び出した。

その瞬間、彼女は持っていたバッグを一人の男の顔面めがけて振り落とし、同時にもう一人の男がまたがった自転車の車輪を蹴った。

自分でも信じられないほどの早業だった。

一人はかがみ込んで鼻を押さえ、もう一人はバランスを崩して自転車ごと倒れ込んだ。

彼女は一目散に駆け出した。無我夢中で走って、走って、走りまくった。

しばらくして誰も追ってこないことに気づくと、彼女は速度をゆるめた。そして立ち止まった。

 辺りはしんとしていた。

彼女はいつの間にかサイクリングコースから外れて、草むらに立っていた。

虫の音と心臓の音が交互に耳元に響いた。

急に笑いがこみ上げてきて、彼女は大声で笑った。

何なのよ、と彼女は思った。それから、ざまあみろと思った。

彼女の中にまだ恐怖は残っていたが、同時に自分の勇敢さに感心して胸を張って歩き出した。

でも、その歩みはすぐに止められてしまった。

前方を自転車が阻んでいた。一台、さらにもう一台、クロスするように現れた。

彼女の中に怒りとともに訳のわからないパワーが湧いてきた。恐怖はなかった。

 彼女はバッグを空中で振り回しながら、自転車めがけて突進していった。

自転車は左右に分かれ、彼女から距離を取った位置で止まった。

一台の自転車がすーっと彼女に近づいてきた。彼女はハンドルを両手で掴み、捻るように自転車ごと投げ飛ばした。

「ウォーッ!」とすごい声が出た。彼女の体に力がみなぎった。

さらにもう一台の自転車が近づいてきた。

彼女は果敢にも飛び上がって、手に持っていた携帯電話の角を男の眉間に打ち付けた。

男は頭を抱え、自転車ごと崩れ落ちた。

彼女は闘争本能に目覚め、完全にハイな状態にあった。

脳内にはアドレナリンが増幅し、出力のリミッターを振り切っていた。

全く負ける気がしなかった。彼女はケモノか異常者のように叫びを上げた。

夫にはとても見せられない姿だ。二人の男も潮が引いたように、遠巻きに彼女の様子を伺っていた。

「近づいたら殺すわよ!」 

そう叫んで、彼女はバッグを振り回しながら草むらを歩き出した。

男たちは距離をとって彼女についてきた。

途中で誰かに行き会うかもしれないし、このまま駅まで辿り着けばこっちのものだと、彼女は思った。

 歩きながら彼女は怒りの中でいろいろなことを考えた。

どうして私がこんな目に合わなきゃいけないのよ。この男たちを警察に突き出してやらなきゃ気が済まない。そして、自分がいかにひどい目にあって精神的に傷つけられたか、夫や周りの人間に知らしめてやりたいと、彼女は思った。

それにしても、せっかくお洒落をしてきたのに、ワンピースはどろどろでパンプスはぼろぼろだった。もちろん、彼女には夫に新品を買わせる権利があった。もちろん、今身につけているものよりの数段いいものを。

 男たちがまた近づいてくると、彼女はバッグを振り回し、叫び声を上げて威嚇した。

でも、それにもだんだん疲れてきた。何やってるんだろう、私。

彼女はふと足を止めた。

 その時を待っていたかのように二人の男はすぅーっと近づいてくると、彼女の両手を掴んで、自転車のペダルを踏み込んだ。

磔(はりつけ)にされたように彼女の体は引きずられた。

「やめろー!」と叫んでも、もう後の祭りだった。 

                                    

 二人の男はサイクリングコースに乗り出すとうなずき合って息を合わせ、一斉にペダルを漕いだ。彼女のパンプスはあっという間に足からはずれ、かかとはアスファルトに削られた。

「ギャ」と短く叫んだきり、彼女はあまりの痛みに声も出なくなった。

肉が剥がれ、骨から火花が散っても、煙が出て焦げ臭い匂いが立ち上っても、悪夢は終わらなかった。

 やがて急ブレーキで自転車が止まると、二人の男は彼女の体をぽーんと深い草むらに放り投げた。そこにはたくさんの男たちが待っていた。

彼女の足は激痛に見舞われていたが、そんなことに構っている場合じゃない。

彼女はつま先立ちで後ずさった。

 暗闇で男たちに囲まれれば、どんな目に合うのかは決まっていた。

彼女は服をはぎ取られ、犯された。犯されても、犯されても、終わらなかった。

入れ替わり立ち替わり、彼女の上に男が覆いかぶさった。

それはいつも夫が愛情を込めてする行為とはあまりに遠いものだった。

 彼女はまるで人形のように、男たちに好き勝手に弄ばれた。

体も心もまるでが自分のものじゃないようだった。彼女は耐え難い苦痛の中で放心していた。

これは本当に私自身に起こっている現実なのだろうか。

 私は、と彼女は思った。

私は、普通の主婦で、お勤めをしていて、仕事も家事も適当にこなして、平凡ながらも楽しい生活を送っていた。

たまに女友だちと飲みに行ったり、夫と喧嘩をしたり、愛し合ったり。

今日だって、本当は、今ごろ川のほとりのレストランで夫と食事を楽しんでいるはずだったのに。今、私が体験しているこれは何なの?

彼女の脳は処理能力のキャパシティを超え爆発した。

彼女は気が狂ったように叫び声を上げ、全身は痙攣を起こして失禁した。

でも、それもあまり意味をなさなかった。

彼女の頬に男のこぶしがめり込み、彼女は黙らされて、犯され続けた。

 彼女は男たちの攻撃を避けて、這いつくばって転げながら、もしかしたら人通りがあるかもしれないサイクリングコースまで何とか移動してきた。そんな彼女の努力はさらに苦痛を呼んだ。

彼女の背中はアスファルトに押し付けられ、粗いヤスリをかけられたように削られた。

その痛みと言ったら。

でも、それもじきに終わった。

 バンッ!、とこの世の果てに幕が下りたような音がしたかと思うと、まるで電球が切れたみたいに、痛みも感覚もすべて消えた。

男たちは彼女のグニャグニャになったクラゲのような下半身を、指差して笑った。

それから彼女の体に向けて一斉に小便を放出すると、ペニスをしまい始めた。

史上最悪のおふざけの幕は閉じた。

 このまま男たちが去るのをおとなしく待つべきなのは彼女も知っていた。

けれど、彼女の意に反して、口は開いた。

彼女は男たちの後ろ姿に向かって、思いつく限りの汚い音と言葉で罵声をを浴びせた。

 男たちは戻ってくると、彼女に暴行を加えた。

歯は折れ、骨は砕かれ、内臓は破裂した。そして近くに落ちていた携帯電話のカメラで彼女のひどい姿を撮影すると、電話を彼女に投げつけて去っていった。

今度こそ、ぐうの音も出なかった。

 男たちが去ると、彼女はほっとして静けさに身を浸した。

しばらくすると野犬がやってきた。

黒い、大きな、狼のような犬だった。犬はよだれを垂らしながら、彼女の体を嗅ぎ回った。

彼女は別段、怖さを感じなかった。

犬は頭を振り回し、彼女の体から大腿部を引きちぎると、それを咥えて、来た道を帰って行った。

彼女はその様子を唖然と見送った。まさか自分の体がバラバラになるなんて。

そういえば、と彼女は思った。

私は骨つきのフライドチキンの関節をちぎって、その間の軟骨を食べるのが好きだった。

ふと、フライドチキンの味が口の中によみがえって、彼女はそれを味わった。

 次にやってきたのはリスの兄弟だった。

兄弟は彼女に挨拶するように、彼女の顔のそばに並ぶと、大きな尻尾をぴんと立て、つぶらな瞳でじっと彼女を見つめた。

それから、彼女の左手の指をそれぞれに抱えると、自慢の前歯で器用に手から切り離した。

薬指から結婚指輪が転がり落ちた。

兄弟はしばらく指輪の行方をかわいい目で追っていたが、やがて両腕で指を抱きかかえて、ぴょんぴょんと来た道を帰っていった。

かわいいと、彼女は思った。

弟が小指を地面に落としてしまうと、兄さんリスは立ち止まり、弟を振り返った。

彼女もその様子をやさしい気持ちで見守っていた。

 気づくと彼女の周りにはたくさんの生き物たちが集まっていた。

何だか温かな気持ちだった。

サルは彼女のやわらかな乳房を持っていった。

カエルは腸をえりまきのように首に巻いた。

カンガルーは辺りに落ちているこまごましたものをお腹の袋に手当たり次第詰め込むと、ジャンプをして帰って行った。

 彼女は惜しげも無くみんなに自分の体を分け与えた。

けれど、カラスが瞳を欲しがった時には「少し考えさせて」と彼女はまぶたを閉じた。

カラスはおとなしく、リスが残していったプラチナのリングを咥えて消えた。

猫がやってきた。

猫は彼女の顔をまたいだだけで、何も持って行かなかった。

猫のやわらかなお腹の毛が彼女の頬に触れた時、彼女はとても幸せな気持ちになれた。

 蟻が永遠に続く道のように長い列をなしていた。

その黒い道を見て、「もしかすると、私は死ぬのかもしれない」と、彼女は思った。

 一目だけ、ほんの一瞬だけでもいいから夫に会いたいと、彼女は思った。

それは願いというより、祈りそのものだった。

すぐ傍に携帯電話が落ちていたが、手の指はもう残っていなかった。

彼女はぷっと吹き出した。電話があるのに指がないなんて、冗談みたい。

ま、いいか、と彼女は思った。

青い大きな月が彼女を見守っていた。

月がきれいと、彼女は思った。

そして目を閉じた。

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