第21話
その日の夕食は焼肉だった。
俗にいう打ち上げというものだったが、大衆的なタコ部屋スタイルの店内は窮屈であり、大人9人子供二人が居座るには大変手狭であった。動物園に行っていたジョージの母子と祖父母に預けられていた東の子供が合流し、かつ駅伝をぶっちぎったまっつんを誘ったところのこのことやって来たものだから大所帯である。肉を焼いて食べるだけという作法もクソもない野蛮スレスレな食法によって成り立っているシステムも相成って、ヴァイキングの晩餐が如き散々な光景が広がっているのだった。
食欲が失せるな……
焼けた先から啄ばんでいく箸が鳥のくちばしを連想させる。焼かれた肉はまんま死体。鳥葬の体。グロテスクこの上ない。誰だったか、食事は本来排泄と等しく隠れて行うべきだと本に書いていたがその理由が分かってしまうのが辛い。節度のある東の嫁は顔しかめていたし、花代は借りてきた猫を決め込んでウーロン茶しか飲んでいない。一見馴染んでいるように見えるジョージの嫁も自分で焼いた肉のみを食している。どうやら奥方様達はこぞって拒否りたい晩餐間。焼肉焼いてもサゲリシャス。まぁ、俺もなのだが。
「シンちゃん! シンちゃん! 飲めよシンちゃん! お前は本当によぉ! 最後の最後で負けちゃかんやろ! 絶対勝てると信じとったのによぉ! あかんやろあれは!」
酔った小木がグダグダと絡み、周りの連中が「せやで」と合いの手を入れる(尻拭いをしてやったまっつんまで!)。酒の勢いに任せぶん殴ってやろうかとも思ったが女子供のいる場にて蛮行は断念。連中は命拾いをした。だが呪いをかけておいたので近々不幸が起こるだろう。万が一死んでしまったら純白のタキシードを着て葬式に出てやる。日本の喪服は本来白で彩っていたらしいのでセーフだろう。実に楽しみで仕方ない。
「でも今回大会に出れたのは佐藤のおかげやし、2回も走ってくれたんやから感謝しんとな」
フォローを入れたのは東である。やはりできた男だ。俺は心中においてお前だけは呪詛を向けずにおいてやろうと許してやった。人知れずの寛大と寛容。自らの大物気質に気分を戻す。
「でもこいつ、最初断ってきたでよぉ〜 中々薄情やに」
それも小木のうるささで台無しである。やはりこいつは駄目だ。確実に愚物である。
が、事実なので反論はしない。確かに俺は走りたくなかったし、これから先も走りたくなる事はないと思う。駅伝など、二度とごめんだ。
それでも達成感はひとしおであった。
なにより走る苦痛がなければあの活け花はできなかったのだから、結果だけ見ればプラスになったかもしれない。
実は、試合後に活けた件の作品の写真を然るべき雑誌に投稿したところ、なんと優秀作品として掲載されたのだ。花代にはクールに振る舞ったが、努力が結果として残り内心満悦の限りであった。賞賛されるのは嫌いじゃない。趣味の一環ではあるが、今後とも続けたいという意欲に繋がる。
しかし走る事はしない。どれだけ良い影響があったとしても、嫌なものは嫌なのだ。ポテンシャルについて証明されたのだから、あとはそれをいつでも発揮できるようにすればいいだけ。ドーピングめいたランニングなどしなくとも、あれだけの作品を創造できるよう一層の精進を重ねたい所存である。
それに、走っていた時代はもう終わったのだ。今の俺はしがないサラリーマン。運動などしなくとも生きていける。
明日も仕事か……
肉が焼けていく様子を見ながら、ふと思う。ビールの苦味がほのかに増して、少しばかり陰鬱な気分となる。
だがまぁ、それもいいだろうと思った。
花代がいて、たまに花を活けて、慎ましく生きていくのも幸せだなと感じたのだ。何も得られなかった人生だが、ようやく一つ、得難い幸福を手にできたと思えば、多少の難は、許容できよう。とはいえ……
「そういえばシンちゃん。来月にハーフマラソンがあるんやけど……」
「絶対に走らないからな!」
本当に、走る事だけは勘弁願いたい。
風に揺れる花 白川津 中々 @taka1212384
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