第8話 仲間
「グォ゛ォ゛ォォォォォォッ」
次に攻撃を仕掛けてきたのはオーガ。
繰り出される右ストレートを真正面からダガーで受け止める。
重っ!
真正面から受け止めたせいですべての衝撃を全身で感じてしまい、重さに耐えられず軽々しく飛ばされて身体が壁に打ち付けられた。
「かはっ」
口からは血反吐が出る。全身を打ち付けられて麻痺をしている感覚に陥る。
俺の力とこのダガーではオーガの拳を真正面から受け止めることはできない。力では完全にオーガの方が勝っている。単純な力勝負では俺に勝ち目はない。
重い身体を無理矢理起こし、口に溜まった血の塊を吐き出す。
次は俺からオーガに向かって走り出す。オーガの右ストレートを躱し、もう一度二の腕に向かって──
突如、俺の腹がえぐり取られたような感覚がした。
見れば、オーガの左拳が俺の腹を直撃していた。
──あっ。
気づいた時には何もかもが遅かった。俺はさっきの勢いとは比べ物にならないくらい弾き飛ばされる。凄い勢いで壁に打ち付けられ迷宮内に轟音が鳴り響く。
「う゛ぇ゛。おぇ゛ぇ」
口から何もかもが吐き出た。
アバラも何本か逝ったし、内蔵も潰れているかもしれない。建物を破壊する時に使われるクレーンにぶら下がった大きい鉄球をもろに喰らったような気分だ。
・・・何とか立ち上がらないと。
動かない身体を必死に起こそうとする。
だが、遅い。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオ」
オーガは隙きを見せることなく、血塗れの俺に向かって頭で突進してくる。
避ける間もなく、オーガの全力の突進が俺にクリーンヒットする。メキリと鈍い音が聞こえる。
空中に吹っ飛ばされた俺は地面と盛大にぶつかり、何回転かしてようやく止まる。
「あ゛、あ゛ぁ゛」
嗚咽すらも絞り出したような掠れた声になる。ボロ雑巾のようにボロボロになった身体を何とか起こす。全身の骨は砕け、血がだらだらと止まることなく吹き出している。頭がクラクラする。膝の骨も折れていて上手く立てない。
なぜ?どうして?
勝算はあった。決して勝てない相手ではない。
それなのになぜ?
朧げな視線の先では涎をだらだらと流しながら俺に向かって殺気をびんびんと飛ばしているオーガがいる。
『恐怖耐性』も、
『精神安定』も、
『苦痛耐性』も、
何も作動しない。
作動しているのかもしれないが処理が追いつかない。迫りくる死が俺の精神を物凄い速さで擦り減らしていく。
脳が動けと叫んでいるのに身体がまるで自分のものでないかのように言うことを聞いてくれない。
動け!動けよ!動いてくれよ・・・
今思えば実は心のどこかで油断していたのかもしれない。
今までの攻撃は躱せないぐらいの速さではなかった。ちゃんと見ていればさっきのようにダメージを与えられたはずだ。
だが、俺はそれをしなかった。真正面から受け止めてそのまま攻撃に移した方が手っ取り早いと無意識に思っていた。
俺は俺の力を過信しすぎていた。
超えもできないハードルを跳ぼうとすることは挑戦なんかじゃない。只の間抜けだ。自分のことを知らない。どこまでできるのか、どこまでやれるのか、弱い自分を見ようとしない。覚醒?現実はそんなに甘くない。期待するだけ無駄。
だからだろうか、さっきのように上手くいくんじゃないか。
もしかしたら、血を流さすに済むんじゃないか。
──笑えない。
寧ろ、嗤える。
どこまでお前は自分に甘いんだ?
ずっと逃げてきた。
弱い自分を認めなくなかった。
言い訳をつけて、勝てないからって、まだその時じゃないって何度も何度も何度も何度も理由なんかないのに言い訳だけを必死に探して生きてきた。
周りのことなんて見向きもしない。
チャンスはいくらでもあったのに掴もうとすらしなかった。心を閉ざして、誰にも頼らずに自分一人でできると、意地をはってきた。
何も知らない。
知ろうとしない。
華城さんのときもそうだ。
俺は華城さんのことを何も知らない。
面と向かって話そうとすらしなかった。
勝手に殻に閉じ籠ってこれ以上は踏み込むな。とどこかで定めていた。
眠たい。
瞼が重い。
俺はこのまま死ぬのだろうか。
素直に諦めた方が楽なのではないか。
勝手な希望なんか捨ててしまえばいい。
楽になれ。
そんな声が聞こえた。
たとえ、自分が死んでも悲しむ者はいない。
愛する人もいない。愛する場所もない。俺一人が世界から消えたところで何も変わらない。
俺は物語の主人公じゃない。
守りたい人も、助けたい人も、大切な約束した人もいない。復讐なんてことだけを考えている男子高校生Aだ。
俺は何をしたいんだ?
何になりたいんだ?
何を目指しているんだ?
復讐したい。
このダンジョンの頂点になりたい。
確かにそうだ。
そうしたい。そうなりたい。
アイツらを地獄と底まで叩き落としたいほど憎んでいる。
だが、本当の理由はそうじゃない。
自分でも隠してきた本当の真意は別にある。
俺は、俺は──
誰かに認めてもらいたかったんだ。
一生目立つことなく日陰として生きていくのかと思っていた。自分はそうやって生きていくんだと言い聞かせてきた。
別に有名人になりたいわけじゃない。
ただ、誰か一人でも俺のことを知ってほしかった。俺のことを認めてほしかった。理解してほしかった。
こんなところで終わるのかよ。
何一つ成し遂げられないまま、俺の人生は幕を閉じるのか。
今にも瞼が俺の目に覆い被さりそうだ。
視界が暗い。
意識も飛びかけている。
思考が回らない。
寝ちゃいけないとわかっていても身体が言うことを聞かない。
最後まで俺はモブだったな。
諦めかけてゆっくりと瞼を閉じようとしたとき・・・
「矢崎くん!!」
華城さんが倒れている俺の目の前に立ち、俺を守るように手を広げている。
なんでここに華城さんが?
重たい意識をフル稼働させる。
「助けに来ました!」
そう言った華城さんの足は震えており、恐怖を隠しきれていない。
「な・・んで?」
「仲間だからに決まっているでしょう!」
俺は華城さんを逃がそうとした。ここに来ても足手まといだからだ。わざわざ死地に向かっているようなものだ。それなのに来た。どうして?どうやって?・・・仲間?俺と華城さんは仲間なのか?
「なんで一人で行っちゃうんですか!なぜ一人で戦おうとしたんですか!足手まといだとしても私を連れて行ってくれなかったんですか!・・・私は矢崎くんを見捨てたりはできません!・・・だから、一人で行かないでください!仲間・・・なんですから」
華城さんは目に涙を溜め、オーガの方ではなく、僕の目をしっかりと見据えている。
・・・仲間?俺達は仲間なのか。
ずっと一人だった。
友達なんて要らないと思っていた。
──思おうとしていた。
本当は不安も孤独も募り募っていた。
俺だって人間だ。感情はある。
一人だと寂しいし、友達といると楽しい。
だがそれは叶わない。仕方ない。俺はずっと日陰として生きるのだから。
でも、でも手の届きそうな光なら掴んでもいいんじゃないか。俺を認めてくれる人がいるなら・・・仲間と言ってくれる人がいるのなら、俺は希望を持ちたい。
俺はゆっくりと身体を起こす。
重いし、痛いし、怖い。意識も飛びそうだ。
それでも、やらなきゃいけない。ここで変わらないとすべてが水の泡になる。
「下がってて」
「わ、私も戦います」
華城さんはそう言ったが今も震えは止まっていない。
「大丈夫。華城さんは見てて。絶対勝つから」
この戦いは華城さんにはハードすぎる。お互いの能力も知らないでコンビネーションが取れるとは思わない。
この戦いが終わったらもっと華城さんのことを聞こう。
「・・・わかりました。絶対、勝ってくださいね」
「ああ。約束だ」
俺がそう言うと華城さんはここに来たであろう通路に向かう。そこには華城さん以外にもう一人の人影が見えた。
華城美奈。
なんで彼女がここに?
いや、そんなこと今はどうでもいい。
俺は大きく、深呼吸をして気持ちを入れ替えた。そして、オーガを睨む。俺はもう弱音は吐かない。
オーガは俺の方を見ていなかった。華城美奈の方を鬼のような形相で睨んでいた。
お前の相手は俺だろうが。
無視するんじゃねえ。
俺はオーガに向かって全力の『爆発魔法』を放つ。
ボンッ
という音と共にオーガの顔面に『爆発魔法』が直撃した。遠距離からの攻撃だったのでダメージは思ったより当てられてはないが思惑通りオーガは俺の方を火傷した顔で向き直した。
さあ、第二ラウンドと行こうじゃないか。
廃棄者が汚れきった世界を救うまで 輪陽宙 @wayouchuuuuu0129
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