第7話 再会
俺達は宛もなくパラダス大迷宮の中を歩いていた。道中、黒妖犬はもちろん、ゴブリン、コボルトなどまさに雑魚キャラの看板を背負ったモンスターたちが俺達に襲いかかってきた。単体だと黒妖犬よりも弱いが、どちらも多数の群れで行動しているので手間がかかった。
だが、LVの方は着々と上がっており、短時間で既にLV21に上がった。魔法系スキルのレベルを上げたいので魔法をなるべく使って倒す。そのため、今ではだいたいの魔法系スキルはLV2か3ほどに上がっている。
順調にレベル上げを進められて調子がいいのだが、一つ気掛かりなことが俺の頭から離れなかった。
オーガの雄叫びの直後に聞こえた、
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛」
と言う断末魔のようなオーガの叫び声。
あの叫び声が聞こえてからどうにも迷宮内の様子がおかしい。なぜ?と言われたら説明はできないが不穏な空気が漂っているのが身にしみてわかる。これもスキルのおかげなのか、それとも只の杞憂なのか・・・
って、んなわけないよな。
俺は杞憂だと思いたかっただけ。
この感情、この感覚、忘れるはずがない。あのときアレを目にして感じたものと全く同じ。ぎしぎしと全身に伝わってくる恐怖。手が無意識のうちに震え始める。
俺は『光魔法』を消した。
「い、いきなりどうしたんですか?」
俺が突然、『光魔法』を消したことにより華城さんは少し困惑していた。どうやら、華城さんはまだ気づいていないらしい。だかそれでいい。そっちのほうが好都合だ。
俺は華城さんの問いに答えない。
俺は『隠密』を発動させ、気配を薄くさせる。完全には消えてはないが華城さんならこれで充分、事足りるだろう。
「や、矢崎くん!?」
俺は少しずつ華城さんから離れていく。後ろから華城さんの動揺した声が響くが、聞こえないふりをする。
正直、華城さんは足手まといだ。華城さんを意識して戦うとなると、負担も大きい・・・まあ、死なれても困るしな。
華城さんの声が聞こえなくなる。
これで、準備は万端だ。
暗闇の中を歩く。血の匂いが濃ゆくなり、獣臭が俺の周りを漂い、気分が悪くなる。怖い、逃げたい、痛いのは嫌いだ。ついさっきまでは普通に学校生活を送っていたのに。
そんな気持ちが頭の中を彷徨っている。
難しいことを考えなくてはいい。
ただ、勝って生きて復讐することだけ考えるだけで充分だ。
復讐は今の俺にとってアイデンティティだ。今はそのことだけを考えればいい。復讐なんて只の自己満足にすぎない。復讐をしたって誰も幸せにならない。何かが変わるわけではない。それでも俺は──
ドスンッドスンッドスンッ
俺の身体に緊張が走る。
一度しか聞いたことがないのに嫌でも耳に残っている威圧感のある足音。
『気配探知』が警報を鳴らす。
しかし、もう遅い。覚悟は決めた。
「グオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」
獲物を睨むだけで気絶させれそうなほど黄色く鋭い目。3メートルを超えるほどの巨体。突き出された鮫歯には赤い血がこびりついている。
「よお、さっきぶりだな」
意外にも再会は早かった。
望んじゃいないけど。
『オーガ LV46
HP 3240/3240
MP 245/245
総合力2252 』
そうだよな。わかりきっていたことだけどやっぱり強い。今の俺のステータスとは比べ物にならないくらいに・・・けど、勝てなくはない。
確かに前の俺だと勝てる可能性はゼロだった。なんせ、動くことすらままならなかったのだから。だけど、今は違う。冷静とは言い難いがちゃんと思考は働いているし、真正面から向き合えている。
勝てる可能性は低くとも、勝てる見込みがあるのなら戦うしかない。
俺はダガーを構え、戦闘態勢をとる。オーガとの距離は約20M。いつ、攻撃が来てもおかしくない。さっきの俺はオーガの動きを目で捉えることすらできなかった。いつのまにか、クラスメイトが二人も殺されていた。油断は禁物。油断した時点で俺は終わる。
「グア゛!」
オーガが俺に向かって急接近してくる。
速い!
だが、計算内。こうなることは想定済みだ。
俺はオーガの繰り出された右拳をさっと躱しながらオーガの二の腕にダガーで切り傷をつけることに成功した。
よし!ちゃんと目で追えば、避けられる。躱せない速さじゃない。
傷はたいしてダメージにならないほど浅いが確かに傷をつけることはできた。
オーガはこうなることが予想外だったのか、黄色い目を丸くしているように見えた。が直ぐに鋭い殺気を放っている目で俺を睨む。
これでようやく俺を敵と認めた。
ここからが本当の命懸けの戦いだ。
決着はどちらかが死ぬまで、再戦はない。
「・・・やるか」
もう一度、気合を入れ直す。
態勢を低くして、いつでも素早く動けるように。オーガが熊なら俺はハイエナだ。賢く、計画を練り、時間を掛けてでもいい。確実に殺す。そして、死骸に有りつく。無駄な動きは一切しない。
俺は負けじとオーガを睨む。
「グオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛」
迷宮内に死闘の開始を告げるゴングが盛大に響き渡った。
◆◇◆
「矢崎くん!ど、どこにいるんですか!」
私は暗くなった迷宮の中を一人で彷徨っていた。無意識のうちに足は恐怖で震えている。寒気も感じる。
怖い。
あのときのトラウマが頭の中でフラッシュバックする。
私は矢崎くんに見捨てられたのかな。
足手まとい、要らないモノだからまた、捨てられたのかな。もっと、矢崎くんの力になれれば捨てられなかったのかな。
暗い、何も見えない。もしかしたらすぐ側にモンスターがいるのかもしれない。そしたら私は絶対に死ぬ。勝てるはずがない。私に与えられた魔法なんか只の時間稼ぎにしかならない。
私は恐怖で足が竦み、立ち止まる。
もう、足は動かない。
その場で蹲り、人生の終了を確信する。
涙が出る。今までずっと堪えてきた。何度も何度も泣きそうになった。それでも強く生きようとした・・・でも、もうそんな見栄っ張りは必要ない。
私は諦めたのだ。この世界で生きることを。
「・・・お姉ちゃん」
最後にひと目でもいいから見たかった。
憧れの、かっこいい姉。
姉はがっこうではなぜか私を避けているけどみんなに自慢したいほど大好きな姉。
「ギギァァ」
すぐ近くでゴブリンの声が聞こえた。
矢崎くんの戦いを見ていると弱く感じるけど、実際には私なんかが勝てる相手じゃない。
私はゆっくりと目を閉じて、死を覚悟する。
何秒?何分?どのくらいの時間が経ったのだろうか。
私は静かに目を開けた。
ゴブリンの声は聞こえない。
なぜ?どうして?
暗闇の中なのに私の中で安心感が湧き出てきた。自然と心が和らぐ。あまり、時間は経っていないのに懐かしく感じるお姉ちゃんの匂い。
ん?お姉ちゃんの匂い?
なぜ、そんな匂いがするのだろうか。
ここにはお姉ちゃんはいない。そのはずだった。期待なんか持つだけ無駄。そう思っていた。だけど、私はそう思わずにはいられなかった。
「お姉ちゃん?」
俯いていた顔をあげるとそこにはいつも頼りになる最高の姉。華城美奈が悠々と立っていた。暗闇でもわかる。大好きなお姉ちゃん。
「奈美、助けにきたよ」
久しぶりに聞いた姉の声はとても柔らかく、私の意識を失わせるには充分すぎるくらいだった。
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