S4 仮面王女

声が聞こえた方を振り返ると華城さんがアイリスさんをじっと見据えていた。


「ナミ・・・様ですか?えっとー、どちら様でしょうか?」


「華城奈美、私の妹」


「妹さんでしたか。さっきも言ったとおり二つのグループに別れておりますので、そちらの方にいると思いますよ」


アイリスさんも華城さんの方をじっと見据えながらそう、説明した。


「ホントに?」


それで納得するかと思っていたが、華城さんは何を思ったのかそう尋ねた。


確かにアイリスさんからは二つのグループに別れていると言われたが証明のしようがどこにもない。実際に別グループをこの目で見ないとわからないのだが・・・僕はアイリスさんに他のグループの人達も含めて絶対に誰も死なせないと言ってアイリスさんは了承したはずなので危険な目には晒されていないだろうと思っているのだが。


「どうしてそう思うのですか?」


アイリスさんは華城さんを見据えたままそう言った。心なしかさっき老騎士に向けていたような雰囲気と同じように感じた。


「この城の中から奈美たちの気配が感じ取れない」


「「!?」」


華城さんの驚き発言にクラスメイトたちは一気にざわつき始めた。無論、僕も混乱している。


ここにいない・・・?どういうことだ?

そもそも、なぜ華城さんはそれがわかるんだ?


「どういうことですか?アイリスさん」


いろんなことが頭の中に入り、パンクしそうになったがなんとか整理して、無言で立ち尽くしているアイリスさんに向かってそう言った。


「・・・」


しかし、アイリスさんは僕の声に気づいていないのか、華城さんをじーっと見つめている。さっきまでの穏やかな雰囲気とは打って変わって険しい表情をしていた。


「アイリスさん?」


反応がないアイリスさんを疑問に思ってさっきより少し大きめな声を出した。


「・・・すみません。少し考え事をしていまして。そうですね・・・華城さんの言ったとおり別の勇者様方はこの城の中にはいません」


クラスメイトたちがまたも、騒ぎ始める。


「ど、どういうことですか?みんな無事って言ってたじゃないですか!」


真凛が慌てた様子でそう言った。


「はい。勇者様方は全員無事ですよ」


「え?それじゃあ・・・」


「別の勇者様方はこことは別の場所に滞在しております。ミラーゼ王国はこの世界の国の中で一番広く、現在、私達のいる中央城から東西南北にそれぞれ城があるのです。別の勇者様方はここから東に行ったところに滞在しております」


アイリスは嘘偽りのなく、丁重に話した。実際にアイリスは嘘はついていない。東西南北にそれぞれ城はあるし、中央城からずっと東にパラダス大迷宮もある。ただ、無事かどうかはアイリス自身は知らない。


「そっか。なら良かった」


アイリスの言葉に真凛は素直に納得したようだった。


「それでは次に城内のことについて説明しようと思いま──」


「まだ、私の話終わってない」


アイリスは伝えたいことをだいたい終えて、次の行動に移るために部屋から出ようとしたが美奈がそれを遮った。


「何でしょうか?華城様」


アイリスは後ろを振り返る。


「私を奈美の元まで連れてって」


「駄目です」


「なんで?」


部屋の中が一気に冷え切った。二人を見ると、アイリスの目はにこやかに微笑んでいるが口元は笑っていなく、相手を威圧させるような空気をだしており、美奈の方は無表情でアイリスのことをじっと見つめこちらも無言の威圧感を出している。

まさに虎と虎が睨み合っている様子だった。


「勇者様方同士で均衡を保たなければならないからです。一人でも変わってしまうと、バランスが崩れ、命の危険に晒されることもあります。ですので、移動という形を取ることはできません」


少し経ち、アイリスはゆっくりとそう告げた。


「嫌だ。奈美のところに行かせて」


ビチッ!


部屋の中にいるクラスメイトから兵士達まで全員に静電気が走った。誰も二人の会話の中に入れない。入ったらいけないと思わせられていた。


中には気分を悪くして座り込むクラスメイトもいた。それ以外にも顔を真っ青にして今にも倒れ込みそうな人達がでてきている。


「仕方ありませんね・・・篠原様、少し手荒くしてもよろしいでしょうか?」


「あ、ああ」


ギリギリ冷静を保てている僕に向かってアイリスさんは僕の方を見ずに、華城さんを見つめたままそう言った。


「爺、ロッド、セレナ、ユリカ!」


「「「「は!」」」」


兵士たちのなかからさっき見た、老騎士とそれ以外に三人の若い男女が素早く飛び出してきて、アイリスの隣についた。


「怪我がない程度で」


「承知しました」


赤髪の男性が答える。


雷魔法パラライズ!」


アイリスが美奈に向かって麻痺魔法を放つ。美奈は避けようとするがいつの間にか背後から二人の女性に両手、両足をがっちりと掴まれていた。


ビリリッ


《パラライズ》が美奈に直撃して、身動きが取れなくなる。そこに、赤髪の男性が美奈の両手を掴み、バランスの取れなくなった美奈は地面に崩れ落ちた。


「は・・・な・・・して」


麻痺魔法が効いて、身体全体が麻痺しているため喋ることすらままならない。


「すみません。言うことを聞いてもらうにはこれしか方法がありませんでしたので」


「ぐっ!」


美奈は必死に抵抗しようとするが洗練された兵士三人に取り押さえられている状態だと身動きは取れない。

美奈は抵抗できず、悔しそうな目でアイリスをキッと睨みつけている。


「今日はずっと、その状態で話を聞いてもらいます。いくら勇者様といえども自分勝手な行動は見過ごせません」


アイリスはそう言い切ってようやく美奈から目を離して僕たちの方へと視線を戻した。


「それでは、気を取り直して城内のことについて説明しようと思います」


それからアイリスはこの城の中のことを詳しく説明していった。しかし、和樹たちはさっきの動きを見て圧倒されてしまい、話の半分くらいは耳に入ってこなかった。


「──これで、だいたいの説明は終わりました。勇者様方も突然のことに混乱しているかもしれないので今日はしっかりと休息を取ってもらうために勇者様方のお部屋をご用意させていただきました。今からそちらに案内しますのでついてきてください」


アイリスさんに連れられて、僕たちは城内を歩く。通り過ぎる人達は高貴な服を身に纏っている貴族か屈強な肉体をした兵士達しかいない。正直、場違いなんじゃないかと思う。


少しすると、高級ホテルの最上階のような場所につく。


「ここが勇者様方のお部屋になります。一人一部屋あるので自由に使ってください」


マ、マジかよ・・・


廊下にはいかにもお高そうな絵画や骨董品が多数置いてあり、より場違い感が否めない。


「ほ、本当にここでいいんですか?」


「申し訳ございません。もうワンランク上のお部屋をご希望でしたでしょうか」


アイリスさんは申し訳なさそうに頭を下げる。


「い、いえ。ここで結構です。ここで充分すぎるほどです!」


これ以上、上がったら絶対に安らげない。いや、今でも萎縮するほど凄い豪華なんだけど。


「良かったです。それでは明日の朝、お迎えに参りますのでそれまでゆっくりしていて構いません。では、また」


アイリスはそう言って和樹たちの前から去っていった。


「凄・・・」

「ヤバイまじヤバイ」


クラスメイトの中からそんな声が次々と聞こえてくる。


「みんな、聞いてくれ。今日はいろんなことがあって精神的に疲れていると思うんだ。だから、具体的なことは明日にして今日はしっかりと休養をとって少しでも頭を整理しよう」


ざわざわとした中で僕はみんなに聞こえる声で話す。すると、クラスメイトたちは「確かにそうだな」とか「疲れたー俺もう寝るわーおやすみー」と言ってそれぞれが自分の部屋に入っていった。


これでいい。僕が中心であり、みんなが少しでも楽できるようになれば。これから過酷なことが続いていくだろう。今は始めだからモチベーションが高いけれどいつまで続くかわからない。


今日、疲れを取らないと明日で壊れてしまう人がでてくるかもしれない。だから今日はゆっくりと休もう。


みんながそれぞれの部屋に入った後、残された部屋に僕は静かに入っていった。


◆◇◆


コンコンコン


扉を叩くノックの音が聞こえる。


私は今、どうしたらこの城から脱出できるか模索していた。


兵士を殺すか。

王を殺すか。

アイリスを殺すか。


どれも得策ではない。脱出できたとしても指名手配として何も知らない世界で追われる日々を過ごすことになるだろう。


そんなときに突然、ノックの音が聞こえた。

近くにいる気配は直ぐに察知できるのになぜ?と思ったが次に聞こえた声で納得する。


「アイリスです。夜分遅くにすみません。少し、話したいことがありまして」


・・・あいつか。


気に食わないと思いながらもまたあのビリビリを喰らうのは嫌だったので渋々、扉を開けた。


「何?」


「少し、部屋の中でお話してもよろしいですか?」


「・・・ん」


断る理由も無かったので部屋に入れる。すると、アイリスは「失礼します」と一礼して部屋の中に入ってきた。


「で、何か用?」


「そんなに警戒しないでください。ただ、少しお話がしたいなと思っただけです」


「それが怪しい」


「そんなことないですよ。私も妹がいるので華城さんの気持ちがちょっとわかるなと思いまして」


それを聞いた美奈は「ホントに?」と少し妹の話に興味を持ったように食い気味になる。


「はい。それは、それはとても可愛い妹がいます」


「絶対、奈美の方が可愛い」


「いえいえ私の妹の方が──」


それから二人は自分の妹の魅力延々と話し続け、気付けば一時間が経っていた。


「美奈、一つ聞いてもよろしいですか?」


「どうしたのアイリス?」


妹話の最中、アイリスは突然、真剣な面持ちになった。不思議に思った美奈は自分も少し、真剣に話を聞こうとした。この一時間の中でアイリスと美奈は名前で呼ぶ関係になるほど仲良くなった。周りから見れば友達と言っても違和感のないほどに。


「もし、美奈が妹さんのところに行けるとしたら──」


「行く!絶対行く!」


アイリスの話が終わる前に美奈は勢いよくそう言った。


「しー。もう真夜中ですよ」


「あ、ごめん。でもいきなりどうしたの?」


「ここだけの秘密です。実は直ぐに妹さんのところに行ける方法があるんです」


「え!?ホントに?」


「ええ。ホントです。しかし、バレてしまうといけないのでこれは私と美奈との秘密です」


「わかった」


「行きたいですか?」


「うん。行きたい」


「わかりました。それでは準備を始めます」


アイリスはそう言って部屋の床に魔法陣を描いていく。手付きは慣れていて、少しずつ美しい魔法陣が完成に近づいていく。


10分ほどで部屋の床一面に描れた魔法陣が完成した。


「ありがとう。アイリス」


「いえいえ、美奈の妹さんへの思いが伝わりました。これは転移魔法の魔法陣です。妹さんの近くに転移されるでしょう。それでは魔法陣の中央に立ってください」


美奈はアイリスに言われた通り、魔法陣の中央に立つ。すると、美奈の身体が徐々に淡い光に包まれていく。


「それじゃあ行ってくる」


「はい。また会えるのを楽しみにしてます」


そして、美奈は光とともに部屋から消えていった。部屋にはアイリス一人が


「・・・うふふふふふ。あははは、やった!できた!邪魔者を一人排除できた!」


一人になったアイリスは嬉しさを堪えられずについ、大声を出してしまった。無理もない、すべて自分の思い通りに事が進んだからだ。一か八かの賭けだった。美奈が予想以上に勘がよかったら気づかれてしまっていただろう。でも、美奈がマヌケなおかげですべてが上手く行ってしまった。


「うふふ、私の邪魔をするゴミはすべて処分すればいいのよ」


今日、アイリスには予想外の事態が起こってしまった。峰には効いた威圧が美奈には全く効かなかったことだ。確かに魔法も使っていない只の威圧だったが、それでも召喚されたばかりの勇者に自分の威圧を肌で感じて、正気でいられるはずがないと思っていた。


しかも、美奈はすでに気配を探知できる程にステータスが上がっていた。アイリスでも、城の中すべての人間の気配を探知するのは不可能だ。それを召喚したばかりの勇者が難なくこなしたのだ。


アイリスが見る限り、美奈は危険人物となった。もしもを知って寝返ってしまったときにLVの上った美奈を対処できるのかどうか・・・


それなら、まだ未熟な頃に排除すればいいと思ったのだ。


飼えない竜を躾けようと頑張るより、多数の虎を飼いならすほうが断然いい。


勿論、類まれない美奈の存在を消すのは少々勿体無いと思ったが・・・してしまったものはしょうがない。元々、私に逆らったあいつは嫌いだ。


私は常に上の存在でならなければならない。勇者たちは自分たちの方が上の立場にいると思っているだろうが、とんだお門違いだ。自分たちが上だと思わせといて、実際は私の言うとおりに動いているだけ。ただの操り人形なのだ。


「すべて、私の思い通りに進めばいい。そのために思う存分、勇者様方マリオネット共に働いてもらおうか」


不適な笑みを浮かべながらアイリスは静かに誰もいない部屋から出ていった。


◆◇◆


「暗い」


気付いたら真っ暗な場所に飛ばされていた。アイリスが作ってくれた魔法陣に入ったら気味の悪い、何も見えない場所に出てきた。


でも、わかる。

奈美の気配がする。

他にも何人かいるけど気にしない。


「グオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」


目の前から耳障りな雄叫びが聞こえた。姿は見えないけど私に向かってだだ漏れの殺気を飛ばしている。


あ、こっちに来た。


何かがこっちに向かって走ってくる。

私のことを殺そうと首に向かって拳で殴りつけようとしたので片手で止めて、思いっきり殴ったらどこかに飛んでいった。


「ギァ゛」


何かが壁に打ち付けられて変な声を出した。

すると、何かが、


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛」


とさっきの数倍の声量で奇声を挙げたかと思ったらもう一度私に向かって突進してきた。

殺気がぶんぶん飛んでいる。姿が見えなくてもそれじゃあ丸見えだ。


「邪魔」


今度は本気で殴りつけた。

すると、何かが「グチャ」という音とともに弾けた。血飛沫が私に降り注ぐ。何かが、何なのか知らないまま死んでしまったけど雑魚だったからどうでもいい。


待ってて、奈美。直ぐにお姉ちゃんが向かいに行くから。


美奈は妹の気配のする方へと歩き始めた。

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