nude.episode.Ⅲ【下】



 俺達のいる場所はどうやら森のかなり低い位置みたいだ。トウカは小さい頃この穴を見つけてたんだろう。成長して胸が引っかかるまではたまに滑ってたのかも知れないな。


 目の前には川がある。とりあえず知ってる場所まで戻るのが先決だ。


「ヨナ、歩けそうか?」

「うん……痛ぅ……!」


 ヨナは身体中擦りむいていて特に酷い膝を手で押さえた。仕方ない。

 俺はヨナを抱き上げると、道無き道をとにかく上の方へ進む。森での暮らしに慣れているとはいえ、この坂道はキツいな。


 ……


 かなり歩いた。夜も明け太陽が昇り始めている。こうしている間にもトウカは……

 全裸族の事だ。恐らくすぐに殺したりはしない。街に連れて帰って晒し者にするのが先だろう。


 暫く歩くと俺達の家、森の洞窟に到着した。


「……タマ……」


 俺は彼に大きな葉をかけてやる。

 ごめんな……ありがとうな。


 ヨナは目と閉じ震える。そんな彼女の背中を叩きながら、俺は洞窟の奥へ歩く。

 小さい穴の前にボロボロになったロングコートが落ちていた。俺はそれを拾った。


「街へ急ごう……」

「……うんっ……! お姉ちゃんを助けよう!」


 俺達は森を駆け抜けた。すれ違う魔物を物ともせず一直線に荒野へ飛び出し全速力で走った。

 風呂場の花壇が荒らされている。もはやここまで来たら神様でも何でもない! あの幼女、ゲンコツして更に小さくしてやるってんだ!


「うおおぉぉぉっ荒野ぁぁ行動ぉぉぉっ!」

「こーどー!」


 ヨナを肩車し全速力で荒野行動を起こす俺の姿はさぞかし滑稽だろう。だが、今はなりふり構ってられないんだよ。トウカは今……全裸で苦痛に耐えているんだ、止まってられるかぁっ!



「お兄ちゃんっ! 街が!」

「帰って来たぜぇっ、コンチクショー!」


 街の入り口には数人の全裸が徘徊している。

 このまま正面突破すると仲間を呼ばれるのがオチか。なら、答えは一つ!


 俺は走りながらシャツを脱ぎ捨てる!

 それを見たヨナはピョンと飛び降り自らの脚で荒野行動する。

 そのまま俺はベルトを緩め、それを荒野に投げ捨てる! チャックを下ろし、器用に走りながらズボンを脱ぎ、両手でパンツを引きちぎる!


 ……全裸だ!


 この姿なら文句ねぇだろーが!


 するとヨナも俺のジャケットからスポンと抜け出しありのままの姿に。


「ヨナ!? 何もお前まで全裸にならなくても!」

「夜奈だって、やる時はやるんだから!」


 俺とヨナは文字通り風を全身に受けながら街へ潜入した。全裸になった事で奴等が襲って来ない。

 賭けではあったがこの作戦はビンゴだったらしい。しかしそこまで全裸族は馬鹿ではなかった。


「おい、あれは指名手配中の男と記憶の少女だぞ! 我等精鋭の目を誤魔化せると思ったか! 追え、捕まえてあの女と一緒に吊るし上げろ!」


 精鋭全裸!? くそ、ここに来てバレたか。

 あの女ってのはトウカの事だろう。何処かに晒されているのか? 考えろ、公開処刑とかそういったものは……広場。

 そうだ、人の集まれるひらけた場所を探す!


「いたぞ! 俺は右から!」

「僕は左からっ!」


 げっ、兄弟っ!? コイツら精鋭だったのか!


「お兄ちゃんっ! ここを突っ切れば広場があるの! お城の前の広場っ!」

「くっ……まさかそこにトウカが? だが……兄弟の両サイド攻撃が……」

「ここは任せて! お兄ちゃんはお姉ちゃんを助けに行って! 早くっ!」

「置いて行ける訳ねぇだろ!?」

「いいから行って! お姉ちゃんを助けられるのはお兄ちゃんだけだよ! 夜奈はだいじょうぶ、だから……行って! おんっどりゃぁぁっ!」



 ヨナは兄弟の片割れに強烈なドロップキックを決めた。片方を失った兄弟は烈火の如く怒り狂いヨナを追って行く。ヨナは迫る全裸を器用にかわしながら住宅街へ走り去ってしまった。


 ヨナ、絶対捕まるなよ!


「ヨナがくれたチャンス! 逃す手はない!」




 俺は全裸で、全っ速力で走る。

 そして群らがる全裸を蹴散らしながら城の前に位置する広場へ。


「トウカ!」

「……あ……レイ……レイ……!」


 トウカは丸太に張り付けられ身動きの取れない状態で俺の名を呼んだ。

 許さん、トウカを辱めたお前ら全員……!


 全裸族が俺を捕らえようとした時、一人の大男、いや大全裸が俺の前に立ちはだかる。大全裸は全裸族を制し、俺を見据えて言った。


「貴様が逆賊のリーダーか。ならば、我に挑み打ち負かせてみよ。……それが出来れば、この女を解放してやっても良いぞ?」

「アンタ……何者だ!?」

「オールヌードカントリーの王、裸王らおうだ。羞恥を顧みずここまで来た貴様に免じて、決闘を申し込む」


 デカい……名前も強そうだ……しかし。

 俺が振り返ると捕まったヨナを拘束する兄弟が見えた。捕まったか……


「貴様が勝てば貴様の望みを叶えてやる。しかし、貴様が我に負けた時は……貴様等全員、街のオブジェと化すと知れぃ!」


 オブジェになってたまるか! 俺はこの一年、過酷な森での生活をしてきたんだ。力も当時よりは数段上がっている。イノシシだって素手で倒せる。


 ただデカいだけの全裸に……


「やられる訳には行かない。その勝負、受けて立つ! 裸王、天に還る時が来たのだ!」

「ふっはっはぁ! 言ってくれるわ! 何処からでもかかって来い!」


 なら、遠慮なく……いくぜっ!

 俺は裸王の腹に渾身のパンチをお見舞いした。裸王は口から血反吐を吐く。しかし奴は体勢を整えると俺の顔面を巨大な拳で打ち抜いた。


 脳が揺れたのが分かる。目が回って空も回転する。やがて地面が視界の半分を埋めた。

 どうやら吹き飛ばされて地面に倒れたみたいだ。


 頭が朦朧とする……

 裸王が、近付いてくる。そして拳を振り上げているのが見えた。

 トドメを刺すつもり、か?



「レイ! 避けてぇぇっ!」



「……トウ……カ……? トウ……」



 トウカ……トウカ……トウカ……


 俺は……俺はお前が……トウカが……



「俺はっ……トウカが好きだぁぁぁっ! ゔおおおお! 裸王っ、邪魔すんじゃねぇっ!」


 間一髪、裸王の一撃をかわした俺はその腕に飛び乗り奴の顔面に膝蹴りを打ち込む。そしてそのまま地面に向かって殴り伏せ、馬乗りになって無我夢中で拳を振るった。


 やがて裸王の声も小さくなり、抵抗もなくなった。



「……俺の……勝ちだ」


「……認めよう……我の負けだ。……貴様の望みは……何だ……?」

「王宮の至宝に、一度でいいから触れてみたい。それで何も起きなければそれでいい。その時は俺達の生活を邪魔しないとだけ約束してくれ」

「……ふ……約束だ。漢と漢、裸の約束だからな……好きにするがいい」


 そういや俺達、全裸だっけ。



 裸王は気を失ってしまった。ちょっと寝顔が可愛いがそれはこの際どうでもいい。

 俺はすぐにトウカを解放した。兄弟の拘束から抜け出して来たヨナも俺とトウカに飛び付いた。


 全裸族達は俺達を捕らえようとはしない。どうやら裸王はガチの王様だったようだ。

 倒してしまったが、大丈夫かな?


 俺は王宮の門に飾られている大きな旗を破りトウカとヨナに巻き付けてやる。バスタオルみたいだが、何も無いよりは全然マシだ。


 俺は残った切れ端で下半身だけを隠した。


「レイ……助けてくれて……ありがとう」

「……もうあんな事……二度とすんなよな?」

「うん、ごめん」

「さて、王宮にも入れてくれるみたいだし、至宝とやらに触れてみるか」



 ……


 城の中には全裸の像がズラリと並んでいる。いくつかの階層を上がっていくと最上階に大きな扉があった。俺はそれに手を当て、グッと押してみる。


 大層な音を立てて扉は開き、中に至宝らしきモノが見える。それは神々しい光を放っていた。


「……うわ……これ……」ヨナは目を背け、

「なんでこの国はこうなの……?」


 トウカは頭を抱えた。


 至宝は、それはダイヤモンドのような鉱石で象られた男性器、所謂おち○ちんだった。

 流石にここまで来ると呆れて何も言う気になれないわ。これに触れろってことだよな。

 ……嫌だなぁ……


 俺はトウカを見る。トウカは目で合図する。

 お前がやれ、と。

 俺はヨナに笑いかけてみる。ヨナは横を向いた。


 ……やるしかないみたいだ。確かに女の子にはキツいよな、やけにデカいし。


「二人共、俺に掴まってろ」


 二人は俺の肩にしっかりと掴まり頷いた。

 よし、触るぞ……えっと、握ればいいのかな。



 手を伸ばす。片手では指が回らないな。ならばと両手を伸ばし包み込むようにソレを握った。


「……ゔわぁ……」


 見た目と反して柔らかめの感触に気分が悪くなる。

 しかも脈うってやがる。


 その脈が次第に大きくなり、


 爆音のドクン音の後、世界が暗転した。










 ………………



「う、うわぁっ!? 帰って来たぁ……!?」



 目の前で小さな女神が慌てているのが見えた。


「あ、お前!」

「君はっ!」

「チビ女神!」


「ひえぇぇっ!? 全裸行きにしたのに帰って来るなんて!? や、やっぱり記憶を消し忘れたのが失敗だったのかなぁ!?」


「おい、女神。俺達がここに来たのはお前に頼みがあるからだ」

「はぁ? 神に向かってなんだその口の聞き方は! 頼みなんて聞かないよ、今度は人もいないような最低最悪の世界に飛ばしてやるだけなんだから! アタシをチビ呼ばわりしてただで済むと思ったら大間違いなんだからね!」



『ほう、最低最悪の世界に、か。……女神No.444よ。お主まさか、私怨で転生する筈の魂を転生禁止世界に送り込んだ訳ではあるまいな?』


「はにゃぁっ!? 主神様ぁっ!?」

『はにゃぁっ、ではない! No.444、お主は何度言えばわかるのじゃ! こっちに来なさい! 悪い神にはお仕置きが必要じゃい!』


 主神とかいう神様的な人が女神を膝に乗せてお尻を叩いている。何だ、この光景は。

「きゃんっ!」

『この、馬鹿者がっ!』




 お尻をパンパンに腫らした女神は主神の膝の上で項垂れている。主神は俺達に視線を移すと、先程の剣幕からは想像出来ないような優しい顔になる。


『うちの若いのがご迷惑をおかけした事、心からお詫び申し上げる。死して安らかに眠る筈の魂が異世界に転生、もしくは転移されるのには色々と理由があるのじゃ。企業秘密じゃから詳しくは言えんが……まぁ何じゃ、世界の均衡を保つ為、とだけ言っておこうかの』


「は、はぁ……」


『さて、そんなお主達じゃが迷惑をかけてしまったお詫びと言っては何じゃが、望みを叶えてやろうと思うのじゃが』

「望み?」

『うむ、生き返る以外なら何でも良い。例えば、同じ異世界に転移したいのなら、この女神に転移させる事も可能じゃ』



 やった! これでまともな世界で……トウカとヨナと三人で暮らせるんだ!

 俺達は顔を見合わせて喜んだ。


『どうやら決まりのようじゃな? ほれ、No.444、転移の準備をせんか!』

「は、はひぃっ!」


 チビ女神No.444は慌てて準備とやらに取り掛かる。俺達の足元に魔法陣みたいなものが浮かび上がり激しく光を放ち始めた。


「どんな世界にするのよ?」


 No.444は膨れながら聞いてくる。


「どうする?」

「出来れば普通に街とか人がいて……」

「ちゃんと服があれば、それでいいかな」


「分かったわ。街があって、人がいて、服もあればいいのね? アンタ達は異世界人としてその世界に転移される訳だけど、その際、何らかのチートスキルを習得するわ」

「チートスキル?」

「そうよ、それはランダムだから決められる訳ではないわ。後は向こうで色々試してみなさいよ、ふんだ」


 あからさまに拗ねてるよな、この女神。

 何はともあれ、これで平和に暮らせる。



 元の世界には帰れないが、俺に未練はない。



 だって、俺にはもう、大事な家族がいるから。





 魔方陣が更に激しく光を放ったと同時に、俺達は別の異世界に転移する事となった。





 この後の事は、それこそ、


 ——————神のみぞ知る、といったところか。






《全裸の国》〜the all nude country〜




 完……?









「あんの……チビ女神……おぼえてろよぉっ!」







 神のみぞ、知る。

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《全裸の国》〜the all nude country〜 カピバラ @kappivara

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