nude.episode.Ⅱ【中】




「トウカ、きのこの仕込み終わったぞ?」

「うん、ありがとレイ。これで森にいた蟹の魔物の味噌をお湯に溶かして……どうかな?」

「いい匂いじゃないか!」

「この蟹みそ、少し舐めた時に思ったんだよ。お味噌汁が作れるんじゃないかって!」


 トウカの読みは大当たり。森に蟹がいる意味が分からないが、この際そんな事はどうでもいい。

 ソイツの蟹みそが俺達の住む世界でいう味噌汁に使えそうな味だったのだ。それを使って今夜は山菜とイノシシの豚汁を作ってみたという訳だ。

 鍋の代わりになるのは森に生えたお椀型の植物を使う。かなりデカいそれは叩くと金属音が鳴り焼いても燃えない。

 逆さにすれば鍋代わりに使えたって訳だ。


「こりゃ成功だな。まさかこの世界で豚汁にありつけるなんて思ってもなかったな」

「そうだな。残ってる具材は蒸し焼きにでもしよう。今夜はご馳走だね」


 トウカはとても嬉しそうに笑った。

 彼女、トウカは出会った頃に比べるとかなり笑うようになった。

 今はその笑顔がたまらなく愛おしい。


 二人で出来上がった豚汁と山菜の蒸し焼きに舌鼓をうちお腹もいっぱいになった。するとトウカがふいに俺の頬にキスをした。

 俺はお返しとばかりにトウカを押し倒した。彼女は抵抗しない。



 ——この後、めちゃくちゃ○○○○した。



 と、それは置いて、俺達二人……いや二人と一頭はそうやって日々を過ごしていった。

 いつしか二人の中から元の世界に帰るという概念は消えつつあった。



 そんなある日、



 ——俺は全裸の幼女と出会った。



 彼女は荒野の風呂の近くでうつ伏せに倒れていた。見たところ小学生低学年か高学年になりたてくらいの幼女だ。

 とりあえず着ていた紺のジャケットを羽織らせた俺は、彼女をおんぶする形でトウカの待つ森の洞窟へ帰った。


 意識はないが脈はある。

 言っておくが変な所は触ってないからな。


 それにしてもこの子……もしかしたら俺達と同じでこの世界に迷い込んだのかな?

 小さいのに、髪が金色だ……こちら側か、それとも……とにかく連れて帰ろう。


「……ゔぅ……」


 うなされてる……可哀想に。


「ゾウさ……ん……おっき……ゾ、ウ……ゔっ……はぁっ……はぁ……うぅ〜」


 可哀想過ぎるよ何があった!?

 いや大体想像はつくが……あの全裸ども!




 ……


 洞窟に着いた俺は入り口でスフィンクス座りをしているタマを横目に中へ。

 幼女を背負って帰った俺を見て、トウカは珍しく目を丸くした。


「……レイ、その子は?」

「荒野行動でゲームオーバーになったみたいだ」

「大変……とにかく横にしてあげよう。私は何かあたたかいもの作るよ」


 トウカはすっくと立ち上がり外へ。着火剤、もといタマを呼びに行った。

 俺は幼女を藁のベッドに寝かせて一息ついた。

 額からは汗が……よく逃げて来た。もう大丈夫だから安心しろよな。


 と、思考を巡らせていると、


「ん……あ、ここ……は……」

「おぉ、気がついたか!」

「きゃっ!?」


 幼女は横になったまま芋虫のように俺から距離をとって追い詰められた獣のように、ガルル……と、うなってみせた。その際、フワッと金色の髪が逆立ったように見える。

 俺は猫に近付くようにそっと、刺激しないようにゆっくりと幼女に近付く。


 幼女は立ち上がり逃げ場を探すようにキョロキョロと辺りを見回す。

 俺のジャケットを着た幼女の身体はすっぽり収まっていて、袖が長くてブラブラと揺れる。

 な、何とか落ち着いてもらえないだろうか。


「うぬぬぬ……こ、来ないでぇっ!」

「お、おいよく見ろ。俺はちゃんと服を着てる。ほら、インナーだけどシャツ着てるし、ズボンだって履いている。ゾウさんじゃないから安心しろ」

「……無理!」


 そう言った幼女は何を考えてか俺に向かって突進するとピョンと跳ねる。そして、


「おんどっりゃぁぁぁぁっ!」

「どぅぶぐふぁっ!?」


 俺の腹に幼女の両脚裏がめり込む。まさか幼女にドロップキックを喰らうとは思ってもなかった!

 極めて低い位置にドロップキックがクリーンヒットした事で視界がボヤけるほどのダメージを負った俺はその場にうずくまった。


 そこにトウカが帰って来た訳だが、何事かと瞳を瞬かせる。


「はっ、な、なかま……そんな……もうお終いだぁ……裸にされてエロいことするんだね……」


 エロいことて……

 それはそうと幼女は観念したように俯いた。

 そんな彼女の元に歩み寄り屈んだトウカは、幼女の目を見て優しい口調で言った。


「だいじょうぶ、お姉さんもお兄さんも悪い人じゃないよ。こわい人に追われて逃げて来たんだね。もうだいじょうぶ、よしよし」

「はぅ……ぬ、脱がさない?」

「勿論だよ。その服もあのお兄さんがくれたんだよ?」と、トウカはうずくまる俺に視線を送る。


 幼女はバツが悪そうな表情で頭をかいている。


「ご、ごめんなさいお兄さん」

「い、いいって事よ……ははは……」


 そこにタマがやって来て『ワン!』とか吠えるから幼女ちゃんは再び丸くなってしまった。


 幼女ちゃんは大きなジャケットに興味津々、前ポケットに手を突っ込んでみたり、胸ポケットを覗き込んだりと忙しない。


「そんなにポケットが珍しいのか?

 それなら内側にもいっぱいあるんだぞ?」


 俺の言葉にピクンと反応した幼女ちゃんは、パサッとジャケットをめくると内ポケットの数を、いち、にぃ、さん……と数え始めた。

 その表情は次第にパァっと明るくなる。


「凄いすごぉ〜い! 四つもある! こ、これだけあれば色んな物を持ち歩けるね。……う〜ん、何を入れようかなぁ、やっぱり秘密の地図は内側だよね、うんうん」


 全部使うのかな、ポケット……好きにしてくれたらいいんだが、子供らしくて微笑ましい限りだ。




 俺達はとりあえず幼女を落ち着かせ自分達の事を出来るだけ分かりやすく説明した。


 ……


「と、まぁそんな感じでここに来た時の記憶がすっぽり抜け落ちてるんだ。俺もそうだし、トウカもその辺りは思い出せないみたいでさ」


 俺の言葉に首を傾げる幼女ちゃん。


 彼女の名は朝木夜奈あさきよな、俺達はヨナと呼ぶ事にした。歳は八歳、三年生。


 小学生のくせに髪は金髪のふんわりショートヘアで肌は程よく焼けていて健康的。ツリ目がちな瞳はトウカとは対照的だが、子供らしくて可愛い。


 ——そんなヨナがとんでも発言をする。



「え、でも夜奈は全部憶えてるよ?」



「そうか、憶えて……る?」


 俺とトウカは思わず顔を見合わせた。

 なんとヨナは記憶を失っていないらしい!


「お、憶えてるって……つまり、ここに来る事になった理由も憶えてるの?」


 トウカは希望に満ちた表情を見せる。そう、記憶があるという事は元の世界に帰る方法も見出だせるかも知れないといった期待からくる表情だ。


「うん、鮮明に憶えてるよ。ホントにあの女神とかいう奴……今度会ったらドロップキックしてやるんだもん!」


「「……めがみ……!?」」


 俺とトウカは思わず復唱した。……めがみ……

 えっと、女神、だよな。

 俺はヨナに一つ、気になる事を問いかけた。


「もしかして、その女神って……真っ白な長い髪に金色の瞳のヨナくらいの女の子か?」

「うん、そうだよ?」


 あのボンヤリと憶えている幼女が女神。

 落ち着いて考えるんだ。女神、ここ最近で女神と言えばアレしかないよな……


「「まさか……異世界転移!?」」


 再び俺とトウカの声が揃った事にクスッと笑ったヨナは指を立てて小生意気に小さく振った。


「惜しい。正確には異世界転生だよ。」



 ————転生っ……だとぉっ!?



 つまりなんだ?

 俺達は現実世界では既に死んでます的なパターンか!?


「え……でもさ、それなら小さな赤ちゃんからやり直す事になるんじゃないの?」


 トウカも割と詳しいな。当時小学生だったのに異世界を知っているとは……

 ……最近の若い子は進んでるんだな。


「夜奈は工事中のマンホールに落ちて、頭からグシャァッて死んだんだよね。あ〜こわかった〜」


 ヨナはジャケットの袖をパタパタと羽ばたかせる。


 本当にこわかったのかな?


「お兄ちゃん達も多分死んでると思うよ。だって女神が言ってたもん。死んだ人間の中から選ばれた人を異世界に送るのが仕事だって」


 まさかの最近ライトノベルでよく見る異世界転生かよ。で、送られた世界がコレか!?


「あの時、女神を怒らせちゃったのがマズかったのかな……」

「怒らせた?」俺はすぐに聞き返した。

「うん、最初はちゃんとチートとかいうのと加護を受けてまともな異世界で生まれ変わるはずだったの。でもね、夜奈が女神にチビって言ったら人が変わったみたいに怒り出して……『全裸行きよ』って言って不思議な力で飛ばされちゃった」


 ……この話を聞いた瞬間、俺の頭に記憶が蘇ってくる。確かに女神に会った。

 手続きもして、そうだ、俺はエルフのいるファンタジー世界で生まれ変われる筈だったんだ。

 全ての手続きを終えて出発の為に立ち上がったんだが、……思い出した!


 その時、思ったより小さかった女神にチビって言ってしまった。


 ……以下、同文。


「……マジ……か」

「わ、私も思い出した……概ねレイと同じパターンだよ……ちなみに私は通り魔からお母さんを助けようとして刺されて死んだんだっけ。……お母さん、元気にしてるかな……」

「お、俺はトラックに轢かれた。王道だけど、酔って飛び出したのは俺だし……運転手の人に悪いことしたな……」


「「はぁ……」」



 要約すると俺もトウカも、そしてヨナも例外なく不運で死亡。その後女神に会うというアニメ展開に発展したはいいが、その女神の機嫌を損ねた事で嫌がらせ的にこの全裸の国へ飛ばされた。

 ……と、いう事になる。


 ……神様、器小さくねぇか?


「つまり俺達は元の世界には帰れないという事か。そうか……俺、死んでるのか」

「……レイ、これからどうする?」

「帰れないなら、ここで生きていくしかないよな。俺はそれでも構わないよ。何よりトウカもいるしな。全裸にだけ会わなければ何とかなるだろ?」


 トウカは顔を真っ赤にして頭をかいた。


「……もう……人前で恥ずかしいだろ。ヨナちゃん、君も私達と一緒に暮らす?」

「え、いいの?」

「当たり前だよ。女の子一人でこんな世界、生きていけないよ。だから一緒に住もう?」


 トウカは生き抜いてきたがな。


「うん、ありがとうお姉ちゃん!」



 こうして新たな仲間、というかもはや子供が出来た俺達は三人で暮らす事になった。

 おっと悪い、三人と一頭だ。



 ——そして更に半年が経過、


 全裸の国に再び凍えるような冬がやって来た。

 外は一面の冬景色、俺達は焚き火を囲んで何とか暖をとる。

 トウカのコートの中に収納されたヨナが顔だけだして震えている。


 俺はインナーとズボンだから死ぬ程寒いけど。

 しかし冬になるとタマの毛がボリュームアップするから助かる。

 タマの腹の辺りは生暖かくて最高だ。


「そろそろ寝る時間だね、ヨナちゃん」

「む、まだ起きてるもん」

「また明日雪遊びするから……」

「ふん、夜奈が寝たら二人でチュッチュするんでしょ?」


 ヨナは唇を尖らせてコートの中に潜ってしまった。


「あっちゃ〜、気を付けないとね」

「トウカの声が大きいから……」

「……レイ……後で覚えててよね……?」

「…………ごめんなさい」


 視線が突き刺さる。

 確かにヨナが来てからは人目気にせずとはいかないしな。トウカも可愛いとこあるな。


「へ、変な目で見ないで。ほら、ヨナちゃんもワガママ言わない。タマ!」

『ワンッ、ヘッヘッヘッ!』


 タマは親猫が子猫を連れてくように首根っこを甘噛みして奥の寝床へ連行した。

 ヨナの悲鳴とタマの息遣いが奥から聞こえてくるのが何とも奇妙だが、それも暫くすると治る。どうやら眠気はピークだったようだ。


 俺とトウカはヨナがタマに抱きついて眠る姿を見て微笑ましく思った。


「ヨナちゃん、寂しくないのかな……」

「多分寂しいと思う。トウカのおかげで何とかやっていけてるんだ」

「それはレイもだよ。それにタマも」

「俺達、もはや家族だな」


 俺とトウカは見つめ合い、二人のベッド……藁のベッドへ向かった。


「久しぶりかも」

「一昨日しただろ?」

「わ、私は毎日でもいいんだよ……!」


 俺がトウカの唇と塞ごうとした時だった。


「お姉ちゃん……?」


 オーマイガッ!

 こりゃ中断だな……残念……

 俺とトウカの間に入って眠るヨナ。トウカはまるで親になったみたいにクスッと笑った。


「今夜はおあずけだね」

「こりゃ仕方ないよな、おやすみトウカ」

「うん、おやすみ……レイ」






 ……


 全裸の国の冬は長い。そして寒い。

 そんな過酷な生活だが、雪遊びしたり狩りをしたり、それなりに幸せな日々を過ごす。


 そんなある日、ヨナがまたもやとんでも発言を。

 それは夕飯の時だった。


「そういえば……女神が言ってた。全裸行きだって叫んだ後に、悔しかったら王宮の至宝に触れてみろって言ってたんだ。どういう意味かな?」


 いやいや、それってクリア条件じゃね?

 その至宝とやらに触れれば女神の元に戻れるとか、いや、そんな都合の良い話はないか。

 戻って蹴飛ばしてやりたいのは山々だが。


「女神に頼んでもっとマシな過ごし易い世界に飛ばしてもらえないかな?」


 トウカは冗談混じりに言って笑う。

 皆んな一緒に転移出来るなら、ちゃんと街があってちょっとした魔法とか使えるような世界がいいな。異世界って言えばそんなだよな。


「とは言え……あの街に侵入、その上王宮の至宝に触れるとか、ほぼ無理ゲーだぞ」


 確かに王宮らしき馬鹿でかい建物が見えた気が。


 とりあえず、全員でため息を一つ。


 やはりこの世界でサバイバルを続けるしかないのかな。だが、ヨナはあまり身体が強くない。

 この半年で既に何度も体調を崩しているし、やっぱり医者や薬もある世界が好ましいのは否めない。


 まさか女神をチビ呼ばわりしただけで記憶奪われた上にこんな罰ゲームな世界に放り込まれるとは。

 横暴過ぎるだろ神様……



 そして、それから少しの時が過ぎた。


 ……



 朝、俺が起きて外に出るとヨナとトウカが出掛ける準備をしていた。確か今日は朝風呂に入るついでに、風呂の建物の前に作った花壇の様子を見に行くとか言ってたな。


 ヨナはお転婆だが、女の子らしいところもある。


「お兄ちゃんとタマはお留守番ね。ふふっ、お花咲いてるかな?」


 ヨナはとても嬉しそうに口角を上げた。


「おう、咲いてるといいな。トウカ、くれぐれも気をつけてな」

「心配性だね、レイは。ちょっとお風呂に入って来るだけなのに。あ、それとも淋しいんだ?」

「違うって……俺達は狩りでもしてるから昼までには帰って来いよ?」

「お、束縛〜、なんだか悪くない気分かも!」


 トウカはそんな馬鹿な事を言いながら頷くとヨナの手をとり洞窟を後にした。



 二人を送り出した後、俺はタマと共に食糧の調達に向かった。もはや狩りは俺達オスの仕事だ。

 トウカはすっかり女の子になってしまってヨナの面倒と料理、藁のベッドのシーツ替えならぬ藁替えなどの家事に追われる日々だ。



『ワンワンワワン、ワンワワン!』

「何だどうしたタマ? そんなリズミカルに」

『ワワンワワンワン!』

「お、こりゃ今夜はご馳走にありつけそうだ。」


 俺達の少し前に見上げるほどデカい牛、というかバッファロー的な魔物が徘徊している。

 コイツの肉は美味いんだ。この世界で牛肉は中々食べられるものじゃない。イノシシなら割とリーズナブルにいるんだが。


「タマ、やれそうか……?」

『……ワワン……!』


 タマは頷きゆっくりと尻尾を振った。


「……上等だ! 俺は木に登って上から奴の気を引く。その隙にお前が仕留める。なら行くぜ!」

『ワン!』




 ……


 木の枝を削って出来た串にきのこ、肉と交互に刺して蟹みそを揉み込み下味をつける。


「ヨナ、生肉を触った後はちゃんと手を洗うんだぞ?」

「うん、分かったお兄ちゃん!」


 水道はないが洞窟内に水が湧き出している。

 手頃な岩を積み上げて作ったバーベキューセット、串を立てかけ炙り焼きでじっくり焼き上げるといい匂いがしてくる。

 これは食欲をそそる。ヨナも身体を左右にフリフリしながら焼き上がりを待っている。


 そこにトウカが味噌汁を作ってやって来る。



「とても良い香りだね。」

「あぁ、トウカも座れよ? そろそろ焼けるよ」

『ワン!』

「お前じゃないよ……ま、肉、食いたいよな。タマ、お前の分もあるからたらふく食えよ?」

『ワンワワン! ……ワ……ン?』


 タマが何かに気付いた?

 火の燃えるバチバチといった音だけが聞こえる。俺は耳を澄ませてみる。

 何か聞こえる……? ……大勢の、人の声?


 ……記憶の……少女……を……


 ……何だ!? 近付いて来る?


 記憶の少女を捕獲する……


「レイ!? これって……!」

「わ、分からないが……全裸族にここがバレたか? 記憶の少女って……まさか。」

「ヨナちゃん……? レイ、もしかしてその女神が記憶の消し忘れに気付いて全裸達をけしかけた……とか考えられないか?」



 しかし俺達に話し込んでいる時間は無かった。

 気付いた時には洞窟周辺を完全に包囲されていた。全裸のやけにマッチョな奴等が、俺達を死んだ魚のような目で見る。そいつらは口々に、


「記憶の少女を捕獲する。記憶の少女を捕獲する。記憶の少女……」と、同じ言葉を繰り返す。


 トウカは咄嗟に「レイ、ヨナ! とりあえず洞窟の中に!」と叫ぶ。

 退路は洞窟しかない。しかし洞窟に逃げ込んだら……俺が目で訴えるのに対し、トウカは目で大丈夫だと言った。

 俺はヨナを抱き上げ走った。トウカもすぐ後ろをついて来る。


「タマ! お前も来いっ!」


『ワオォォォーーーーン!』


 タマの奴、囮になる気かよ!?


『ワンワワンワワンワンワワン!』


 行けってか? くそっ……

 俺はヨナを見やる。怯えて震えている。

 トウカは立ち止まってタマに叫んでいるが、タマの決意は固い。断固として動こうとしない。


「……タマ!」

「トウカ……行くぞ!」


 俺は片手でヨナを抱き、もう片方の手でトウカの手を握って走る。

 遠吠えを背に、走る、走る、走る。

 洞窟の奥の奥へ、入った事のない所まで、ひたすらに走った。しかし、


「い、行き止まり……!?」

「お兄ちゃん……お姉ちゃん……こわい……」


 どうする、どうする、どうする!?


「記憶の少女を捕獲する。記憶の少女を……」


 くそっ……タマ……


「トウカ、俺がアイツらに突撃して道を開ける。その内に……っんっ?」


 何、してんだよ……こんな、時に……!?


 トウカはふいに、俺の唇を塞いだ。とても優しいそのキスは周りの雑音を、ノイズを消し去る。


「レイ、そこの小さな穴が見えるだろ? そこから外に脱出出来ると思う。だからまず、レイとヨナが通ってくれる? 私はその後に続く。」

「……穴? あ、あれか……!」


 俺がトウカを見ると、トウカは小さく頷く。俺はヨナを先に穴へ。そして直ぐに自分も穴に入っていく。かなり狭い。小柄な俺が何とか通れるくらいの狭い通路のようだ。


「トウカ、お前も早くっ!」


 俺は手を伸ばす。下の方でヨナがスルスルと滑って行くのが分かる。


「トウカ!」



 ……トウカ……? 何で……泣いて……



「……ごめん……私は……入れないんだ。」

「何言ってんだ……?」

「私、レイより背も高いし……女の子だからお尻とか胸がギリギリ入らないっていうか」

「冗談言ってる場合じゃないって! 大丈夫、通れるって!」



「もっと……

 もっと小さくて可愛い女の子だったら……

 …………良かった、な……ヨナちゃんを……

 ……守ってあげてね。


 ……大好き、愛してる……レイ……さよなら」



 トウカは俺の肩を強く押した。バランスを崩した俺は真っ逆さまに自然の滑り台を滑り、転げ落ちていく。身体中打ちつけて痛い。

 しかしそんな事はどうでも良かった……

 トウカが泣いてたんだ……俺は……俺は……



 あんな顔……させたくなかった……




 己の無力さを呪いながら、叫び、そして……






 ………………



 身体が痛い。

 俺はゆっくりと目を開ける。そこには、


「お、お兄ちゃん……うっ、うぇっ、よ、良かったぁっ、うっ、死んじゃったかと……思っ……」


 涙とかその他諸々で可愛い顔が台無しになったヨナがいた。俺は上体を起こしヨナを見る。


「良かった、ヨナ。……えっと、トウカは……」


 ヨナは首を横に振り俯いた。

 俺はそんな彼女を強く抱きしめた。ヨナが大声で泣くもんだから、俺まで涙が溢れてくる。


 トウカ、トウカ……トウカ……!


「……ヨナ……俺は……」

「……うんっ……うんっ……」

「俺は……全裸の国へ行く……」

「うん……」

「ヨナ……力、かしてくれるか?」

「……う、ん……」




 俺は叫んだ。愛する女性ひとの名を。


 必ず助け出す。もう一度、あの国へ……あの狂気の街へ行く。手遅れになる前に……


 そして、



「……あの女神をぶん殴ってやる!」





 ◆次回予告◆


 全裸族の襲撃から逃れる為、隠し通路で脱出したレイとヨナ。その際、トウカが犠牲になる。

 レイはヨナと共に全裸の国へ行く事を決心する。

 迫り来る全裸達を振り払い、街へ潜入したレイ達に更なる精鋭全裸が迫る!

 果たしてレイは、愛するトウカを救い出す事が出来るのか!?


 次回、【最終章】










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