《全裸の国》〜the all nude country〜

カピバラ

nude.episode.Ⅰ【上】



「……え、……裸?」


 俺の目の前に裸、いや、生温い、


 ——これはと称するべきだ。


 そう、全裸の女性が立っている。文字通り素っ裸。

 下着をつける訳でもなく葉っぱで大事な部分を隠す事もせず、何食わぬ顔でそこに立っている。

 キョトンとしながら。


 何度も言うが全裸で、だ。


 すると女性は……全裸の女性は、「はっ!」と驚いた表情を見せる。

 目を見開き口に手を当てて、何かいけないものを見てしまったと言わんばかりの表情だ。

 次第に顔が真っ赤に染まり両手で顔を覆う。しかし何だ、指の間から普通に俺を凝視している。


 某国民的アニメのヒロインのように、恥じらいながらもしっかり指の隙間から見ているっていう、アレに近いか。

 いや、今はそれどころではない。


「……あ、あの……大丈夫ですか?」


 もしかしたら通りすがりの強姦魔に出くわしたのかも知れない。それで服を奪われた所に俺が到着した訳だ。で、犯人は逃走。間違いないだろう。

 ならば助けてあげないと。まずは服を……そうだ、俺の上着をかしてあげよう。


 俺はスーツの上に着ていたロングコートを脱ぎ女性に差し出した。これなら全身を覆い隠す事ができるだろう。しかし何故か女性は後退り、


「へ、変態よっ! 変態が出たわ〜っ! きゃぁ〜ん!」と、奇声をあげ始めた。

 せっかく綺麗な顔をしているのに、残念過ぎる白目顔で絶叫する女性。そしてその声に気付いた人達が集まって来ては俺を見て発狂した。

 女は悲鳴をあげ、男は怒号を撒き散らし、子供達は泣きわめいている。


 いや、俺じゃない!

 俺はこの女性ひとに上着を……じゃなくて、問題は他にあるだろ!

 何でコイツら皆んな、全裸なんだっ!?

 大人も、子供も、男も女も、とりあえず服を着ろ!


「ふ、服を着ているぞ! 引っ捕らえろ!」

「捕まえてツンツクツンの刑だっ!」

「神に対する冒涜だっ! 逆賊に天罰を!」


 うわっ!? 追いかけて来た!

 とにかく逃げよう。逃げながら状況を確認するんだ。まず一つ、


「よ、よく見たらっここ何処だよっ!?」


 どう見てもここは日本ではない。石造りの建物がちらほらと見えるその街並みは、いつか映画で見たような古代ギリシャとかローマ的な雰囲気を醸し出している。よくわからんが、そんな感じ! 街の奥にはやけにデカい城みたいな建物も見えるが……


 というか、もう古代ローマでいい!


 はい、次!


 全員全裸。……意味が分からねぇっ!?


 落ち着け、落ち着いて考えろ俺っ! 確か俺は会社で残業していて……同僚と居酒屋で上司の愚痴を吐き合って、それから酔った勢いでスナックのママと話し込んで……あれ? この辺りからの記憶が曖昧だな。ぼんやりと憶えてはいるんだが……


「変態が角を曲がったぞ! 回り込んで挟み討ちにするんだっ! 身包み剥がして吊るし上げろ!」

「分かった! 僕は右乳首から攻める、君は左乳首から同時に攻めてくれっ!」

「了解だ兄弟っ! 俺達の連携プレーで変態を捕まえてやろうぜ!」


 いや変態はお前達だ!

 全裸で大事なもの振り回しながら何が連携プレーだ! 美女ならともかく、毛むくじゃらのおっさん二人から同時に攻められてたまるかっ!


 ここは角を曲がったフリをして物陰に隠れてやり過ごそう。ちょうどゴミ箱的な物があるし、気は進まないがこの中に身を潜めよう。小さな穴が開いていて外の状況も確認出来るみたいだし。


 するとすぐに兄弟が左右から路地に飛び込んで来た。二人は全裸で向き合って首を傾げている。

 時折大胸筋をヒクつかせながら、無駄にマッチョな身体を見せつけ合った二人はキョロキョロと周囲を見渡しては再び向き合う。


 嫌な予感がするんだけど……


「変態は見失ってしまったけれど……」

「俺とお前、二人はまた巡り会えた!」

「変態はきっと誰かが捕まえてくれる。僕達はここで愛を確かめ合うべきだと思う」

「兄弟、俺も今同じ事を考えていた」


 この後俺は、生涯トラウマとして残るであろう全裸ショーをゴミ箱の中で鑑賞するハメとなった。





 陽は落ち路地には人の気配はない。

 勿論、奴等も……あの全裸兄弟も散々見せつけてくれた後に路地を去っていない。

 俺はゴミ箱から這い出し身体に染みついた極めて不快な匂いに鼻をつまんだ。


 右よし、左よし、全裸なし、いける。


 とにかく逃げよう。この街、古代ローマ的な全裸だらけの街から出よう。


 しかし何だ、何故こうなったのかやっぱり思い出せないんだよな。スナックで呑んでた事までしか思い出せん。…………?


 何だ?

 今の女は?


 確かに頭の中に女の姿が見えた気がした。

 いや、今はとにかく逃げよう。





 ……よし。何とか街を出られたな。


 しっかしまぁ、荒野。


 荒野行動。


 あー、馬鹿な思考しか浮かばね。


 何処かに手頃な洞窟とかあればいいのだが。少し歩いてみるか。はぁ、見渡す限りの、荒野。

 荒野、荒野、こうや!

 チックショウ、いつまで荒野行動させるんだ!


 まるで、一子相伝な暗殺拳の伝承者にでもなった気分だ。腹減ったし、種もみでもいいから落ちてないかな……それ食べたら悪者だけど、今更なりふり構ってられるか。死ぬくらいなら額にKの文字書いてもいいよ。


 ……あ、あれは……?


「湯気……?」


 遠目に見える石造りの建物。サイズはかなり小さいが街の建物に良く似ているようだ。

 こんな荒野にポツリと佇む建物。明らかに普通じゃないが行ってみる他ないだろうな。


 頼むからNO全裸、頼むからNO全裸で。



 ……俺はそっと建物の中を覗いてみた。



 YES、無人っ!

 どうやら誰もいないようだ。入り口に何か文字が書き込まれているが……読めん。見たことない文字だし、古代ローマ語って事にしておこう。


 いや、待てよ。なら何故街の全裸達の言葉は分かったのだろうか。しかも日本語ペラペラだった。

 日本人離れしたザ・外人達が流暢な日本語を話していたのは何故だ?


 思考を巡らせている俺の視界に真っ白な湯気が。

 見た感じ、ここは風呂のようだ。荒野に風呂がある意味が分からないが……

 汗も凄いし、誰もいない。風呂も沸いてるみたいだし少し入ってこう。街からはかなり離れているしこの時間なら追手も来ないだろ。


 しかしだ、更衣室がないな。


 俺は適当に脱いだ服をまとめ湯気の立ち込める方へと足を運んでいく。壁はあるが天井は吹き抜けで星空の良く見える露天風呂だ。


 湯気が晴れた。

 そして俺の視界に岩で造られた立派な風呂が映った。あ、後、黒い髪の少女が浸かっていた。


 黒い髪の少女が浸かっていた。

 黒い髪の少女……


「うわぁっ!? 出たぁっ!?」

「きゃぁっ!? ツンツクツンは嫌っ! 服は着てませんからっ、ちゃんと裸です全裸です素っ裸です! 見逃し……て?」


 ……ん?


「お、落ち着いてくれ!?」


 もしかして、まともな人か?


「あ、あれ? 襲って来ない?」


 少女は湯に深く浸かり細い身体を隠すように小さくなった。

 そして横を向いて震える声でこう続ける。


「えっと……もしまともな人なら……その……隠してもらえる?」

「……ん? ……あっ!?」


 俺は咄嗟に息子を手で隠した。


「どうやら全裸族ではないみたいね……良かった、まともな人間がいたんだ、この全裸の国にも」

「君もまともな人みたいだな。……全裸の国、いったいここは何なんだ? 日本ではないよな?」

「分からない。それにここに来た経緯も思い出せない。確かに私はこの世界の人間じゃないんだけど、それ以外思い出せないんだ」


 この子も同じか。知らない内にこの世界に、


 ——全裸の国に迷い込んだんだ。


「とにかく浸かれば? 風邪ひくよ?」

「あ、あぁ」


 謎の混浴。タオルもなしに、荒野で。

 淡々とした話し口調の彼女はよく見るとまだ高校生くらいの少女に見える。

 まだあどけなさが残るがそれでいて大人びたジト目がアンバランスというか何というか、とにかくあまり見ないようにしないと。


「お兄さん、シャイなんだね。童貞?」

「な、なんて事聞くんだ君はっ!?」

「そっか。先に忠告しておくけれど、私で卒業しようなんて思わないでね?」


 何だコイツは、めちゃくちゃ生意気だな。誰がお前みたいなガキに手を出すかって……

 バシャァァン、

 って、いきなり立ち上がるな!


 火照った彼女の肢体が俺の目の前で輝きを放つ。

 何て綺麗なボディラインなんだ……白くてモチモチの肌、大き過ぎず小さくもない綺麗な形の乳房、キュッとしまったウエストに女性的なヒップ……そこから伸びるスラリとした長い脚。


 最高の全裸が目の前にいる。

 駄目だ、こんな状況だというのに俺の息子が反応を始めてしまった。これでは立ち上がれないぞ。


「……まだ出ないの?」

「もう少し入ってようかな」

「私は先に上がるよ。外の風にでも当たって待ってるから」

「待つって……」

「どうせあの狂った街、いえあの国から逃げおおせて行く所なんてないんでしょ?」


 確かに。当てなんてない。

 少女は何故か口元を緩めると腕を組む。頼むから前を隠してくれ。目の当てばに困る。

 それに腕を組んだ事で胸が行き場をなくして大変な事になっている。


「私の隠れ家に案内してあげる。どうやら同じ境遇みたいだし……助け合いね。それじゃ、ソレがおさまったら上がって来てね」


 ……バレてるじゃん、いやん。






 無になれ、無になれ、無になるんだ。



 何とか息子を宥める事に成功した俺は丁寧に畳まれたシャツとズボンを見つけた。俺のスーツだ。

 あの子が用意してくれたのかな。とりあえず服を着よう。話はそれからだ。

 俺は素早く着替えを済ませネクタイはポケットにしまいコートを肩にかける。


 確か外で風に当たってるとか。



 とりあえずおっさんの顔が彫られた石の壁を抜け外に出てみる。

 涼やかな風が風呂上がりの身体を吹き抜け、俺の視界に日本では見られないような満天の星が輝いている。視線を下ろすとその空を見上げ腰に手を当てた少女の姿があった。


「や、来たか。アレはおさまった?」


 月明かりが彼女を照らす。振り返った彼女の真っ黒な髪は星達が映り込んだように煌めいている。

 フワッと風になびく様は何とも神々しい。


 しかし全裸だ。


「ふ、ふふ服はどうしたんだよ!?」

「そんなもの、ここに来たその日に剥ぎ取られて失ってしまったよ。君は良く無事だったね?」


 全裸の彼女は右手を腰に当てモデルみたいに脚をピンと伸ばした。本当に綺麗な子だな。

 いやいや違うぞ俺! そうじゃなくて!


「元々この世界には服なんてないんだよ。だから調達も出来ないし、仕方ないからこうして隠れて暮らしているんだ。人に裸を見られるのは気分の良いものではないしね」


 じゃ、もう少し恥じらって隠しなさい。

 親が見たら泣くよ。


「それによく見ろ!」

「よく見ろって……そんな事……あ」

「気付いたか? そう、全裸ではない。ちゃんと隠すものは隠しているんだよ。」


 た、確かに。たわわな果実の先端にはどんぐりの傘のような物が被されていて、下は葉っぱで申し訳程度に隠されている。ほぼ丸見えだが。


 結局、全裸と変わらないぞ。

 そうだ、背の高めなモデル体型の彼女でもこのロングコートなら身体を隠す事が出来るだろう。


「とりあえずこのコートをやるから羽織ってくれないか? 目の当てばに困る」

「おぉ! いいの? うわぁ服だぁ! 本当に貰ってもいいのかい?」

「いや、お願いだから着て下さい」

「ありがとー! そろそろ寒くなる季節だから良かったぁ〜、今年は凍えずに済むな」


 ……今年は?

 いや、この子いつからこの全裸の国に?


「君、この世界にいつからいるんだ?」

「ん? 私が十歳の時だったから……多分七年前くらいじゃないかな?」


 七年!?

 え、つまりその、十歳の幼女の服をあの国の人間達は剥ぎ取ったってのか? めちゃくちゃだろ!

 どれだけ怖い思いをしたんだろうか。


「あの時は流石に死ぬかと思ったよ。何かもう無理矢理裸に剥かれて吊るし上げられたのも今じゃいい思い出だね」


 良く生きてたな。


「えっと、これは……あ、こうやって羽織ればいいんだな。よいしょ」


 彼女は俺のコートに袖を通した。ちょうど膝の上あたり、少し太ももが見えるくらいまでは隠れてくれた。本当に背が高いんだな。

 普通に俺が見上げるんだもんな。俺は背が低いのがコンプレックスだが、これだけ見事に見下されるとぐうの音も出ない。


 悔しいが彼女の方が俺よりも黒いビジネスコートを格好良く着こなしている。無念だ。


 彼女は物珍しそうに羽織ったコートを見ては全面についた大きめのポケットに手を突っ込んでみたり、内ポケットの数を数えてみたりしている。

 いや、とりあえず前のボタンを閉めて欲しいのだが……俺のそんな気持ちには気付く事なくパタパタ羽ばたいてみたり、徐に匂いまで嗅ぎ始め「クンクン、あ、お父さんの匂い」とこぼした彼女は何だか子供のように見える。


「表に二つ、内にも四つ内ポケットがある。でも、そんなに使う事あるのかな、それに、男物のコートってもっと重いのかと思ったけど、意外と軽いんだね?」


 とてつもなく素朴な疑問に首を傾げた彼女だったが、すぐに俺の方へ向き直り思い付いたかのように口を開いた。


「強いて言えば、そうだな。もっと可愛いのが良かったかな。貰っておいてなんだけど。なんてね!」

「あいにく俺はサラリーマンだからな。地味で悪うございます」


 クスッと笑った彼女は改まった感じで俺を見ると、


「私は、神桜寺桃花かんのうじとうか、トウカと呼んでくれて構わないよ。歳はさっきも言ったけれど多分十七で間違いないと思う。で、童貞君のお名前を聞かせてもらえる?」

「う……時田零ときたれいだ。俺もレイでいいよ。因みに今年で三十二歳だ。歳上は敬ってくれよお嬢さん?」

「おっけい。童貞君、とりあえず隠れ家に案内するからついて来て」


 トウカは大きなジト目で俺を流し見ては口元を緩めロングコートをバサっとなびかせ背を向けた。

 悔しいが様になっている。風が吹く度にお尻が見えなけりゃね。と、思いつつも風よ吹けと心の中で願ってしまったのは秘密だ。


「童貞君、人のお尻ばかり見て……行くよ?」

「み、見てねぇよ!」


 見てましたよ!



 ……

 こうして俺は七年前からこの全裸の国で生き続けている猛者、神桜寺桃花かんのうじとうかこと、トウカに連れられ隠れ家とやらに向かう事になった。


 何がなんだか分からない状況で同じ境遇の人間に出会えたのは不幸中の幸いだ。もしあのまま捕まって両サイド攻撃を喰らっていたら……

 いかん、またあの兄弟の姿が脳裏をよぎる。

 完全にトラウマです。


 グルグルと思考を巡らせているとトウカが振り返って美乳をポヨヨンと震わせた。いや、ボタン閉めろ。コートあげた意味ないだろが。


「ここが私の隠れ家だ。さ、遠慮せず入ってくれ」と、満面の笑顔を見せるトウカ。


「……え……」


 森の奥の洞窟の前で首を傾げるトウカの背後に怪物がいるんですけど。何かやけにカラフルなタテガミに血色の悪い紫色の肌、ライオンに似ているが脚が六本もあります。


「あー、タマか。大丈夫、コイツは大人しいから。私が十歳の時に怪我をしていたんで介抱してあげたんだよ。そしたら懐いてしまってね。可愛いだろ?」


 猫か!


「タマのおかげで食べる物にも困らず何とか生き抜いてきたんだ。童貞君もお腹空いてるだろ?」

「俺はレイだ。童貞君じゃない。……とはいえ、確かに腹減ったな……」

「立ち話もなんだし、上がってくれ」


 何か普通に家に上がって的な物言いだが、ここは洞窟ですよ。ま、あの国にいるよりはマシだ。

 タマが俺を睨みまくってるが……食材に認定されてないだろうね?


「よ、よろしくな、タマ……」


『ワンッ!』


 犬か!!


 うわ、めちゃくちゃ尻尾振ってるし。しかも尻尾多過ぎね、三本も要らないだろ。

 ライオンみたいな犬じゃないか完全に。


「気に入ってもらえたみたいだね」

「そのようで」




 洞窟の中は質素なものだった。こんな所で七年も過ごしてきたのか……多分トウカは地球が滅亡しても生きてる類いだろうな。

 中央の焚き火で暖をとりお互いの事を話し合う。

 俺が仕事の帰りに酔って気付いたらここにいた事も話した。するとトウカは頷き腕を組む。


「やはり記憶がスッポリ抜けてるか。私も直前までは憶えてるんだけど……あ、そう……女の子……真っ白な髪の女の子……」

「お、おいっ……それ……俺も知ってるかも……」


 記憶を絞り出そうとした時に一瞬脳裏によぎったあの女だ。白い髪……そうだ、白い髪の幼女。


「でもその子が何だったのかまでは思い出せないんだよね。でも、二人共知ってるって事は何かしらこの件に関わりのある人物なのかも」


 焚き火の火が消えそうになると、タマが火を吹いてくれた。コイツ、役に立つ犬だな。

 あー、こっち見て尻尾でアピールするな。わかったわかった、お前は偉い。撫でてやるよ。


「すっかり懐いたみたいだね。お、そろそろ焼けたんじゃない?」

「美味そうな匂いだな……」

「この森に生息するイノシシみたいな魔物の肉と、そこらに生えてるきのこと山菜を串焼きにしてみた。中々いけると思うよ。さ、食べよう」



 俺は有難くご厚意に感謝、串焼きを一口食べる。

 美味かった。こんなに美味いもの、食べた事ないと思うくらいに美味くて、つい夢中になって食べてしまった。




「今日は寝よう。もう遅いだろうし」

「そうだな。……なぁトウカ」

「何だ?」

「……いや、色々ありがとな。助かった」

「気にしないでくれ。私が好きでやった事だし、それにこんな高級そうなコートまでくれたんだ。私の方こそ礼を言わないと。

 ありがとう、レイ。それじゃ、おやすみ」


 って、脱ぐんかい!

 ……で、綺麗に畳むのか!?

 コートは畳まない方が……まぁ、いっか。

 寝る時は裸派なのか知らないが、少しは恥じらいってのをだな……

 寝床は藁を引いただけのシンプルなもの。トウカはその藁に全裸で飛び込んでスッポリ収まった。

 藁から顔だけ生えたその姿は中々にシュールでカオスな絵だ。


 俺の寝床もタマがこしらえてくれた。

 ボク、頑張ったよアピールに応えて頭を撫でると気持ち良さそうに涎を垂らす。タマは大きなケツを振りながら洞窟の入り口の方へ行ってしまった。

 トウカに聞いた話、タマは毎晩この洞窟の入り口で見張りをしてくれるのだとか。


 その後ろ姿を見た俺は、タマが愛おしく見えた。めちゃくちゃいい奴なんだもん。


「おやすみ、トウカ……あれ、もう寝てる」


 無防備な事だ。俺が襲って来ないとも限らないのに、良くこれで今まで生きて来れたな。

 とりあえず寝よう。

 俺は藁の上で横になってみた。


「おぉっ!?」


 フカフカで良い香りがする!

 思ったよりずっと気持ち良いな。こりゃ服を脱ぎたくなる訳だ。トウカは……寝てるな。よし。


 俺も脱ごう。


 下着は着たまま、俺はほぼ全裸で藁の布団にダイブした。うおぉ……あたたかい……!

 こりゃ良く眠れそうだ……

 駄目だ、途端に睡魔が……朝起きたら元の世界に戻ってないかな。


 ………………


 …………


 ……え?


 ……こ、この感触は……



「トウカ……?」

「……何も……言わないで」

「……」


 トウカが俺の寝床に侵入して来たようだ。

 背中にトウカの胸が当たる。柔らかさがダイレクトに伝わってくる。心臓が爆発しそうなくらい激しく脈打つのが分かる。密着したトウカの鼓動も、俺と同じくらいに早い……


 ……そうか、さみしかったんだな。


 こんな世界にたった一人、それも十歳の時からずっと一人で不安と戦って来たんだ。気丈に振る舞ってはいるが、まだまだ年端のいかない少女か。




 暫くするとトウカの寝息が聞こえてくる。俺の背中にぴったりと密着して眠る彼女はどんな顔をしているのだろうか。


 俺は振り向かず、そっと目を閉じた。





 そして夜が明けて、朝が訪れた。

 とはいえ、洞窟の中は暗い。そういえばトウカがいないな。先に起きたのか?

 結局緊張であまり寝付けなかったな。気が付けば寝てたくらいの感覚だった。そりゃモデル並みの美少女に全裸で張り付かれたら意識するっての。


 いや、違うか。一応ドングリと葉っぱ着てるのか。


 ……認めん!

 父さんは認めないぞ、そんなファッション!

 ……ん?

 外からタマの鳴き声が聞こえてくるな。ワンワン言ってるな、相変わらず。

 とりあえず俺も外に出てみるか。


「……あれ?」


 服が畳まれてる。

 またトウカが畳んでくれたのかな?

 割とキチンとした性格なのかもな。可愛いしスタイル抜群だし、少し大人びてるが女の子らしく甘えて来たり、そうか……


 トウカはやっぱり、普通の女の子なんだ。





 う、太陽の光が眩しい……!

 森の木々の間から射す木漏れ日がトウカとタマを優しく照らしている。タマは三本の尻尾をブンブンブブンと振りまくりながらトウカに戯れつく。


「あはははっ、くすぐったいよタマ〜、あ、おはようレイ。よく眠れた?」


 前言撤回、


「とりあえず服を着ろっ!」


 俺が挨拶がわりに声を荒げるとトウカは膨れてコートに袖を通した。……いやだから前を閉めろ。

 聞いちゃいないんだから父さん困るわ。


 そんな俺の気も知らずか、トウカは清々しいまでの笑顔で言った。


「朝ごはんは眺めのいい所で食べよう。いい場所知ってるんだ。付いて来てくれ」




 少し歩いた先の高台で朝食を済ませた俺は、その景色の雄大さに感動した。ここからならあの風呂のあった場所もよく見えるな。


「いい景色だろ?」

「あぁ、悪くないな。日本じゃ見られない」



 その日、俺は生きる術を学ぶ為にトウカと森を歩いて回った。

 食べられるきのこ、毒のあるものや危険な生き物の事も教えてくれた。

 タマを助けてなければ自分も死んでたんじゃないかとトウカは笑顔で言って歩く。



 そして——


 そんな日々を半年ほど過ごした頃には、俺も立派な森の住人になっていた。山菜を摘むのもお手の物、兎くらいなら狩れるようにもなった。

 まぁ、殆ど狩りはタマがしてくれるんだが。


 俺とタマが狩りから帰ると、トウカが出迎えてくれる。そんなまるで夫婦のような生活はいつしか日常になってきた。

 夜になると、あの謎の風呂へ足を運び疲れを癒す。トウカと一緒に入ってると未だに緊張する。それを見て悪戯に笑うトウカが憎らしくも愛おしい。



「あ〜スッキリしたぁ、やっぱ風呂はいいなトウカ?」

「そうだな。何でこんな所に風呂があるのかは知らないけれど、本当助かるよね」

「じゃ、とりあえず服を着ろよ」

「え〜寒い季節も過ぎて暖かくなってきたからな〜。今更裸見ても何とも思わないだろ?」

「今更って……俺はトウカに手を出したりした訳でもないし」

「レイって奥手だよね。すぐにされちゃうかと思ってたけど頑なに手を出さないんだもん。私ってそんなに魅力ないかな?」


 魅力たっぷりだっての。

 ただ、壊したくないんだよな。今のこの関係を。

 裸は確かに見慣れてきたが、一線を越えると壊れてしまうんじゃないかとビビってるだけだ。


 今夜も綺麗な月が昇っていて彼女の綺麗な肢体を照らしている。夜の光に照らされた彼女は本当に綺麗だ。長い髪が風になびく度に俺の心臓がキュッと縮むような感覚が襲う。


 トウカは振り返る事なく、おもむろに言った。独り言のような小さな声。



「…………レイ…………エッチしよっか?」



 とりあえず思考停止。

 再起動には少し時間がかかりそうだ……


「ううん、しよう?」

「トウカ……どうしたんだよ突然?」

「どうもしないよ。そろそろいいかなって」

「いや……でも……トウカはまだ子供だし……俺は三十越えたおっさんだぞ。未成年に手を出したりしたら……」

「ここは日本じゃないよ。全裸の国なんだから、そんな事気にするだけ無駄だよ。それとも嫌?

 私の事、好きじゃないの?」


 トウカは振り返っていつものジト目で俺を真っ直ぐに見やる。冗談で言ってる、訳ではなさそうだ。


「私はレイが好きだ。そんな気持ちになるのは……駄目な事か?」


 あぁ、そうか。この子は青春時代を知らないんだ。こんな世界で一人で生きて、恋愛なんて出来ずに生きてきた。

 俺の事が好きって勘違いしているだけかも知れない。——だが、もう抑えきれそうにないな。


「……俺も……トウカが好き……だ」


「ズルいなぁ。女の子に先に言わせるなんて」


 トウカは頬を膨らませる。


「……悪い……こういうの慣れてなくて……」


「……童貞だもんね、ふふっ!」



 彼女は笑った。その笑顔にスッと涙が流れていったのがとても印象的な、そんな笑顔だった。




 その夜、

 俺とトウカは一つになった。




 満天の星が煌めく夜、


 タマの遠吠えがこだまする。





 ◆次回予告◆


 半年の共同生活で遂に結ばれた時田零と神桜寺桃花。二人はこの世界で共に生きると誓い合ったのだが……?

 そんな時、レイが行き倒れになった全裸の幼女を荒野で見つけた。

 その出会いで記憶を取り戻した二人の前に、奴等が押し寄せてくる。



 次回、真相解明!













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