入梅

小笠原寿夫

第1話

「俺、自衛隊に入るねん。」

と先輩は、言う。私は、思わず、

「何でですか?」

と、問いかけた。先輩ほどの頭を持っていて、それを軍隊に使う理由が、解らなかった。

「そっちの方が、好きな研究が出来るねん。」

日本の軍事費は、計り知れない。いつの世も、技術は、戦争の武器に使われた。

 ノーベルのダイナマイトも、アインシュタインの相対性理論も、同様だった。一貫して言えるのは、科学者は、常に知的好奇心に満ち溢れていた、という事実のみ。SNSが普及し、スマートフォンが出来た。確かに、それは便利だが、それを悪用する人間は、絶対数として存在する。

「こちら一号機。応答せよ。」

ステルスに乗る操縦士は、無線機にそう述べた。

「了解。本日は、晴天なり。」

ステルス一号機は、中空を反転しながら、訓練に勤しむ。


 一方その頃、国会では、総理が、答弁をしている。

「日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力の行使は、永久にこれを放棄する。こんなにも美しい条文の憲法が、他の国にありますか?ねぇ、総理。ご回答ください。」

総理は、言う。

「将来のわが国が、平和である為に、ある程度、軍事費は必要なんです。将来の我が子たちが、この国に生まれて良かった、と言える国に私はしたいんです。」


 ステルス二号機は、赤外線に映らないジェットとして、重宝された。旋回し、青く染まった空を飛んだ。軍事訓練の真っ最中に、ヘルメットの上から、一号機を見上げる。滑空を続ける自衛隊の二人は、空を飛んでいた。


 私は、煙草をベランダで吸いながら、

「消費税どこまで上げる積りなんやろう。」

と、ほんわか考えていた。煙草税が、どれだけ国に貢献しているのか、まず、そこから疑って欲しい。私は、通帳とカレンダーを交互に見た。

「後三日。何とか遣って行ける。」

食い凌げるだけの小遣いがある。その安心感は、私を幸せへと導いた。


 その頃、国会では、審議が成されている。

「こんな国会が、どこにありますか。国民を馬鹿にするのもいい加減にしてください。」

「静粛に。」

と、議長。


 ステルスは、飛んでいる。操縦士は、気持ち良さ気に、宙返りをしている。私は、SNSを見て、遊んでいる。国会では、答弁が成されている。

「損して得取れ。」

という発想は、日本人の根深い部分に宿っている。身を削っているのは、自分だけではない。それの発想が、日本人の強みである。粘着質と発想力と集団意識。この三つで、日本は保たれている。

「煙草税、また上がるらしいな。」

「ほんま、勘弁して欲しいですわ。」

「暴動起こさん程度に上げよるやろ。汚いよな。」

と言いつつ、社内の喫煙所で話をしている。総理は、相当、煙草に恨みがあるのか、と思ってしまう。


「私は、煙草に恨みはありません。ただ、国を良くする為に税収は必要なんです。」

と、総理。私は、サッポロ一番塩ラーメンを食べる。一人暮らしの男の生活なんて、こんなものだ。男やもめと国家の事情は酷似している。

「将来の我が子の為に税収を上げるのであれば、将来の我が子に税金を払わせてはいけないのではないですか?」

と、心の中で唱える。


 ステルスは、空母に降り立つ。私は、塩ラーメンを啜る。首相は答弁する。

 そうして、梅雨に入る。私は、生まれ出づる時から、日本という大企業に就職した。かろうじて言えるのは、私はこの国を、愛している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

入梅 小笠原寿夫 @ogasawaratoshio

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る