第83話 (最終話)第5章「一杯のお茶を」(2)
「慶次郎マスター、うち、本を借りてもかましまへんか?」
物思いにふけっていた紅乃は、豆初乃の声で我に返った。
「構いませんよ。なんなとお持ちくださいませ」
本を手に戻って来た豆初乃に、紅乃は尋ねた。
「あんた、最近、ジョギングに行かへんの」
「へえ」
「あんたを狙っていた一味は逮捕されたんやから、ジョギングに行っても構へんのやで?」
「へえ」
「本を貸してくれるK都大学の学生はんは、どうなったんや」
「……どうもしまへん」
「へえ~?ほんで、ここで本を借りはるん?」
紅乃のからかうような尋問に、豆初乃は音を上げた。
「……奈理子さんらが逮捕された後、ジョギングがてら文蔵さんに本を返したんどす。川端康成の『雪国』どした」
「ふんふん」
「文蔵さんに助けて頂いた引ったくりの事件は、こういう顛末になりました、ってお話したんどす。そしたら」
「そしたら」
「『舞妓さんや芸妓さんが、そんなにお転婆なのはどうかと思う』って言われまして」
「へ?」
「『「雪国」の駒子や、「伊豆の踊子」のヒロインみたいな純粋な人たちだと思ってたのに』、って言われまして……。『苦学する純粋な舞妓さんやと思ってたのに』って。うちら不純なんどすかね……?」
「あははははは」
紅乃は、取り澄ますのを思わず忘れて、大口を開けて笑ってしまった。
「うち、本は祇園紅茶室か東山図書館で借りますわ……」
豆初乃は、複雑な表情で呟いた。
「まあまあ、一杯のお茶をどうぞ」
慶次郎は紅茶のお代わりを注いでくれる。
「あはは。まあ、今夜は宵山やしな。八坂さんの奉納舞やで。気合い入れて行かな」
「はい!……あ、へえ」
豆初乃は恥ずかしそうに、花街の言葉に言い直した。
「ああ、宵山が終われば、ほんまに夏やなあ」
(了)
舞妓と一杯の紅茶を~京都で舞妓してたらダンディなおじさまと事件に巻き込まれて~ 日向 諒 @kazenichiruhanatatibanawo
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