第82話 第5章 「一杯のお茶を」(1)
(第5章)「一杯のお茶を」
「はああ、やっぱりここは落ち着くわあ」
豆初乃は、祇園紅茶室で紅茶を飲みながら、解放された声を上げた。
「人の目があるさかいに、のびのびするのも、ほどほどに」
対面に座る紅乃は、以前の澄ました鉄面皮の紅乃に戻っていた。
「それで、結局、あの人らはどうならはったんどすか?」
豆初乃が尋ねると、ティーポットを持った慶次郎が穏やかに答えた。今日も白シャツに蝶ネクタイ、老眼鏡の変わらぬ姿である。
「豆初乃さんの巾着引ったくり事件も、女紅場学園のロッカールーム荒らし事件も、彼らが指輪を探して引き起こしたようですね。どういう罪になるかはこれからですが……不起訴になることは無いでしょう。奈理子さんのお父様は有名な弁護士を雇ったようですが」
「そうどすか……」
紅乃は、奈理子の最後の言葉を思い出していた。あれが奈理子の本音だったのだろう。
「それにしても、慶次郎マスターは防犯カメラの画像処理とか、すごく詳しいんですねえ。あんなに鮮明に再現できるんですねえ」
豆初乃が感心して言うと、慶次郎はにっこりと笑った。
「あれは方便です。元が不鮮明な映像を、あそこまで鮮明にすることはできませんよ。あそこだけ差し替えたんでございますよ。もちろん、CIA云々も方便です」
ポカンとする豆初乃に、紅乃は吹き出した。
「方便……ものは言いようどすな、慶次郎さん」
「あっ、そう言えば、慶次郎マスターにお訊きしたいことがあったんです。結局、あの天然アレキサンドライトは、奈理子さんが丸大デパートの名古屋支店に売り飛ばさはったんですか?あのときの木之本さんの返事では、うちは分かりませんでした。けど、みんなは分かってはるようやって……」
「ああ……あれは、簡単な言い替えでございます。何年間も名古屋支店が保管していた物ならば、そう答えればいいわけです。ずっと持っているなら展示会に何度も出されているでしょうから、調べれば分かってしまう情報です。しかし、あの状況で『お客さんのプライバシーだから』と答えるということは、半年以内にプライバシーを尊重しなければならない状況があった、つまり売りに来たお客がいた、ということを遠回しに答えているわけです」
豆初乃は解説されて、感心した。
「へええ~。うちは、まだまだやなあ」
「木之本さんという方は、素晴らしい営業能力をお持ちで、今回のこともトラブルの尻拭いを手助けすることで、常世田家にパイプを作っておくつもりのようでございます。やり手の女性というのは素晴らしいですね」
「ほんまに……自分の足で立って行くしかあらへんのどすな」
紅乃は、花の終わったつる薔薇の若葉を見ながら呟いた。
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