第四節一款 燃眉之急
時刻は丁度三時を回った頃、大坂拠点長の藤吉託也は堪えられぬ便意を覚え、渋々布団を抜け出し厠へ向かっていた。
この世界に来てから二回目の夜、起きたら元の世界に帰っている事を期待していたが起きても世界は変わっていなかった。
縁側に出れば昼間の騒ぎが嘘のように外は大変静まり、蛙や鈴虫等の鳴声がよく響いていた。
「星が綺麗だ……」元の世界と違い夜は暗い。満月に近く空は明るいがそれでも星が見える。
本当なら今頃は移転先に向けて移動中の筈だった。しかし周辺の治安悪化や他メンバの反対で結局動けずにいた。おまけに荷車も集まり切らなかった。
今日は朝から荷車の確保に駆け回らなければならない事を思い出しげんなりしていた。
用を済ませ終え立ち上がった直後、『バーン』と言う破裂音と瓦が落ちる音。それと同時に建物が大きく揺れ埃が舞降ってきた。
厠から飛び出て音の方を向けば、門から火の手と土煙が上がっていた。そして、建物に向かって走る人影があった。
―― 襲撃だこれ!
すぐにわかった。魔法によるものと思われる光、棒状の物を持ち建物に突っ込んでいく人影。遠目でも薄っすらわかった。あれは剣の類の物だ。
何か持ってきて応戦せねば。藤吉は咄嗟にそう思い私財をまとめていた応接間に走った。
幸いにも応接間に行く間、敵には遭遇しなかった。
藤吉の荷物の山から愛用している剣を引っ張り出した。
光魔法に特化した剣、難関クエストの報酬で得た所謂聖剣と呼ばれる様な物だ。昨日の簡単な訓練である程度、魔力を流し込む感覚は掴む事が出来た。
―― これを人に向けるのか……? そもそも俺は戦えるのか……?
訓練では移動中に恐獣と遭遇した事を想定していた。だから近隣ダンジョンの低レベルな恐獣しか相手にしなかった。
本館からは対人での訓練を指示されていたが、道徳心と言うか何というか。自らの指示でそれを無視し恐獣相手を想定し訓練をさせた。そして夜間警備にももっと目を向けていれば。
―― 俺の認識が甘すぎた……
今更後悔してもしょうがない。仲間を守る事が俺の仕事だ。
簡単な防具を選び装着し急ぎ剣の交わる音のする方へ走った。幸いにも戦いはまだ続いている。それはつまり仲間はまだ生存している証拠だ。
大広間がある建物に着けば、敵味方入り乱れた状況だった。
「おい!藤吉!」突然背後から声を掛けられ驚いた。
「
「どうにか生きとる…… 相手は多分探検家や。逃げる事も考えたが逃げようとした
窪薗の手足は震えていた。しかし、それでも事態に対処しようと頑張っている。俺も頑張らなければならない。
「なぁ窪薗、裏棟側に敵は回ってきとるか」
「裏棟も三番棟も…… 北側は大丈夫だ」
裏棟も三番棟が無事、ならば北側に一回退却して態勢を立て直して…… 北側なら土地が上がっているから防衛もしやすい……
何より三番棟なら荷造りした武器も防具も多量にある。何より飛び道具もある。態勢を立て直すことが出来れば打開できる…… かもしれない。
「よし、三番棟まで下がる。窪薗は先に向かって準備。俺が突入したら先行して数人向かわせるから装備を整えさせてくれ。態勢を立て直すぞ」
「でも、奥まで下がっと外に逃げられなく……」
「何人か来たら三番棟の正面で飛道具準備して構えとけ。順次逃げ込むから追って来た敵の迎撃だ」
「いや、でも、それじゃ……」
「このままじゃジリ貧だ。とにかく態勢を整えんぞ、早よ行け!」
人数的には互角だ。訓練でなら倍以上の
剣に魔力を注ぐ、ここまでは上手く行く。
これを振るって人に当てる。
襲われとるとは言え人を殺めると言うことや。
仮に殺める事がなくとも、大怪我をさせてしまう。
ウダウダ考えてもしゃあない。今はとにかく乗り切らんと。
―― よし、突っ込むぞ!
窪薗が北側に走っていったのを確認し、まさに剣がぶつかり合っている室内に突入した。
「
全員で走って逃げれば敵に背を向けることになる。背後から刺されたらたまったものではない。
敵は10人前後、こっちも幾人か倒れているが13人くらいはまだ生きてる…… これなら応戦しながら下がる程度は行ける。
「全員応戦しながら三番棟まで下がるぞ!」
皆対応中で返事はなかったが、それぞれ一瞬反応した様に感じられた。
混戦状況だと光魔法は非常に使いにくい。光をまとめた高温の球を敵の頭上から降らす、光を束ねた高温の光線放つと言った遠距離攻撃が使用できない。そもそも屋内で使ったら恐らく火災になる。
どうするか悩んだが、そんな事お構い無しに敵の一人が剣を振りかざし飛び込んできた。
咄嗟に剣に魔力を流し込みながら防ぎ流した。
勢いに任せ突っ込んできた敵は、そのまま藤吉の後方に移動し剣を振り上げていた。
剣を防いだ時にバランスを崩したが、どうにか踏ん張り、歯を食いしばり力任せに剣を左から横へ振り抜いた。
熱を持つ光魔法を目一杯流し込んだ剣、かなり高温になっていたのだろう。
切れ味が良く熱せられた剣。
それが敵の腹部を深く水平に引き裂いていた。
剣を振るった時、まるでスローモーションの様に感じられた。
腹部に食い込む刃先、敵の苦痛に満ちた顔、熱せられた鉄により皮膚が焦げ煙が上がる様子。全てがしっかり見えた。見えてしまった。
―― やっちまった……
どう考えても致命傷だ。俺が目の前のこいつを殺したんだ。
不可抗力だ。正当防衛だ。明日には大坂を去る予定だった。
神戸のメンバーと合流する予定だったんだ。
合流したら軽い食事会をみんなでやって少し息抜きをしようと計画してたんだ。
―― なのに何でこんな事に……
The Next Terra - 異世界の飛ばされて大企業の社長になったから世界一の会社に成長させる - 戸村 @wataritomura
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