第三節二款 封建領主

 西舘らが北千葉拠点へ帰り、二關は本館から届けられた書類の精査をしていた。どの拠点も悲惨な状況。そして連絡が取れない拠点も存在する。

 追討ちをかけるような戦争の話し。


 ―― 勘弁してくれよ……


 二關は心の内でボヤくがボヤいても反応してくれる者はいなかった。

 領地内の兵士の出兵については『まぁしょうがない』と言う気持ちであった。

 しかしギルドの派遣を求められるのは非常に困った。

 突然異世界に飛ばされ、その騒動から立ち直れぬ最中。日の出財団に他所の戦争へ介入する体力は無いと思った。

 しかし、ここで断れば恐らくは公爵からの心象は著しく悪くなるだろう。そう考えれば後方支援に徹する形で出兵する事も方法としてあるだろう。

「財団として直ちに協力の約束は出来かねます。ご存知かと思いますが我が日の出財団はガタガタな状態です。数日以内にどの様な協力が可能か精査いたします」

 とりあえず濁して回答を先延ばしする戦法に出るしかない。兵力を出すと言って出さないよりマシだろう。二關はその様に考えていた。


 仮に財団として出兵するとしたら何が出来るのか。

 ゲーム時代ならそれなりにレベルの高いメンツが揃っている。小遣い稼ぎには丁度良いクエストだっただろう。


 ―― しかし、今は状況が違う。


 生身で戦うのは怖いし怪我もする。江戸川湿地での一件があった直後で出兵なんて話しを出そう物なら大荒れだろう。

 ただし、何もせず貯蓄を食いつぶすだけでは飢え死に一直線だ。


「仮に出兵出来るとしたらどの程度の兵が出せるか、日の出財団はこの地域で一番大きなギルドだと想起されますが」


 よくご存じで…… 先延ばし作戦も効果的ではないだろう。

 どんなに状況であっても一国を治めている人達だ、頭も切れる人たちだろう。


「大きなギルドであるからこそこの度の混乱で大きな傷を負っています。二、三日で治まる規模の組織ではありません。ですのでご期待に応えるためには組織を立直した後、どの程度で協力が出来るのか見極めた上でご回答させて頂きたいと存じます」

「わかりました。では一週間後に再度伺います。それまでに良い回答を頂ける事を強く期待します」


 なんやかんやで、一週間の猶予を貰えた。恐らく一週間後でも財団は立直していないだろう。数万の人間がいるんだ。そして全ての拠点の状況が把握できている訳じゃない、五割程度は状況不明だ。

 そんな状況下で戦争へ介入するとすれば、専用部隊を編成して自分も表に出ていかなければならないだろう。場合によっては財団をバラして戦える部隊を新たに作らなければならないかも知れない。

 こんな事になるのであれば、財団なんか立ち上げるんじゃなかった……


 ◆


 公爵の使いを役場から追い出す事に成功した二關は、西舘と清水と共に財団の北千葉拠点に到着していた。

「晶郁の様子を見たい。どこにいる?」二關が馬から降りながら西舘に聞いた。

「いいよ、案内する。俺も様子見たいから」西舘は二關に言うと清水に会議の準備の指示を出し歩き出した。


 西舘と二關の間に会話は無かった。西舘は途中、二關に話し掛けようか悩んでいたが、二關は重く緊張した険しい表情をしていて話しかける事ができなかった。

 正門から二分ほど歩いた所にある〈五号棟〉と呼ばれた平屋建ての建物、扉の横には〈救護所〉とボロ板に雑に手書きされた看板が立て掛けてあった。

 西舘は中に入る事を躊躇する二關の背中を軽く押し中に入る事を促した。


 靴を脱ぎ廊下を進む、晶郁の病室は入口から一番奥の部屋だった。

「光郁…… そんな深刻な顔をしなくても大丈夫だ。寝ているだけだから」

 晶郁の病室に入る事を躊躇する二關に西舘が気がつき入る事を促した。


 二人が病室に入ると、畳に敷かれた布団が八つ。全て意識が戻らない、又は深刻な負傷を負った人間ばかりだった。

 晶郁は一番縁側えんがわに近い布団で静かに眠っていた。


「本当はもっと早く来るべきだった…… でもこの光景を見るのが怖かった」二關は誰に言うでもなく呟き目に涙を浮かべながら晶郁の手を握っていた。

「二關さんのお兄様ですか?」縁側から一人の初老の男性が入ってきた。

 二關が肯定すると初老の男性は布団を挟み向かいに静かに座った。

「晶郁さんを診させてもらっている山田と申します。循環器科ですが秋田県の方で医師をさせて頂いていました」

「兄の二關光郁と申します…… 晶郁は…… いつ目を覚ますのでしょうか……」

「具体的な事は現時点では言えません。CTやMRIと言った医療機器が無くて…… 詳しい検査が出来ませんので…… しかし意識消失直後からも自発呼吸をしています。嘔吐等も見られません。そして脈拍も体温も安定し、痛みに対する反応も見られますので…… あまり無責任な事も言えませんが『二度と目を覚まさない』等と悲観的になる事は無いかと」

「そうですか…… ありがとうございます」光郁は晶郁の手をさすり俯いたままだった。

「目を覚ました後の事もお話しします。頭部に強い衝撃が与えられた事によって、意識回復直後に記憶欠如や錯乱状態になるかもしれません。それと処置は行いましたが右股関節の脱臼と右脛骨の骨折がありました。簡易的で原始的な処置しか出来ませんでした。回復後の歩行障害は覚悟しておいてください」

「…… わかりました…… よろしくお願いします」光郁がそう言うと山田医師は他の患者の様子を見に離れていった。


「光郁…… そろそろ……」西舘が光郁の方を叩きながら言うと、静かに立ち上がり晶郁の元を去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る