第6話

『第三ゲーム、スタート』

「……何してるんですか、先輩」

更衣室から少し離れた場所にある、理科室などが並ぶ廊下。その壁にべたりと張り付いた先輩は張り込み中の警察のように曲がり角の先を見つめている。

「覗きですか?」

「お花畑は脳内だけにしとけ。あれ、何に見える?」

先輩が指差す先を堂々と体を乗り出して見る。よく分からないダボダボの服を着て、額に御札を貼り付けた人影。あれが次の鬼だろうか。風貌的には中国の屍の妖怪、キョンシーだろうが、全く動く気配がない。

『奴は一番新しく鬼となった者だが札をはられたキョンシーはもはやただの屍。何の役にも立たない。という訳で、彼は処分させて貰う』

処分?処分って言った?自称この世界の創造神様が口にしたワードを反復させる。鬼を処分ってどういうことだ。それに、一番新しいって?

「おい、やめろ!」

切羽詰まった先輩の声の方を反射的に振り返る。目に映ったのは窓から飛び降りようとするキョンシーと、それを必死に止めようとする先輩の姿。不可解な状況に混乱している暇もなく、キョンシーが先輩を振り切って窓から飛び降りた。

「なっ……」

窓に走り寄り下を覗くが、三階建の学校のはずなのに地面が見えず、思わずへたり込んだ。

『安心しろ。すでに最後の鬼は派遣済みだ。私の忠告を忘れずにせいぜい頑張り給え』

一人仲間が消えたのにも関わらず、楽しそうに話し続ける創造神様にふつふつと怒りが湧いてくるが、今は冷静に考えなければならない。創造神様は"最後の"鬼を派遣したと言っていた。忠告を忘れずに、とも。つまり、鬼は……。

ダァンッ

「危ないじゃないですか。当たるところでしたよ」

ニヤリと口元を歪めれば、舌打ちをして銃を握り直す先輩。赤く光る目と、手の甲にある鬼のマークを見れば、先輩が鬼であることは一目瞭然だ。

「シャドウ先輩、ここに来るのもその能力を得たのも、今回だけじゃないですよね?さしずめ二回目、と言ったところですか?」

「……いつから気づいてた」

先輩の行動に疑問を持ったのは第一ゲームからだが、疑問が答えとなったのは第二ゲームの終盤だ。第ニゲーム終盤、メリーさんが電話をかけてきたとき、先輩はためらわずに出入り口の方へと逃げた。メリーさんは貞子とは違い、何かから出てくるわけではないので、密閉空間であった更衣室の中では出入り口は一番危険だ。そんなこと、頭のいい先輩なら分かっていたはずだろう。それなのに、怖がりな先輩は自ら出入り口へ近づき、メリーさんも一番近くにいた先輩を捕まえなかった。思えば第一ゲームのときもそうだ。それに加えて異常なほどの視力発達に先輩は慣れるのが早かった。これら全ては、先輩が鬼であり、一度ここへ来たことがあると考えれば全て一致するのだ。

「説明してくれますよね、先輩」

『いや、私が説明しよう』

創造神様が説明してくれるとはありがたい。先輩を殴り飛ばしたい衝動を抑えて"聴く"ことに専念する。

『まずは私の忠告の意味を理解できたことに拍手を贈るよ。壁に耳あり障子に目ありということわざ、知ってたんだね』

それくらいは知っている。そもそも『障子に気をつけて』というのは忠告と言えるのだろうか。煩わしいほどに贈られてくる拍手を止めて、話の続きを促す。先輩はというと、銃を構えたままピクリとも動かない。

『自己紹介をしよう。名は、まあ君の言う創造神とでも名乗っておこう。私は君の入っている、ゲーム愛好会の初代部長だよ。ちなみに、今まで君たちを追っていた鬼は歴代の部長だよ。飛び降りたのは先代部長だ』

「それって」

『そう、現部長の元先輩だ』

さもおかしそうに笑う創造神様の笑い声が頭に響く。さっきの言葉が本当なのだとすると、先輩は、自分の元先輩が飛び降りるのを目の前で見たということになる。そんなひどいこと、なぜ笑って出来るのだ。

『君の先輩が一度ここに来たことがあるのも、能力を体験済みなのも正解だ。彼は先代部長と共にここに来て、先代部長がキョンシーに成るのを自分の目で見ている。次は自分が鬼になることも分かっていながら先代部長を助けるためにここに来るとはつくづく笑わせてくれる』

先輩が鬼になる。たぶん、他の鬼のように今の姿のままではいられない。だが創造神の話を聞くに、私は元の世界へ戻れる。どうすればいい。どうすれば先輩も元の世界へ戻ることができる。……さっき、創造神様はなんて言った?先輩先代部長を助けるためにここに来た、と言っていたはずだ。それが本当ならば、先輩を助けることができるはずだ。差し込んできた一筋のか弱い光にすがろうと口を開きかけたその時、グチッと聞きたくない音が聞こえた。音がした先輩の方へと目を向けると、先輩に第三の目が……。目は一つ、二つと増えていき、先輩の肌を埋めていく。

『ほう、彼は百々目鬼か。"見る"能力を得た彼にぴったりだな。』

パチンと指を鳴らす音がした。それを合図に先輩の指がピクリと動く。

「あ……な、んだ、これ……。何なんだよこれ!」

持っていた拳銃を落とし、同じ言葉をブツブツと繰り返しながら頭を抱え込む。体中を覆った目が、一斉に先輩の顔へギョロリと向く。まるで、逃さないとでも言うように。

「うわあああああああっ!」

拳銃を拾って自分の頭に押し付ける。引き金を引くまで五秒もかからなかった。だから、止められなかった。鼓膜が破れるような発砲音。思わず閉じた目を開けたときには、先輩の姿はもう、どこにもなかった。

『彼は完全なる鬼となった。名誉なことだ。安心しろ。彼は別のゲームで役立ってもらわなければならないから殺さない。さて、お前はもういらない。帰っていいぞ』

ブオン。背後から聞こえてきた機械的な音。そこにあったのは、ブラックホールのような先の見えない穴だった。私は爪が食い込むのも気にせず手を握りしめた。本当に、私にはバットエンドしか待っていないらしい。

「聞きたいことが、あるんですけど。いいですか?大先輩」

『ほう、その名も悪くない。で、なんだ?』

ヘッドフォンから伸びているコードを引っ張る。消えていたコードの先は簡単に姿を現した。

「先輩を助ける方法を教えて」

止まらない笑い声が私の頭の中を埋め尽くす。耳障りな音に私は見えない姿を睨みつけた。

『彼と同じことを言うとはな。君らはよく似ている』

「シャドウ先輩と似ているなんて不本意でしかありませんけど。話をそらないで下さい」

徐々に口調が苛立っていくのが自分でも分かる。それなのに頭の中は冷静なのだから不思議なものだ。

『そうだな、君と再びゲームをするのも楽しそうだ。では、特別にヒントをあげよう。彼がどうやって自分の先輩、先代部長を助けようとしたか。私が出した条件はただ一つ。他の鬼に捕まらず、最後までクリアすること。彼は最初から鬼の仲間になる方法をとったようだが、最終的に仲間である君を殺り損なったうえに鬼であることがバレてしまった。つまり、ゲームオーバーだ』

『さて、君はどうする?』

私は、逃げる以外でこの状況を回避する方法は持っていないし、先輩のような頭脳もない。ただ、馬鹿だから後先は考えずに行動する。特別教室からこっそりと持ち出していたハサミを手に持つコードに当て、ためらうことなくそれを切った。

「宛にならないヒントをどうもありがとうございます」

心のこもってない感謝の言葉。ヘッドフォンはザザッとかすかに音を立てて役目を終えた。どうしても外せなかったヘッドフォンは、なんの抵抗もなく耳から離れ、廊下に転がる。煩わしかった音は全て消え、静かな空間に嫌でも寂しさを覚えた。

「シャドウ先輩、また一年後」

私は先の見えない穴に足を踏み出した。


7月○日☓曜日

新しい世界への扉が再び、開く


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私にはバットエンドしか待っていないらしい shiro @hamichan

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