Mosquito

八割 四郎

純愛

暖かな光を感じていた。微睡みに沈む生き物の吐息は時に乱れながら、薄暮の中に佇んでいるようだった。

私の夫はまるで節操がなくて、用事が済めばもう行方も分からなかったが、この人は違うらしい。気持ち良さげに外を眺めていた彼は、静かに入って来た温もりに笑みを浮かべ、何事かを囁いた。その言葉に同調するように、女も柔らかな微笑みを返す。

「この役立たず。」

仲間の詰る声は耳に新しい。しかし、きっとその言葉を投げつけて来た本人は覚えていないし、私自身再会したとして、また会いましたね、その節はどうもと声をかけることはきっとできない。結局鋭利な言葉が記憶とこの身に突き刺さっただけだった。そんな言葉のためにこの幸せを手放すことはあまりに、くだらないナンセンス


夕暮れ時を過ぎて、幸せそうな二人の体温が部屋から去ろうとしていた。しかしこの部屋からあの男女と共に出ることができない。どれほどそれを望もうと、見えない壁のようなものが行く手を阻むので。

仲間たちはこんな私を不審がった。生きていくのに全く無意味で、さらに言えば害にしかならない感情に振り回されて、辛うじて生きている私のことを。それでも、あの人の肌に触れ、赤い血脈の中に針を刺し入れることが、その平和を、幸せを乱すことになりはしないか、もし一度でも皮の下へと潜り込んでしまったら、二度と優しい空気を感じることができないのではないか、そんな想像が本能に優って、なんとも酷いことのように思えてならなかった。 私は二人の幸福で暖かな刻が好きだったから。



真夏のある夜、団扇で風を送り寛いでいた男の元に、虫が煩くつきまとっていた。

「全く、蚊取り線香も役に立たないな。」

銀色の月を見上げつつ、肌に止まった虫を叩き潰した。

「あら、それ、蚊じゃない。よかったわね、まだ血、吸われていなくて。」

女は優しく微笑んで、黒い塊になった生き物を紙にとって捨ててしまった。

「いい月ですね。」

「ああ。」

穏やかで平和な時間が、部屋の中に満ちていた。

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Mosquito 八割 四郎 @hakubi77

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