第15話 潜水

「みんなー!おっはよー!下士官募集ポスターでお馴染み!第8護衛潜水戦隊隊長。

佐武真凛さたけまりんですっ!サブマリンって呼んでね⭐︎」


いきなり現れてこの自己紹介。

呆気に取られる一同の中で、最初に口を開いたのは日下部副長だった。


「佐武、、佐武って言やあ、お前、あの佐武家の人間か。」

「うーん。多分その佐武だよ!」

「てことはお前の親父さんは退役された佐武真人さたけまこと元准将か?」

「そうそう!知り合いなの?」

「知り合いも何も、自衛隊時代に俺の教官だったからなぁ!元気にしてるか?」

「元気!元気なんだけどね?!もう頭の方がテカって来てる、、笑」


珍しくテンションが高い副長を見ながら僕は隣の花山くんに小声で問う。

「佐武家って、名家か何か?」

「お前知らないのか、、?佐武は代々軍人の家系だ。あの人の父親、佐武真人准将は元陸軍参謀、4人の兄もそれぞれ陸海の高級士官だ。」

「すごい、、サラブレッドなんですね。」


「さあ!そろそろブリーフィングに戻ろうか。」

直方隊長が手を叩きながら言う。

「今回はこの佐武中佐のマーメイド戦隊と共に行動する。まず僕らは旗艦である潜水空母『猟虎』に乗艦し、他3隻の潜水艦、それから護衛対象の大型輸送艦『のと』と共に長崎から南下。台湾の外側を通って南シナ海まで向かう。僕らの護衛はここまでで、後は護衛を第五艦隊に引き継いで帰投という流れだ。」

「例の海亀狩りとやらが出没するとしたら台湾の東側を回る時だろうねぇ。」

鞍馬中尉が腕を組みながら考察する。

「出来れば出会いたくねぇ、、こういう輩は下手なネームドよりもずっと厄介だ。情報が少ないからな。しかしまあ、普通に考えたら台湾の東側にいるだろう。台湾海峡側は水深が浅い、潜水艦隊の通り道としては向かねぇ筈だ。」

この日下部副長のこの指摘に他の面々も頷く。

「だけどー。」

佐武中佐が口を開く。

「ということはこちらも必然的に太平洋側を回ることになるよね。向こうもそれを見越して網を張ってる筈。海上警備の大規模な配置転換や方針転換を向こうがしていない限りは、ほぼ100%ぶつかると思った方が良い。避けることは考えない方が良いね⭐︎」

それに。と中佐は続ける。

「つばしゃんと日下部さん。2人もネームドが居るんだから。この日本屈指の甲兵部隊の実力。私は疑ってないよ⭐︎」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

-東シナ海、海中-

薄暗い艦内を、ずらりと並んだレーダーや計器の緑色の光が怪しく照らす。

【海亀狩り】こと中華人民共和国海軍・通商強襲班の主力潜水艦『海鰻』は東シナ海の海底に潜んでいた。

「見つけたぜ!ワンの兄貴。敵さんは予想通り太平洋側を回ってくるようですぜ。しかもかなりデカめの貨物船を護衛してる。久々の大物かもしんねぇ。」

波動探知レーダーに赤く強調されたポイントは長崎沖の海中で動く複数の艦隊の存在を示唆している。

波形が示す形から推測されるのは潜水艦群。そしてその少し後ろにポイントされているのは大型の貨物船だ。

「よく見つけたヨウ少尉!大型貨物船に護衛の潜水艦隊、、この規模、これはまさか人魚姫マーメイドか?」

「へぇ、恐らくは。」

「こいつらが出てくるってことは、相当重要な品を運んでる筈だ。必ず仕留める。オウ軍曹!接敵までどれくらいだ?」

「推定速力36ノット。大分飛ばしてます。2時間もあれば射程に入るでしょう。」

「ふむ、、まだ時間があるな、、今回はアレを使おう。」

「アレ?」

「本国の科学班が試したがってる新兵器だ。有意義な実戦データを送れば小遣いが手に入るらしい。」

「2時間で用意できるっすかね、、」

「すぐにできるさ。魚雷と一緒に積んだタンクがあるだろ?あれを海底に射出して、敵が近づいたら遠隔で起爆するだけだそうだ。」

「機雷みたいなもんすね?!それなら簡単だ!すぐに準備してきやす!」

「あ、それと海南島の機動守備隊にも出撃要請を入れろ!俺の名前を出して良い。」

「了解しやした!」

「よしよし。総員戦闘準備に入れ!上手くいけば今日は楽に稼げそうだ。亀と人魚、両獲りで行こうぜ。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

-東シナ海、海中、潜水空母『猟虎』艦橋-


「推力安定、速力36ノット」

「付近に敵の反応ナシです!」

「潜水艦はともかく、小型艦も?」

「それらしい影はありません。」


「ふむふむ、なかなか敵も頭を出さないね⭐︎こっちから隙を見せないといけないかな?それとも運良く出くわさないとか、、そうであって欲しいけど、、よし!とりあえず浮上しよう!メインタンクブロー⭐︎」

「了解!メインタンクブロー!」

「メインタンクブロー!」


海面を押し上げてその黒い巨体が姿を現す。

日本海軍の潜水艦内でも最大クラスのその艦は、長須級潜水空母三番艦『猟虎』。全長262m、全幅56m、吃水18mの圧巻の図体には、水対空ミサイル12門、対艦ミサイル4門、誘導魚雷6門、磁界式防御システムという攻守揃った装備の他、最大425時間の連続潜航、半径320kmの海中レーダーの搭載。そして潜水空母の名の通り、戦闘機なら12機、機甲兵なら8機を積載可能な大格納庫。


それは正に、


「海中の移動要塞⭐︎」

佐武は呟く。


「みはらん!レーダーに反応は?」

「やはりありません!完璧に擬態して寸分も動いていないか、、もしくはそもそもこの海域には居ないか、、。」

「常に最悪を想定しよ!居ると仮定して、どこに隠れていると思う?シンキングタイム⭐︎」

佐武がそう言うと、艦橋に巨大な地図が現れる。台湾周辺の海底地形データだ。


艦隊は台湾島の北部、大陸棚の端。沖縄列島を南に抜けたすぐの場所、和平海盆にある。東には琉球海溝を臨むこの地形はここからさらに深くなり、台湾島に沿う形で海底峡谷が連なる。


クルーが一斉に考察を始める。

「峡谷、、でしょうな。」

「少なくとも今いる和平海盆ではないでしょう。私も峡谷だと思いますね。」

「台東峡谷では?大きな谷が太平洋側に連なっている。位置を悟られたくないならここでしょう。」

「向こうは大所帯じゃない筈だ。そんな広い所には隠れんだろ。ヤマを外せばみすみす取り逃すことになる。」

「中国の潜水艦はかなりの速度が出ると言う話だ。後手に回っても即応展開が可能なのでは?」

「この距離感ではそれは現実的じゃないでしょう、、」


佐武真凛もこめかみに指を押し当てて考える。

"ボクならどうする"

相手はとっくにこちらの位置を把握してる可能性が極めて高い。

だから浮上したから動き始めるなんて事は無い筈。

長崎を出た瞬間から、こちらのルートを読んで隠れてる筈。

潜水艦のウィークポイントである真下から攻撃できる地形。峡谷、海底。

加えて船体を隠しやすい岩礁。

さらに撃破後外洋に即退散できる場所。


「艦長。」

クルーの1人が呼びかける。

「意見がまとまりました。」

「へぇ、その心は?」

「花蓮峡谷です。」


「ボクも今そう思ってた⭐︎」

花蓮峡谷。それは和平海盆を抜けてすぐ目の前であった。亀裂のような巨大な谷は南太平洋側に伸び、敵の撤退を助ける。そしてギザギザの地形、海底の岩礁。正に潜水艦が隠れやすい地形である。


思わず流れる冷や汗。

"すぐそこじゃん、、!"


「皆!急ぐよ!敵はすぐ目の前だからね!『かも』『いちじょう』『おおとも』それから『のと』にもその旨通達!それから直方隊を呼んで!もう発艦してもらうから!完了次第、前進しつつ潜航。花蓮峡谷の海域に入り次第磁界式防衛システムを展開!マーメイド戦隊全艦、第一種戦闘配置!総員、集中していこ!」

「「了!!」」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

-潜水空母『猟虎』大格納庫-


出撃命令が出た。

外が見えないのでどうなっているのかわからないが、どうやらこの艦は今浮上しているらしい。

予定よりかなり早い出撃命令だったので、慌てながら準備をする。

「グ、グローブに、手が!綺麗に!入らない、、!」

いぎぎぎと呻きながらグローブをようやく嵌める。そして駆け出す。


『遅い!』

既に乗り込んでいる日下部副長から機体のスピーカー越しに怒鳴られる。


「すいませーん!!」

僕も叫びながら乗り込んだ。

ふー、と息を吐く。

沖縄から始まって対馬沖、日本海海戦。

そしてこれが機甲兵パイロットとしての4回目の出撃になる。

コックピットハッチが閉まる音を聴きながら、緊張を押し殺す。

「しっかりやるぞ。」


『よし!全員準備できたね。』

コックピット内に直方隊長の声が響く。

『予定より大分早い出撃だけど、僕らの任務は変わらない。基本貨物艦を空から護衛。対潜戦闘は基本的に潜水艦隊の方がやってくれると思うけど、場合によっては僕らも空から援護するかもしれない。それは意識しておいて。まあ別命あるまでは守りに徹する事。OK?』 

『『了!』』


天井が開く。数十時間ぶりの日の光をモニター越しに感じ、思わず目を細めた。

操縦桿に手を掛ける。

「スラスター点火。」

静かに振動を高める機体。

その頭上に遮るものは何もない。

「行きます!」

掛け声と共に機体は勢い良く飛び上がった。

目の前には地平まで続く太平洋。

やけに穏やかな海面が、一層緊張感を刺激する。


陣形は貨物船を中心に六角形ヘキサゴンを築く。

最も接敵の可能性が高い前衛は直方隊長と花山君。

脆弱になる両側面は鞍馬中尉と日下部大尉。

後衛は園田少尉、冴島中尉と僕の3人だが、恐らく目付の役割なのか冴島中尉と僕はバディを組んで護衛をすることになっていた。



「んで、、たしが、、」

冴島中尉が呟く。

「なんで私がクソガキのお守りなんかしないといけないわけ?!」


相当ご立腹だ。

わざわざ個人回線を繋いでまで僕に悪態をつくとは、、。

どうやら冴島中尉には気を遣って新兵の付き添いという面目を与えたのだろうが、命令自体がすでに気に食わなかったらしい。


今は作戦行動中、、!

これ以上怒らせるとまずいから最大限相手を立ててへりくだって接しよう。

「さ、冴島中尉!前回の対馬近海での戦いぶり、お見事でした!いや、さすがは近接戦闘の鬼!まさに電光石火のご活躍で、、!一度ご指南頂きたいなぁ〜なんて思っていたんですよ!ご指導の程よろしくお願いします!」

相手を褒めちぎり、教えを乞う姿勢!

悪く思う人は居ない筈だ、、!

「おい、、」

冴島中尉の口が開く。

「はい!」

「お前舐めてんのか。ぶっ殺すぞ。」

ガチトーンの殺害宣言が響く。

僕は一体何を間違えてしまったのだろうか。

「電光石火の活躍?ふざけんな!何もできなかったのを見て、私を馬鹿にしてるんだろ!私が女だからって下に見やがって!」

えぇ!?何故そんな解釈を、、!

「滅相もない!そんな事は微塵も思っておりません!」


しかし、何となく分かってきた。

男社会の軍の中で女性の甲兵パイロットは珍しい。後方指揮官や艦長クラスには女性はかなり増えてきたものの、歩兵部隊や甲兵部隊など最前線で泥臭く戦うカテゴリではやはり女性の割合は少ない。

想像は付かないが恐らくそんな状況下で女性である事が原因となり苦労したり揶揄されたりしてきたのだろう。

その中で自分が他の男性兵士に劣らないと証明するために戦ってるが、空回ってしまっているという感じなんじゃないか。


そう見勝手に愚考している時だった。

眼前、巨大な水柱が現れた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

-潜水空母『猟虎』艦橋-

「報告!前面に大量の水泡!視界ゼロ!レーダー、ソナー共に効きません!」

「機雷?!」

「わからん!とにかく情報収集急げ!」

「先行中の『おおとも』と通信途絶!」


敵が仕掛けてきた、、!先制攻撃を受ける事は想定内。とはいえ『おおとも』は前衛。仮に一撃で沈められていたら輸送艦の前方が丸裸、、!

「水泡が晴れ次第すぐに索敵再開!第1から第6魚雷管の射出準備!」

「艦長!それが、、!」

「何?!」

「水泡が晴れる気配がありません。しかもより大量になっています!」

「はぁ?!」

「このままでは『かも』『いちじょう』とも通信が出来なくなります!」

「な、、?!とにかくここを突破しなきゃゲームオーバーでしょ!現在通信が繋がる全僚艦へ通達!水泡が晴れるまで全速前進!突破します!」

「「了!」」


中国軍の新兵器?!泡だらけで目と耳を完全に潰されている、、!でも泡を出す目の兵器なら『おおとも』は生きてるかもしれない。

すっごく楽観的だけど、、。

ていうか、この泡だったら敵もこちらの位置が掴めないんじゃない?!

どういう意図なの?!


困惑して髪の毛をクシャクシャにする佐武の横で、副艦長の横田が口を開く。

「艦長、敵潜水艦は別に我々の姿が見えなくても構わないですよね。だって、護衛対象の輸送艦は水上艦で、その位置は空から見えてるんですから。」


「あ。」そうか。そうだった。なぜ気付かなかったんだ。私。


「潜水艦同士でやり合わなくても、残りは空から奇襲を掛ければ、、」


「じゃあ急いで浮上しないと!空の直方少佐達を水対空装備で援護するよ!メインタンク、、!」

「待ってください!この水泡に包まれた状態。僚艦の位置が掴めない以上。下手に浮上すれば『のと』に接触するかもしれません、、!」

「っ、、!じゃあこのまま何もせずに甲兵隊に任せるって?!」

「それしかないです。それに彼らはネームドの部隊。必ずや輸送艦を守ってくれるハズ。それより今はこの水泡を打開する手段を模索しましょう!」


佐武は爪を噛みながら頷くしかなかった。


----------------ー

-通商強襲班 潜水艦『海鰻』艦橋-

「上手く引っかかったな、、敵さんは!」

「ええ、、今頃敵は大混乱っすよ。まあ、こっちからも何もできませんけど、、」

「水泡の移動からある程度の位置は推測できるが、下手に攻撃して位置を晒す必要もない。」

「流石はワンの兄貴!抜け目ねぇ!しかしーこの水泡凄いっすね、、一向に晴れる気配が無いっすけど、、」

「俺も詳しくは知らないんだけどな、、どうやら海水に反応して気体になる特殊な液体らしい。気体になる時になんか体積が何十?何百倍にもなるからこんな風になるとか。」

「化学班も色々やってるんすねー。」

「兎にも角にも、後は機動守備隊の甲兵共に任せるだけだ。さて時間もピッタリだな。アイツらそろそろ到着する頃だ。」

「これもう勝ち確定じゃないっすか!」

「そうだな。俺たちは敵の戦力のほぼ全てを沈黙させたんだからな!作戦成功は目の前だ。」


----------------ー

-輸送艦『のと』上空、直方機-

「こちら直方!『猟虎』艦橋へ!聞こえるか!応答求む!」


『・・・・』


「ダメか!一体何がどうなってる、、?」

眼下にはジャグジーのように異常に沸き立つ海面が映し出されていた。

「直方隊各機!状況報告!間違いなく敵襲だ!敵艦らしき影は見えるか!」

『こちら花山!今の所空は異常無しです!』

『こちら鞍馬!同じく監視方向異常無し!』

『こちら日下部。こちらの方向も何も見えん。』

『園田です。海面以外は異常無し』

『冴島!同様よ!なんなのコレ?!』

「わからない、、」

『本当に敵襲なのか?こんなの全く見たことないぞー?自然現象という線はないのかい?魚の群れとか。』

『こんな魚群があってたまるかよ!シロナガスクジラがダンスパーティでも開いてんのか?』

『海底火山かもしれません!それで海が爆発とか沸騰とか!』

『少なくとも海底で何かあったんでしょうね。直方隊長、佐武隊長の艦隊とは通信つかないんですよね?』

「あぁ、浮上する気配もない、、しかし、仮に海中で何かあったとしても我々にはどうしようもない。佐武大佐を信じよう。空の警戒を、、」


瞬間、ビーーーーーー!という警報音。

「敵襲!各機戦闘体制!」

『このタイミングで敵部隊が空から来やがった!やはり海中のは敵の仕業か!』

「、、、っ!敵の数と陣容は!」

『敵部隊は機甲兵!かなりスピードがあります!数は20、いや、30以上!』

『おいおい!輸送艦狙うだけなら多すぎだ!直方!積んでる荷物、めちゃくちゃヤベーヤツなんじゃねーのか?!』

「わかりません!とにかく輸送艦を狙われたら元も子もない!絶対に近づけるな!」

『来るぞ!』


エイのようなパーツを背負った人型の機体が凄まじいスピードで迫ってくる。

そして光。

途端。

「機関砲だ!回避しつつ迎撃!」


先刻まで青く晴れ渡っていた空は今、硝煙と錆によって瞬時に濁り始めた。

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君の知らぬ地平の彼方(リメイク) 旭 新崎 @ART27

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