第14話 礫累

「はっはっは!たはっ!あはーっ!こんな、、かはっ!こんな分かりやすい手に引っかかるとは、、!はー!全く、人民解放軍も大したことないなぁ!ははっ!」

笑い転げているのはこの男。

日本海軍遊撃艦隊総司令官兼、旗艦艦長。

日出春樹その人だ。

そして大仰なその肩書きの上に今、127年ぶりに核兵器を放った人物という、不名誉極まりない称号が付いたのだ。

日本海軍内では、第三艦隊総司令官の遊佐と共に期待の若手司令官として祭り上げられ、"厳格な遊佐と温厚な日出"と人口に膾炙する存在なのだが、真実はそうではない。

日出春樹、世渡りが多少上手い事を除けば、残るのは狂人たる徹底的で冷徹な人格のみである。

勝利の為には手段を選ばない。

防衛区域が指定されていない遊撃艦隊を駆り、西へ東へ、北へ南へ其処彼処に現れれば、その秘匿された攻撃力を持って、商船だろうが軍艦だろうが、敵国の船であれば悉くを海の藻屑に変えてしまう。

軍人達はこれを恐れ、「幽霊船団ゴーストフリート」と呼称した。

そして何故この男が、弱冠23の若輩でありながら、限られた数の核兵器を持ち出し、使用許可を内閣府から得られたのか。

それがわかるのはまだ先の話ー。

「笑いすぎですよ。日出総司令官。」

「すまないすまない。思った以上に上手くいったからさ。さて灰田副司令。この攻撃で敵と味方、どれほど死んだんだい?」

「まだ詳細は上がってませんが、被害状況で申しますと、中国人民解放海軍所属の東洋艦隊、南洋艦隊、ロシア海軍所属の太平洋艦隊が壊滅状態。解放海軍の北洋艦隊に関しましては、核攻撃以前のミサイル攻撃によって後退していたので、直接の被害は無さそうです。まあ、艦橋のガラスは爆風で全損でしょうが。味方で言いますと、逃げ遅れた汎用艦「わかやま」と囮となった旗艦「滅紫」が轟沈とのこと。そして「滅紫」には第一艦隊の島守総司令官が乗っていました。」

「そして今回の海戦で我が国は第一艦隊を失った。そして敵は露助の太平洋艦隊、支那の東洋艦隊、南洋艦隊。ふむ、トントンと言ったところか。島守にしても老い先短い爺さんだったんだ。最期に一花挙げられて満足だろうよ。」

そう言った瞬間だった。

灰田の拳が飛んでくる。

日出はそれを鼻先、すんでの所で防ぐ。

「気に障ったかい??」

「それ以上の島守さんへの侮辱は許さない。日出春樹。貴様が上官であろうが構うものか。」

「勘弁勘弁。もう言わないよ。ははっ。ああそうだ灰田君。君に頼みたい事があったんだ。」

「、、なんでしょうか?」

「手紙を渡してくれ。3通だ。」

「手紙ですか?これまた随分アナログな。いつから懐古主義者に?」

「この方が何かと都合が良いんだ。電子メールは誰に傍聴されているかわからん。それにあれだ、真心ってのが籠ってるだろう。」

「ジジイみたいですよ。総司令官。」

(島守のじいさんが乗り移ったかな)と日出は言いかけた失言をギリギリで飲み込んだ。

「しかしー、一つは官房長官宛、もう一つは宮内庁長官宛、最後が、、九条千秋宛。前二つにも聞きたいことはありますが、九条千秋。件の詳細不明のパイロットですか。そんなに気になりますか?」

「いやぁ、それはあれだ。ヘッドハンティングってやつだよ。」


「遊撃艦隊に来てもらおうと思ってね。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

-米国、ホワイトハウス、大統領執務室-

「カニング大統領!中国に派遣している調査員から緊急報告です!」

「おお、マーフィー。どうかしたか?そんなに焦って。クーデターでも起こったか?」

「いえ、、日本国と上海連盟軍との日本海における海戦において、日本国による核兵器の使用が確認されたと。」

「何と!それは間違い無いのか!」

「はい。さらにその攻撃により中国は海上戦力の約3分の2、ロシアは2分のIを失ったようです。」

「マーフィー。これは運が向いてきたぞ。」

「は?」

「国防総省の幹部共、それとCIA長官、それにミラ・アダムスとリキッド・フィーチャーを呼べ。我が国も動くぞ。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

-中華人民共和国、北京、国防部本部参謀室長執務室-

「どういうことか説明したまえ、リュウ・チャンヨウ。」

「敵大型巡航ミサイルによる時間差攻撃を受け、主力艦船が大きな被害を被ったため後退していたところ、我が艦隊の南西方向に不審な艦船群を発見致しました。私はその報告を受けて、該当艦船群を行方が掴めていない日本海軍の秘匿戦力、遊撃艦隊と断定し、画像解析によりその兵装を暴こうと試みました。その結果、核弾頭が搭載可能な米国製の長距離弾道ミサイルと見られる円筒状の物体を発見。それを件のミサイルと仮定すると、ちょうど最大射程が我が国の首都への距離と合致しました。そのため私は、首都での大規模殺戮による衝撃を持って我が国の艦隊を撤退させる、もしくは動揺を与え連携不能状態に陥れる目的があったのではないかと推測し、首都司令部に首都全域の大規模対空警戒と戒厳令発令を提言しました。しかし、それは我々を欺く為の欺瞞行為であり、実際は戦闘中の南洋、東洋両艦隊を狙ったものでした。」

「そしてその結果が、南洋艦隊と東洋艦隊の喪失だ。それだけではない。今回の突然の核ミサイル迎撃にあたり全国から対空部隊と装備を召集した。どれだけ金と労力が掛かったと思っている?おかげで南部戦線の維持にも支障をきたす始末だ。お前、どうするつもりだ。」

「言い訳のしようもありません。全て私の責任です。」

そう言うしかないだろう。結果だけ見れば、古今類を見ない大失態だ。

「私は!責任の所在を問うているのではない、、!どう責任を取るのかと聞いている!!リュウ・チャンヨウ!!」

何を言うのを期待されているのか。嫌でも分かる。私のキャリア、いや、人生は今終わったのだ。あのシュウ・ユンハオが小躍りするのが目に見える。

「いかような処分でも受けましょう。私の死を持って償いとなるのであれば、喜んでこの命を差し出しましょう。」

「そうか、ならば…」

「ちょっと待ってくれ。」

聴き慣れた声が遮った。見遣ると、北洋艦隊総司令官、スン・ジュンジェが居た。

「スン中将。あなたは直接指揮を取っていないと聞いるが、、?」

「誰がそんな不敬な報告をしたのかね。私は歴とした北洋艦隊総司令官だぞ。何故私に指揮権が無かったことになっているのだ?」

どういうことだ?部下に指揮を押し付け、計画立案の場面で何も言えないお飾りの総司令官が、意見をしている。

「中将。部下を庇いたいのは分かるが、、」

「私はあのスン・ジゥウェイの息子だぞ!蔑ろにするのは許さんぞ!」


結果。

スン・ジゥウェイ中将は全ての責任を負い更迭となった。

リュウ・チャンヨウ大佐は3ヶ月の謹慎後、新生東洋艦隊に所属する巡洋艦の艦長となる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

-長崎港、第三艦隊乗組員宿舎第三棟-

あの海戦から五日が経った。地獄のような戦場を戦い抜いた第三艦隊と、第一艦隊の生き残りには二週間の休暇が与えられた。

休暇とはいえ、ただゴロゴロしてても構わないというのではない。訓練もちゃんとある。海軍の軍人にとっては、海に出てない=休暇という事なのだろうか。流石に働き詰めの日本の軍人らしい、見上げたメンタリティである。

そして今日はブリーフィングがあるらしい。

「き、昨日の訓練疲れた〜」

一晩寝ても筋肉痛が取れない。しかし遅刻したら大目玉どころではないので、ふらつく足でなんとかブリーフィングルームへ向かう。


「ちょっと!」


突然刺すような声が背後から聞こえた。

この世の中の全てに憎悪を向けてそうな声の主は、、

恐る恐る後ろを向く。

「冴島中尉、、。」

「あんた、私を差し置いて第一艦隊の救援に行ったらしいわね。」

「そうですが、何か問題ありましたでしょうか、、」

「問題大有りよ!どうして私よりも戦果も階級も低いあんたが選ばれたのよ!」

「ご、ご尤もです、、」

冴島中尉が上官に楯突く問題児だから置いて行かれたのだとは口が裂けても言えなかった。

「それで、あんたは役に立った訳?」

「いえ、、何も、、」

「はっ!そうよね。聞いたわよ。あんた整備士上がりらしいわね。そんな人間が何か出来るわけないわよね。」

「はい、、私はゴミです。弾薬を無駄にするだけの組織に不要な人間です、、。」

自分で言ってて泣きたくなってきた、、。こっちだってやりたくてやっているわけでは無いのだから。

「っ、そこまでは言ってないけど、、。とにかく、次はでしゃばらないことね。せいぜい私の後ろで突っ立ってなさい。」

そう言い捨てて冴島中尉はツカツカと歩き去って行った。

しかし近くに立って分かったが、彼女は態度に比べて体が随分と小さいことが分かった。

自分より一回り、下手したら二回り小さいかも知れない。その小動物みたいな体躯を態度だけで大きく感じさせていた冴島中尉に変に感心するのであった。


ブリーフィングルームに入ると全員が既に揃っていた。

「お!九条君、今日は最後だったねぇ。」

直方隊長の快活な声が響く。

時間には遅れていないが、1番新入りがこれではまずい。冴島さんに時間を食われすぎた。

「すいません、、次からはもっと早く来ます、、。」

当の冴島中尉は既に席につき、そっぽを向いていた。


「さて、じゃあ始めようか。まずは告知から。なんとなんと!上層部からの発表で、大規模な配置転換が行われることになりましたー!つきましては、この小隊で動くのもあと1ヶ月くらいです。」

一瞬驚いたが、それもそうだ。これだけ死傷者を出した戦いの後だ。逆に配置転換しないとおかしいくらいだ。

「それに付随して、正式発表前のネタバレです。花山中尉、冴島中尉、九条少尉、園田少尉。君たち4人は転属後も同じ部隊です。さしてなんと、その部隊の隊長は、、花山中尉!あなたです!」

一瞬の静寂の後、花山君が声を張り上げる。

「えええええええ!俺が部隊長?!」

「そして花山中尉はなんと大尉への昇進が決まっています。」

すごい。やっぱり花山君はすごいんだ!

なんだか僕まで誇らしくなってくる。

「へーえ、花山が部隊長ねぇ。こりゃネームド入りも近いんじゃねえか。しかも大尉って言っちゃあ俺と同じじゃねえか。」

「あなたは別部隊の隊長に決まってるそうですよ。しかも今回は推薦ではなく命令です。日下部大尉。いや、もしかしたら少佐かな?」

「はぁ?ふざけんな!やんねーぞ俺は!」

「はいはいお上に言ってくださいよっと。まあそれは置いておいて、、次の任務の話です。」


先日の日本海海戦において、中国軍は保有する艦隊の6割を喪失した。計画されていた大規模戦力投射による東部戦線の解消は当分不可能になり、制海権確保はおろか、その長大な海岸線を守ることすら危ういと言う状況に陥った。


「でもね、そんな状況の中でも中央同盟国の海上補給を断とうと躍起になってる部隊がある。それがー」


台湾周辺を活動範囲とする通商破壊と補給路寸断専門の特殊部隊。

"中国海軍通商強襲班"


少数の潜水艦と小型艦、機甲兵からなり、その機動力をもって、迅速に破壊、迅速に離脱を基本に動いている。


「かなり厄介でね。戦力的には大きくないんだが、商船や貨物船からのSOSを受けて駆けつけた時には船の残骸が浮いてるだけ、、という事案が多発している。つまり高い襲撃能力と隠密性、逃げ足の速さが売りってわけだ。50年以上前から中国軍に存在する歴史ある部隊らしくてね。第三次世界大戦で戦うことになった米軍からは"海亀狩タートルハンターり"と呼ばれて恐れられたとか。それで、我々が行う作戦なんだけど、軍上層部はとある戦略物資をインドまで運びたいらしくてな。それの護衛、それからあわよくばその厄介者を海の藻屑に変えたいと言ったところだ。」

説明し終えた直方隊長の前で手が上がる。

「おい直方。質問だ。」

「はい!どうぞ日下部副長!」

「行くのは俺らの小隊だけじゃないだろ。同伴する艦が必要だ。第三艦隊は修理の為長崎から離れられない。じゃあ今回は何処のどいつが俺らの足になってくれるんだ?」

その質問を聞いて直方隊長がニヤつく。

「良い質問ですね!今からご紹介しようと思ってました。佐武少佐!どうぞ入ってください!」

扉が開き入ってきたのは、、綺麗に切り揃えられたボブカット、リスのように小さい顔、キラキラ光る瞳。

まるでアイドルのような容姿をした女性だった。

ああ、見覚えがある。あれは確かー

「みんなー!おっはよー!下士官募集ポスターでお馴染み!第8護衛潜水戦隊隊長。佐武真凛さたけまりんですっ!サブマリンって呼んでね⭐︎」


彼女こそ、第8護衛潜水戦隊。通称"マーメイド戦隊"の隊長にして直方隊長と共に日本海軍のアイドル的存在。

佐武真凛その人だ。


僕らの前で仁王立ちした彼女はまるで後光を背負ったように眩く輝いて見えた。

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