第13話 臨界
『直方、ありゃネームドだ。』
『分かっています。あの機体から想定されるのはおそらく"白旗魚"。』
旗魚、、というには、後方から迫ってくる機体は白すぎる。どちらかといえばユニコーンだ。
『五行の一角か、、直方や俺にはともかく、他の隊員には手に余るぞ。』
『まあ本来ならば尖閣諸島で相見える筈だった相手です。遅かれ早かれぶつかったでしょう。』
『で、どっちがやる?』
『日下部副長、他の隊員を連れて機動攻撃を継続してください。』
『了解。期待してるぜ"銀鴉"。』
『やめてください。』
そう言うと直方隊長は空中で静止した。
みるみるうち直方隊長の機体の背は、みるみるうちに後方に消えていった。
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我が艦隊が敵の援軍によって攻撃を受けているというから急ぎ戻ってきたものの、来てみれば量産機が数機。
「全く情けない。」
しかし、よく訓練されている。一糸乱れぬ編隊とはこのことだ。
しかし、これから私に撃墜されるのだから忍びない。
その時、編隊の先頭を担っていた機体が空中で急停止した。
おそらくこの小隊の隊長機だろう。
私が誰か分からんでもあるまいに。
自分を犠牲にして部下を逃すという奴か。
「戦士だな。だが愚かだ。」
その蛮勇に免じて、一撃にて突き殺してやる。
純白の機体はその長大な得物を構え、そして速度を上げた。
中国軍の第三世代機甲兵 CX-15R"阵风"。
機動性を高めるため軽装の機体には28のスラスターが搭載され、流線形の四肢は空気抵抗を軽減する。
さらに私専用にカスタマイズされたバックパックには2つの大型ウイングブースターを搭載!
それらを全て展開した際の最高速度は秒速820m!無論、第三世代機甲兵では最速!
「速やかに逝け!」
機体は一筋の槍となり雲を突き抜ける。
次の瞬間、大きな音と火花を出して穂先は弾かれた。
機体はその衝撃によって大きく軌道を外れる。
「、、何?」
私が、量産機如きに防がれただと?
すり減ったジャベリンの先端を眺め、困惑する。
暇など無い。
振り返ってすんでの所で敵の攻撃を防ぐ。
危ない。量産機のヒートナイフとはいえ、当たりどころによっては致命傷になりかねない。
それにあの距離をすぐ詰めてきた。抜け目が無い。
少なくとも、
「普通じゃない、な。」
これは警戒レベルを上げなければならないかもしれん。
ジャベリンのスペアは残り三本。
「この一本は貴様のために捨ててやる!」
距離を取りつつ、右腕の射出装置に柄を嵌め込み、構える。
そして、打ち出す。
当然相手は回避行動を取る。
槍を避けた機体は反対側へ大きく傾く。
慣性が働くので機体はすぐに姿勢を起こせない。
そこを、突く!
バリバリッ
レバー越しに伝わる、潰れる金属の感覚。
やった。と感じた。
「捉えたぞ!」
瞬間。
バツーン。
と音がして目の前が真っ暗になった。
「は?」
あまりに唐突で、次に思考が動き出すまで0.5秒程は掛かったであろうか。
そしてその間が、戦場では命取りになる。
ドドドドドドドドドドドド!!
軋む機体。連続した激しい衝撃。
けたたましく鳴る警報音。
どうやら捉えられたのはこちらであったらしい。
接触した瞬間、何らかの方法でメインカメラを潰されてゼロ距離の射撃を食らっているようだ。
「ああ。」
コックピットの装甲が砕けて剥がれる。
破片が体を貫く感覚。
いつのまにか自分の腕は激しく緊急離脱用のスイッチを叩いていたが、起動するはずもなく。
自分の両眼が次に光を捉えた瞬間。
自分の頭ほどある黒い穴が、私の頭蓋を。
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『直方!やったか?』
『はい。思ったより大したことなかったですよ。機体の腕を持っていかれましたが。もしかしたら舐められてたのかも。それより、やっぱり敵の機甲兵は前線に張ってるみたいですね。第一艦隊も限界でしょう。こっちは置いておいて、急いで向かいましょう。』
凄い。と思った。
初めて見るネームド同士の戦闘。
終わるまでは一瞬だったけど、その一瞬の中には物凄い読み合いと激しさがあった。
あのスピード感に自分が付いていけるとはどうしても思えない。
避けるだけでも一苦労で、最後はミンチだろう。
その時、通信が来た。
考え得る限りの最悪の報告だった。
『第一艦隊が壊滅した。旗艦の滅紫は沈没が始まっており、総員退官令を出している。』
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-第一艦隊旗艦『滅紫』艦橋-
「す、凄いですな。彼は。」
斑鳩副司令官は感嘆の声を漏らす。
「正に、、獅子奮迅とはあの事だ。」
島守総司令官も目の前で起こるそれに、目を見開く。
飛び出した枕木前夜とその一隊は、迫り来る(あるいは掴みかかって)機甲兵と戦闘機を文字通り斬り伏せ、蹴落とし、千切っては投げ、千切っては投げの応酬で大暴れしていた。
その勢いは凄まじく、敵航空部隊は撤退し、甲兵部隊は及び腰になり、艦船は一時的に攻撃を止めるほどだった。
『おらおら!来いよ!クソ雑魚共が!』
声を張り上げ挑発する。
そうして釣られて、躍起になった敵機甲兵は破壊されていく。
王手を掛けた筈の中国軍は、肝心の王将を前にして連携を乱し始めた。
しかし、たかだか機甲兵の一隊が変えられるほどの戦局は、この場には存在しない。
現実は劇的ではなく、常に都合が悪いものだ。
「艦長!」
後ろから声が飛ぶ。
「船体が!傾き始めています!!」
「何?!」
「ゆっくりとですが!左舷側に毎分0.1°〜0.3°ずつ!」
「斑鳩副総司令、、」
「総司令官。これは、、」
眉間に皺が寄る。思わず俯きたくなる。
それを堪えて、小さく呟いた。
「タイムアップだ。」
そうして目の前のマイクを手前へ持ってくる。
『全艦及び総員に通達。これより本艦は沈むことになる。故に、、ここに総員退官令を発する。これは絶望ではない、終わりではない。総員、必ず生きて、次へと繋げ。』
静かで、厳か。それでいて覚悟とその重みを滲ませるような放送が短く響いた。
「た、退艦!」「総員退艦ー!」
艦のあちこちで声が上がる。
「ボート足りません!」
「とにかく海に飛び込め!」
その喧騒のなか、艦長席で微動だにしない島守総司令官。彼はもうそこを動くつもりは無かった。艦と一体になったようなその様子は、何をするつもりなのかを周囲のものに暗示していた。
「何をしている。君達も退艦せよ。」
艦橋に残っているクルーに静かに命じる。
「艦長権限で操縦権を私の席に移譲した。君達の仕事はもうない。斑鳩副総司令、君もだ。」
そう言って隣に立つ斑鳩副総司令官を見遣る。
「そうですね。ではそうさせていただきます。こんな所で死にたくはない。」
「そうでしょうな。早くお行きなさい。」
「島守艦長、嫌いでしたよ。」
「知っている。」
「お人よしで、才能があって、欠点がない。」
「あぁ。」
「憎らしいったら無いですよ。」
「あぁ。」
「あなたがいたから出世できなかった。」
「それも知っている。」
「ただ、色々と学ばせていただきました。そこは感謝したい。」
「そうか。」
「お努め、ご苦労様でした。」
そういって斑鳩は深々と頭を下げた。周囲の士官達も敬礼をする。
斑鳩副総司令官らが退艦を完了するのを確認すると、目の前のレバーに手をかける。
「全速前進!」
誰も居ない艦橋に響き渡る声。
そして旗艦は最後の仕事を行う為、傾きつつあるその巨大な体躯をゆっくりと前に進めた。
勝利を確信し攻撃を止めていた中国軍が、前進する瀕死の巨艦に気付いたのか、攻撃を再開した。艦のあちらこちらから、破裂音やら、隔壁が破れる音が聞こえる。しかし止まらない。与えられた最後の使命を全うする為、艦は進み続ける。
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-旗艦『滅紫』上空、枕木隊(臨時編成)-
「ジジイ!おいジジイ!聞こえてねえのかこのボケナスがぁ!!」
枕木前夜は叫んでいた。凄まじい砲撃、雷撃の中、真下を進む死に体の艦。既に中に人は無く、攻撃能力も失った筈のソレは前に向かって動き続けている。まるで幽霊船の様に。
つまりそれは、臨時の艦船操作が可能な艦長が居残っている。ということだ。
「糞!答えやがらねぇ!」
『枕木隊長!撤退しましょう!本部からもこの海域の全ての部隊に撤退命令が出ています!』
「わーってる!だがよ!俺らが誰の為に命散らしたと思ってんだこのスットコドッコイが!」
個々の戦力で中国軍を圧倒していた枕木の隊も、残りは既に5名になっていた。
「意味ねーじゃねえか!」
『意味はあったぞ枕木前夜。』
突然の通信。
「その声、テメーは、、」
忘れるはずは無い。取り繕った温厚さ、その奥にある人を食った様な、嘲るような本質。
「日出春樹ィ!!」
『一応階級は私の方が上だ。出来れば暴言は謹んでもらおう。』
「知った事か!テメェ今まで何してやがった!!お前んとこの艦隊はお飾りかよ!」
『だから今から仕事をしようと思ってな。』
「はぁ?!遅えよ!もう撤退命令は出てんだ!」
『戦略的撤退だよ。文字通りのね。』
何言ってんだこいつは。悠長なこと抜かしやがって。もうこっちは負けてんだ。
『今から盤面をひっくり返す。よく見ておくといい。随分荒っぽいやり方になるがね。』
「何を言ってやがる。」
『第一スマートじゃない。しかしまあ勝利を手にするにはこうするしか無い。うん。だからそのために、島守総司令には人柱になってもらう。』
「おい」
『君も随分役に立った。敵部隊を戦場中央に引きつけてくれたろ、あれは大手柄だ。お陰で次の作戦にスムーズに繋げられる。』
「おい聞いてんのか。」
『故に用済みだ。さっさと撤退したまえ。巻き込まれるぞー』
「聞いてんのかって言ってんだよ!!」
『あぁ。聞こえているともしかし今君にいちいち応対している暇は無い。当然質問にも答えられない。命令は伝えた。君は問題児だが使えるタイプの問題児だ。ここでくたばってもらっては困る。それではよろしく。』
「おい言いたい事言ってーって、切れてやがる、、クソ、何がどうなってやがる。日出の奴、何をするつもりだ?」
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-第三艦隊臨時先遣援護部隊(直方班)-
『撤退?それはどういうことですか?』
『わからん。ともかく第一艦隊の援護はもういい、すぐにその海域から離れろ。』
『つまり第一艦隊は、、?』
『あぁ、捨てるしか無い。というか、元より手遅れだったのかも知れん。』
『我々は負けたのですか?』
『そのようだ、今の所はな。』
『今の所?』
直方隊長と遊佐総司令官が話している。
どうやら第一艦隊は敗北し、旗艦は沈没しかかっていると。そして司令部はこの状況を変えるために隠し球を出すようだ。そのために僕たちは撤退しなければならないそうだ。
『命令ならば従いましょう。』
『そう言ってくれると思っていた。速やかに行動してくれ。』
『承知しました。』
『聞いていたな?これより我が隊は速やかにこの海域を離れ、既に撤退を開始している高速艦に合流する。』
『『了解』』
しかし逆転の一手とは一体なんなんだろう。
主力艦隊は崩壊して、敵は半数近くが無傷と聞いている。そんな状況を好転させられる一手って、、。
いや、見当もつかないし、考えてもしょうがない。
しかし、また生き残った。
なんだかんだでパイロットやれてるなぁ僕。
これからどうなるかわからないけれど、とにかくがむしゃらに付いていくしか無い。
とか思っちゃう自分に怖い。
完全に戦場に順応しかかってる。
あんなに凄惨な戦闘を見たのにも関わらず。
あぁ、今回の戦闘、何人死んだんだろ。
『九条!』
「はぁい!!」
日下部副隊長の怒号で我に帰る。
『話聞いてんのか!』
「すいません聞いてませんでした!」
『ったく、貴様行きの時も高速艦の設備破壊しかけたんだからな!ぼうっとすんな!慎重に乗せろ!』
見ると、既に高速艦に追いつき、取り付かんとする場面であった。
危ない危ない。
『九条君は集中すると周りが見えなくなっちゃうタイプかもね。』
『訓練過程の時も、現地で縄を調達する訓練みたいなのやったんすけど、縄編むのに熱中しすぎて大隊で大縄跳びできるくらいの長さになってましたよ。』
「流石に大袈裟すぎだよ、、」
負けたばかりだと言うのに緊張感無さすぎだなと思ってしまった。僕もだけど。
そんな話をしている時だった。
遥か後方で、何かが光った。
『あれが起死回生の一手ってことか、、?』
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-中国北洋艦隊旗艦『玄武』艦橋-
「リュウ副司令。北京へ例のミサイルが発射された場合の予測弾道出せました。予測によると、ここから迎撃ミサイルを発射すれば、打ち上げ三秒後の地点で破壊できます。」
「よし。ミサイル一本でどうにかしようとする敵の浅はかな思考を破壊してやる。それはそうと、、前線はどうなっている?」
「死に体の敵軍旗艦にどの艦艇がトドメをさせるか決めるために無駄弾を撃ち続けています。大方余興のつもりでしょう。結果的に出遅れる形となった東洋艦隊なんか、かなり躍起になってますよ。」
「馬鹿どもめ。こっちがこれだけ大変な事態になっているというのに。」
「はて。前線の艦隊に知らせてない副司令もてっきり手柄が狙いなのだと思っていましたが。」
「馬鹿を言うな馬鹿。知らせてもし不審な挙動をされれば、敵の作戦が変更されるかもしれんだろ。そうすれば水の泡だ。」
「なるほど、さすがはリュウ副司令だ。」
「今更持ち上げても何も出んぞ。」
「しかし大丈夫ですかねぇ。前線の艦隊。あんなに一箇所に集中したら味方に弾が当たりそうですが。」
「当ててろ!そして全員降格処分になればいい。」
「そうなれば副司令もようやく艦隊司令官ですな。」
「、、、そうかもな。」
その時、ふと不安がよぎった。
"前線の艦隊の集中。"
「引っかかる」
「え?」
その時、声が上がる。
『敵艦隊、ミサイルらしき熱源体を射出しました!』
今考えている時間は無い!
「迎撃ミサイル発射!」
「発射!」
敵艦隊はミサイルの射程が北京にギリギリ届く位置にいる。=北京を狙っているとはならないのでは?その位置どりがそれを読ませる為のブラフだとしたら?そもそもこれまでいくらでも撃つチャンスがあったのに打たなかったのは何故だ?真の狙いは?
まさか、、、
「まさかそんな事が!」
『艦橋へ報告!敵ミサイルの撃墜に失敗!想定とは逆方向に向かっています!』
「前線の艦隊に緊急で通達!今すぐ艦艇を全て散開させろ!散れ!散れ!敵の旗艦は囮だ!」
『ダメです!前線の艦隊への連絡通じません!』
「畜生が!総員衝撃に備えろ!」
ひゅうと音が鳴った。次の瞬間。
無音と衝撃。前を見れないほどの眩い光。
艦橋の窓ガラスは全て破壊され、鋭利な刃物となって空間を縦横無尽に動く。
小型艦は軒並み転覆し、10メートルにもなる大波が甲板に打ち寄せる。
まさしく地上の太陽。人類の叡智の炎。
紛れもなくそれは記録でのみ確認できる最終兵器。
"核兵器"そのものだった。
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