第34話
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目蓋に突き刺さる陽光に、男は目を覚ます。頭は朧気で、長い眠りから覚めた時のように、今自分が何処の誰なのかわからない。
窓の外を見れば女性の下着を持って走り回る子供を、鎌を持った女性が鬼の形相で追いかけている。粗悪な服を見れば、田舎に近い何処かの町の宿屋の一部屋であることが何となくわかる。
そして、少しずつ覚醒していく意識が自分の存在と意識を失う前の情報を引き出していく。
「あぁ、負けたのか、私は…」
思い出すのは、恐怖という人間の本能を湧き上がらせるドラゴンの巨大な顎。全力を出した魔法だった。炎属性を持つ上級魔法“削り取る火の粉”はドラゴンの咆哮にかき消され、咆哮による莫大な魔力の塊は衝撃となって全身を打ち、気付けば洞窟外に吹き飛ばされた。
何度も洞窟内の地面や壁、天井に体を打ち付けただろう。
「まさか自分の体でピンボールをやる羽目になるとは思わなかった」
「全身打撲、内臓破裂、右腕からは骨が飛び出て左足は爪先がお腹とゴッツンコ、折れた骨の数は如何程か…。
黄泉の国への片道切符は確かにテメェの手に握られてた。
だが残念、ジャックポットには入らず仕舞いだ。マルチボールも引き出したのに残念だったな」
「ピンボールが下手でよかったよ。あれだけ球が用意されていたにも関わらず、ジャックポットに入らなかったのは奇跡に近い。
それにしても、まさか君が私を助けてくれるとは思わなかった。
天使か悪魔かはわからないけどね、スイくん」
「おい、スイくんはやめろ、スイくんは。
俺はポケットに納まる伝説のモンスターでもねぇし、冷凍ビームも撃たねぇ」
「そうだな、私の青春を汚されても困る」
「テメェが言い出したんだろうが…。つぅか同じ世界かよ」
「はっはっは、さぁね、似たような別の世界という可能性もある」
雨傘千里は久しぶり心が暖かくなるのを感じる。
前の世界の話しは悲しくなるからと仲間達との間で禁句になっていたのだ。今まで皆を率いる代表者として戦ってきたが、今は旧友とでも話しているかのような気分になる。
「それで、私を助けた理由と目的を話してくれないかな。
まさか君が物語に登場するヒーローのように、何の見返りもなく私を助けたわけじゃないだろう。
まぁ君は私の命の恩人だ。何でも言ってくれ……いや、まて、やっぱり無しだ。僕のお尻はあげられない。私のお尻は隣のクラスの桜庭さんのものだ」
「誰もテメェのケツの話しなんてしてねぇよ!!
え、なに?!お前には俺がどう見えてるの?!?
つーか桜庭って誰だ!??!」
「むっ、桜庭さんを知らないとは…。
容姿端麗才色兼備、目に光が無く、口裂け女のように口角を吊り上げて笑うのが特徴の女性だ!!」
「後半はただの悪口じゃね?」
好きなのか嫌いなのかわからない雨傘の発言に疲れながら、霧島水は手近の椅子を引き寄せ、音を立てて座る。
「ま、お前を」
「雨傘千里だ。気軽にちーちゃんも呼んでくれてかまわん」
「ちーちゃんを引き入れようとしてんのは正解だ。
自分が何に巻き込まれてるのかは、粗方理解できた。だがこのユグドラシルの契約とやらがどうも胡散臭い。
だから別角度からの情報が欲しい、それが一つ」
「……ちーちゃんと呼ぶのだな…。もう一つはなんだ?」
「…殺したい奴がいる。そいつを殺すのに協力しろ」
空気が静まり返った。
この部屋だけが世界から隔絶されたように、異質な空気が空間を支配している。
たった一言だ。それだけで雨傘千里の心中は凍える。その一言に内包された“何か”を理解するには、雨傘千里では幼過ぎる。
だが、それでもわかることはある。目の前に立つ男は、“あの男”だ。彼の立場と状況、戦闘スタイル、そして異世界転移というあり得ない現実を考えれば、あまりにも低かったある一つの可能性は事実に近い位置へと跳ね上がる。
「…断ったら?」
「殺されるとでも思ったか?安心しな。情報共有だけで十分だ。王国の味方をしろとも言わない。
あくまで利害が一致しているもの同士の同盟のようなものさ」
「利害が一致、とは?」
「ちーちゃんも契約については知りたいことだろう?」
「確かに、不可解なことはあり過ぎる」
雨傘千里は自分が転移されてきた時を思い出す。説明された、神々との契約の話し。願いが現実のものとなる夢のような報酬。
「…そんなものは、無い」
静かに告げた霧島水の言葉に雨傘千里は眉間にシワを寄せる。
この世界で生活すればするほど、魔法が、世界が、神々が、そんな単純なものでないと知る。この世界も、前の世界と同様、現実を中心に進んでいる。
「…この世界に来て、皇帝にそう言われた時、私たちは涙を流した。
それは、私たちには叶えなくてはならない“願い”があったからだ。もう無理だと諦めかけていた私たちにとって、その“願い”は、何があっても現実にしなくてはならないものだった」
雨傘千里の顔には騙されているかもしれないという不安も、怒りもなかった。あるのは“覚悟”だけだ。“神の奇跡”がなくとも願いを叶えるという覚悟。
「協力しよう。
私も霧島くんとは話したいと思っていたのだ。色々とね」
雨傘千里は乾いた口の中を潤しながら視線をしっかりと、目の前の男に向ける。この男は加護を持っていなかった。“曖昧”な部分はあるが、少なくとも今は無いだろう。
だと言うのに、戦闘では加護持ちの雨傘千里と同等の戦いを見せた。そして、異常とも言える魔力コントロール。魔球を手足の様に動かす戦闘スタイル。
この世界に来て、他国の歴史や常識は死に物狂いで勉強した。多くの書物を読み、多くの文献を漁った。そして、何度も“それ”を見た。
「“その者、才を無くして、狂気を得る。
数多の絶望を超え、数多の才ある者を砕き、数多の魂を浄化する。
汚れた花は醜いが、宿す魂は美しく輝いている。
空に浮かぶはシャボン玉。美しくも儚いその球は、嵐のように場を荒らし、過ぎて残るは破壊のみ。
過ぎて残るは“血の池”のみ。
紫のように赤く、鈍く輝く血塗られた花の名は…”
頭に刷り込まれるほど何度も読みましたよ。
この世で知らない者はいない、世界最大の秘密組織。魔力を扱う者、魔法師、魔術師、魔道具師、魔術治癒師、魔法薬学師、誰もが一度は入ることを夢に見る。
その中でも貴方は全魔力弱者の夢だ。
聖フィオーレ教会六花強襲部隊隊長。
名は
雨傘千里は冷や汗を流しながら、それでも目の前の男から目を逸らさない。加護の有る無し関係ない、本物の化け物集団の一人。
表情が変わったわけではない。男を取り巻く雰囲気が変わっていく。気怠く、親しみ易い青年の雰囲気は消え、雨傘千里の身体全身に圧力のようなものが掛かる。
「…辿り着くのはそこか。確か、聖フィオーレ教会はゴーラ帝国の近くに位置していたな」
目の前に座る男は優しく笑う。すべてを委ねてしまいそうになる身体を、自然と頭を下げ手を組み祈りを捧げてしまいそうになる身体を、雨傘千里は拳を握り締めて耐える。
「よく、わかったものだな。驚いたよ」
その顔は、霧島水でもなく、勇者と共に旅をしたスーリエのものでもなかった。
嘗て勇者の仲間だった俺 淀水 敗生 @yodomizu_hai
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