エピローグ

 疲れ果てとぼとぼと歩いていくガストンのまわりが急に暗くなる。見上げると、頭上に鈍く銀色に光る宇宙船の腹があった。

「お疲れ様です、ご老人。回収しますが、この船の牽引光線トラクタービームは人間には使えません。かわりに、担架を降ろします」

 若い女の声。オリヴィアの声ではなかった。乗っているメイドが喋ったのだろう。

 宇宙船の真下にあるシャッターが開き、厚い布がふわりと降りてきた。それに続いて大勢の蟷螂人間マンティスターたちが背中の透明な羽をつかって降下してくる。

 ガストンを布の中央に寝かせると、蟷螂人間は布の端を持ち飛び上がった。彼らの飛翔能力はさほど高くないが、大勢でかかれば一人ぐらいは運べる。

「すごいな、あんたら。俺たち王国の人間には真似できねえ」

 カテル隊長に話しかけたガストンだったが返事はなかった。羽で言葉を発するのだから今は話すことはできないのだ。表情を読もうにも逆三角形のその顔には常に何の表情も浮かんではいない。

 ガストンはハッチから続く船内格納庫に通された。用意された椅子に座り、待っていると、再びハッチが開いた。

 ガストンに続いて、牽引光線トラクタービームを使って機械人形たちが回収されていく。レーザー光を走査させ、特有の反射を探知するセンサーでオリハルコンを探しあて、局所重力軽減光線で宇宙船に吸着させる。

 吸着された巨大機械人形の残骸や動かなくなった機械仕掛けの少年イースはガストンと同じく船内格納庫に収容された。回収僅かな時間で作業は完了した。

「手際がいいな。てっきり鉄くずは捨てて帰るんだとばかり思ってたが…」

 ガストンは近くにいたメイドに話しかけた。しかし、彼女は黙っている。その表情は硬く冷たい。

「何か、オレ悪いことしたか?」

 言っても返事はない。そこへオリヴィアがやってきた。

 宇宙船のなかで待っていたオリヴィアの口から発せられたのは、慰労や感謝の言葉ではなかった。

「ジジイ! なぜ、うちの家宝の機械人形たちを無駄にしたのか!!」

 怒声が船内格納庫にこだました。

「何のことだ」

 先程のメイドのよろよそしい態度も同じ理由に違いない。

「ごまかしは効かない。記録が残っているからな」

 オリヴィアがガストンを睨む。

「なんだよ、こりゃ。軍法会議か? オレはクエストをこなしただけだぜ」

 ガストンが言ってるさなか、船内格納庫の壁に先程の魔王との戦いの光景が投影された。音声もついている。

「限界までひきつける。堪えろ、坊主!」というガストンの声の後、不自然に間が空き、巨大機械人形ダンガルは反撃することなく魔王に左腕をねじ切られてしまう。

「なぜ、一方的な攻撃を許した。ここで押していけば無傷で勝てたのではないか」

「油断を誘ったから勝てたんだ。それに、デカブツには消えてもらう必要があった」

「なに!?」

「あんたが王国の黒幕で、魔王とだって互角に戦える武器があるのを知ったらどうする? しかも偽物の頭だったとはいえ今回は勝ってるんだぞ」

「それは…」

「力づくでも奪いに行くだろう。今のワイズマン家は王国にとっての脅威だ。国盗りをする気がなけりゃ、余計な戦力は捨てちまったほうがいい」

「余計なとは…」

「強すぎる力は持ち主を不幸にする。このピカピカの船も隠したほうがいいかもしれねえな」

 ガストンはそこでオリヴィアの顔をじっと見た。

「つくづく食えないジジイだな、お前!」

 そう言って、オリヴィアは格納庫を出ていった。

「オレに限ったことじゃない…」

 あんただって、相当に食えないヤツだぜとガストンは思ったがそこまでは口にはしなかった。

 今までの疲れがどっと出てきた。槍を床に置き、近くにあった粗末な椅子に腰を降ろす。ガストンは腕組をして銀色の壁をぼんやりと眺めた。宇宙船は錬金術都市へ向かっている。向こうにいるララノアとソフィアのことを考えてやらなきゃならない。

 何から手をつけるかとガストンは考えたが、もう頭はうまく働いてくれなかった。疲れすぎているからだ。

 こんなとき冒険者ならどうするか。決まっている。所構わず眠るのだ。

 ガストンは目を閉じる。眠りはすぐにやってきた。思考は散りじりとなり、混沌がすべてを飲み込む。

 眠りのなかでは見知らぬものが身近に感じられるときがある。まるで旧知の間柄であるかのように。老人はいまドラゴンの夢を見ていた。

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パーティを定年退職させられましたがまだまだ冒険者やってます プラウダ・クレムニク @shirakawa-yofune

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