最終兵器「ガストン」


飛翔爆弾ミサイルが魔王の肩に着弾し爆発する。しかし、生まれた赤い炎は魔王の身体に吸い込まれすぐに消えてしまった。

 舌打ちするガストン。それに続けて言う。

「機械坊主、あいつは炎の化身だぜ。火攻めではたおせねえ」

 幼い頃から見知っており魔王のことはよくわかっている。逆に自分の後に控えている機械仕掛けの少年がなぜ無駄弾を撃つのかとガストンは腹がたった。

「わかっています。炎のなかに仕掛けがしてありまして…」

 とイースが言う。

「仕掛け?」

 その効果は誰の目にも明らかな形で現れた。魔王の動きが止まったのである。それだけではない。肌も装束も灰色に染まって石のようになった。

「奴が吸い込んだのは燃料と酸素と熱でできる『物理の炎』です。それは『魔法の炎』を糧とする魔族にとっての毒。これで終わりです」

 イースは勝ち誇ったように言った。

「終わったかどうか、ちゃんと見ろよ」

 不機嫌さを顕にしたガストンの声が響く。コックピットに吹き込む風の音に負けないよう怒鳴り声に近かった。

 石化していた魔王の身体の表面にヒビが入ったかと思うと、亀裂から色鮮やかな七色の炎が噴き上がる。魔王は再び動きはじめた。

「ふりだしに戻ったな」

 つぶやくガストン。

「機械坊主よ、この大きな人形にほかに仕掛けはあるのか。ヤツを本当にぶっ潰せるようなやつがよ」

 手札を見ずに勝負したんでは勝てない――もっともガストンの場合、博打にはまったく勝てた験しがないのだが――自分の状況を正しく把握しておく必要があった。

飛翔爆弾ミサイルはあれっきりです。白色光線ホワイトレーザーはほぼ無限に発射できますけど、1分以上の連続発射はできません」

 イースが武器の状態を告げる。

「つうと、結局、ずっと使える武器は槍だけってことか」

「そうなります。そして、あいつにとどめを刺せるのも槍だけです」

「空飛ぶ船に武器は?」

「武器は皆無です」

「ありがとよ。だいたいわかった。『剣の切れ味を確かめてから、ドラゴンを狙え』ってな」

 ガストンは小声で言う。そして、思うのだ。ドラゴンに関する格言は多いが、誰が本当のドラゴンを見たことがあるんだと。

 人の類だけを殺しまくる魔族やその王である魔王はいても、ドラゴンばかりは昔話にしか登場しない。南部の森に棲むトカゲの親玉はリザードキング。だけど、奴らはただの大トカゲにすぎない。魔法を操り、空を飛び、知略に長けたドラゴンとは別物だ。

「お前も誰も知らない地の底に隠れていりゃあ、いいものをよ。なんで毎度出て来なきゃならねえんだ」

 ガストンは目の前にいる魔王に言い、槍を構えなおす。黄金の巨神がガストンを真似て巨大な槍の先を魔王に向けた。

 魔王はすでにガストンめがけて襲いかかってきている。

 イースが指一本動かすことなく、魔王に向けてダンガルの白色光線ホワイトレーザーを発射した。イースの背中にあるコネクタは椅子に埋め込まれたプローブを介してダンガルの人工神経回路に接続しており、思うままに操ることができる。槍の技量は達人であるガストンに敵わなかったが、それも今回だけの話。今回の戦闘データはすべて記録されており、それを分析して組み直せば、イースとダンガルはガストンを超える槍の達人へと変貌する。それはワイズマン家が魔王を超える戦力を持つことも意味していた。

 白い光線が魔王の身体に穴を開ける。しかし、それは次の瞬間には塞がった。全身にかかった魔法によるものである。細胞のひとつひとつに優先度最大の魔法がかけられているのだ。

「お前が狙うのは首だけだ。あの作り物の頭を切り離せ!」

 ガストンはイースに命じる。

「すぐには発射できません」

 イースが言う。

「わかった。待つよ」

 それだけ言うとガストンはただ槍を構え続けるだけで何もしない。

「あっ、あの…」

 イースは慌てている。

「手足は任せろ。飛ぶやつと光るやつだけだ、お前の仕事は!!」

 とっさにイースはダンガルの制御を奪おうとしたが、ガストンは身体を固くしてそれを許さなかった。

 魔王がガンダルの左腕を掴む。尖った爪でもオリハルコン装甲は傷つけられなかったが、握力で変形させることはできた。金属が軋む嫌な音が響く。

「早く反撃を!」

 イースが叫ぶ。その声はコックピット前面の拡声器から響く。ダンガルと一体化したイースは自分の身体以外からも声を出すことができた。

「限界までひきつける。堪えろ、坊主!」

「は、はいっ…」

 答えるイースの声がひきつっている。パーツの変形、損傷は彼には痛みとして知覚されるのだ。

 爆発的な破壊音がした。ついに魔王はダンガルの左腕をねじ切ってしまったのだ。

 もはや頼みの槍も右腕だけで使うしかなくなった。

「ひいっ…」

 イースの声がコックピット内の拡声器から漏れる。ガストンの後にいる本体は微動だにせず、ダンガルの小さな頭部には目の働きをするカメラがあるだけなのに、その声は確かに歯をくいしばっているように聞こえた。

「そろそろピカッといってやれ!」

「秒読み開始します」

 イースが言い、やっとガストンは槍を引く。カウントダウンは続いた。

「5」

 魔王が開いているコックピットに気づき手を伸ばしてきた。

「4」

 指先が数本のロックボルトで留められたコックピットに侵入する。

「3」

 爪の先がガストンの目前を掠めていった。

「2」

 魔王は両手の指先をコックピットに入れロックボルトを外しにかかる。

「1」

 ついにロックボルトが外されてしまった。

「発射!」

 イースの声とともに、黄金の巨人の肩から白い光が放射される。その光は魔王の首を横真一文字に繰り返し薙いでいった。

 魔王の仮初の首と胴体が切り離された瞬間、ガストンは魔王の心臓めがけて槍を放った。魔族の再生を阻害するオリハルコンが鱗の生えた皮膚を裂き、肉を穿ち、骨を溶かしていく。そして心臓に到達した穂先は心筋を破壊していく。脈打つ速さで黒い血液を噴き出しながら魔王は大地に向かって倒れこむ。

 ガストンはもう胴体のほうには目もくれず、魔王の頭に一撃を加える。

 巨大な金色の槍は頭をかすめ、耳の上に傷をつけただけだった。

「動く的に当てられるほど反応は良くねえってことか…」

 ガストンの動きを模倣するダンガルだったが、巨大な身体を動かすために若干のタイムラグがある。

 魔王の頭は元のレブナント、バーク・ラズモフスキーの動く死体の姿を取り戻した。

「やれやれ、しぶといな、あんたも…」

 ガストンが言ったその時、外から丸見えになっているコックピットに風が吹き込み、剥き出しになっていた電線に青い電気の火花が走った。そのとたんにすべてのランプが消え、ダンガルは大地に膝をつく。あとは、もうどうしても動いてはくれなかった。

「機械坊主。おまえは大丈夫か」

 振り向いてガストンが言うが、機械仕掛けの少年、イースは何も答えず、身体を動かすこともない。

「おまえまで壊れちまったのか…」

 ガストンはコックピットから出て、ダンガルの身体と脚を伝って地面に降りる。もとからそうするように作られていたのか容易く地上まで行き着くことができた。

「すげえな。魔王に負けなかったぜ、この機械」

 金色の巨体を見上げてガストンはつぶやく。

「貴様は自分が何をしたか、わかっているのか!」

 騎士団の団長ギルバートがガストンの背後から声をあげた。

「ああ、わかってる。魔王を撃退し、世界に平和をもたらしたんだ」

 ふりかえってガストンは答えた。

「あの魔王は王国の戦力になりえた。そうとわかっていてやったのだろう」

 ギルバートが剣を抜く。消し残った王家の紋章が柄に見えてた。

「あんたもバークと同じく王家の特命を受けてやってるんだろう。お務めご苦労さま。だけどよ、魔王を武器として利用しようだなんてうまくいきっこないぜ」

 ガストンは言う。

「われわれは先の魔王大戦が始まる前から綿密に計画し、緻密にそれを実行した。すべての結果は予想の範囲内だ」

「ほお。バークが生きる屍になることもか」

「さよう。魔王の身体は人間には操れぬが、人ならざるものには…。そして、人にあらざるものにして、人の記憶を持つ者は。そして、それを作るためにはどうするか。死体も甦らせると言われた回復魔道士バーク・ラゾモフスキーに特命を与え、魔王とともに封印した。変化を信じてな。ガストン、おぬしが余計なことをしてくれたことだけが悔やまれる。今回は魔王の力を奪取することができなくなった。しかし、次がある。お前は王家に仇なしたものとしてここで死ぬのだ。戦いに疲れ果てた槍の老人よ。これもすべて我らの計画のうち。予想の範囲内の出来事だ」

 ギルバートが剣を振り上げた。

「そうかい。じゃあ、いまお前さんの後にバークだった者がいるのも予想の内だな」

 ガストンがそう口にした瞬間、ギルバートの首筋に下顎が胸まで外れ、長く牙を伸ばしたレブナントが喰らいついた。頸動脈が切れて鮮血が噴き上がる。

 レブナントが盛んに顎を動かすせいで首と胴体はすぐに別れた。もう、ギルバートが絶命しているのは言うまでもない。

「ガストン」

 首の断面からギルバートを齧りながらレブナントが言う。

「なんだよ」

 槍を構えながらガストンが答えた。

「バーク・ラゾモフスキーの記憶は私に言わせる。その槍で一思いに殺してくれと」

「ああ、そうかい」

 言って、ガストンは槍を引こうとする。

「しかし、レブナントとしての私は生きながらえたいと思っている。この男だけでなく、お前も、この場にいない自分の娘もみんな食っちまいたいとも思っているのだ」

「なるほどな」

「だから、ガストン。私はお前と戦う。私が勝ったらそれまでだ。レブナントとして生きていくしかない。しかし、私が負けたら、娘であるソフィアにはこう伝えてくれ。父は最後に人間らしさを取り戻し、自害したと」

 そこまで言うとレブナントは顔をあげ、血だらけの口を拭いもせずにガストンの顔をじっと見た。

「なんにしたって、お前しか得しない賭けみたいに思えるな」

 ガストンが口にする。

「古馴染みの最後の願いだと思ってはくれないか、ガストン」

 かつての友であるバークの顔をした怪物が言う。やっと口のまわりを拭って立ち上がった。

「わかった。賭けに負けるのは毎度のことだしな」

 ガストンは言いレブナントに正対した。

 次の瞬間、ガストンのオリハルコンの槍はレブナントの心臓を貫いていた。突き抜かれた心臓は背中で瘴気をあげながら消滅していく。そして胸に空洞ができた。

 レブナントはガストンに最後の挨拶をするように軽く手をあげ、次の瞬間、前のめりに倒れた。倒れる間にも分解が進み、地面には汚れた襤褸だけが残った。

「もっと早くこうしてやれれば良かったな。さらばだ、我が友。安らかに眠ってくれ」

 ガストンは槍を担ぐと、きびすを返す。あとに残された襤褸は散りじりになり、吹いてきた風に舞って荒野に散っていった。

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