「巨神」対「魔王」


 魔王の一撃。渾身の力を込めて打ち出された右掌底打ちはダンガルの左胸に当てられた。火花をちらしながら金色の装甲板が砕け飛ぶ。そして、コックピットのドアまで外側に弾け飛んだ。ビービーと警報音が鳴り、赤いランプが点滅を始める。

 とっさにガストンは槍で魔王の腹を突いた。黒い血を流しながら魔王は飛び退く。

 地上では相変わらずギルバートが何やら叫んでいたが警報音がうるさくてもうガストンの耳には入ってこない。

「なんと、こりゃ、ずいぶんと安普請やすぶしんじゃねえか!!」

 肉眼で魔王と外の夜闇を見ることになったガストンは大声を出さずにはいられなかった。

「緊急脱出装置が働いちゃいましたね。こうなったら脱出するのが普通です」

 機械人形のイースが平然と言いのける。彼にとってそれは規定の手順にすぎなかった。

「脱出ったって落ちたら生命はねえぜ、高さがさ…」

 肉眼では巨大機械人形の足元は見えないが、開いた扉から吹き込むあまりにも強い風のせいで出ていったらどうなるかは想像できた。冒険者でも余裕で死ねる高さだ。

「人間に重力制御はできないんでしたっけ。いま、落下傘らっかさんとか射出座席の復元が間に合わなったので、梯子はしごで降りるしかないんです」

梯子はしごなんてここにゃ、ありゃしねえよ!」

「じゃあ、僕と一緒に降りるんですかねえ」

「ん、お前と一緒なら降りれるのかよ」

「ええ。これでも重力制御と慣性制御の装置は内蔵してますから」

「ああん、そういう専門用語は意味さっぱりわかんねえ。お前に抱っこしてもらってれば、ひらりと着地できるってことでいいのか?」

「はい。そのとおりです。べつに抱きかかえる必要もなくて…」

 さらに説明しようとするイースをガストンが遮る。

「細けえことぁいい。逃げれるんならな」

「今すぐ逃げますか?」

「いいや、後だ。まわりが明るく見える魔法はねえか?」

「暗視鏡を下ろします。これは魔法ではなくて…」

「説明は要らない。早くだ!」

 今日初めて会った老人に強い口調で命令されて後席で一瞬ふくれ面をするイース。しかし、ガストンの要求にはちゃんと応えた。操縦席の上部から細い機械の腕に支えられた双眼鏡が降りてきたのである。

「それを覗き込んで、ベルトで顔に固定してください」

「あいよ」

 初めての機器だというのにガストンは器用にそれを顔に取り付ける。眼前に昼間の明るさをもった景色が映し出された。

 魔王が仕掛けてきた。今度は炎の矢の連射と掌底、膝蹴りのコンビネーション。ダンガルは背中の噴射で姿勢を変えて矢を躱したが、それは魔王、バークの仕掛けた揺動だった。膝蹴りで衝撃を与え、開いたコックピットに手を伸ばして、ガストンを引っ張り出そうとする。

「なんか攻撃しろ坊主!」

 ガストンに言われてイースはダンガルの背中にある発射装置から白い光線を放射させる。光線は素早く魔王の左肩から入り袈裟懸けに右腰までをいだが、速すぎて皮膚を焦がしただけだった。ただし、虚を突かれた魔王は驚き、大きく後退。遠くから様子見をはじめた。

「坊主、次はやつの首を落とせ。オレは心臓を突く。同時に潰してやらねえと仕留められる相手じゃねえ」

 言いながらガストンは魔王の力の源泉について思いを馳せる。無限の再生能力を作り出すのが心臓。人智を超えた戦略・戦術を立案実行するのが頭だ。ただし、今はレブナントの一度死んだ頭がついているから、切れ味は鈍い。

「近づいてきたら、ありったけの武器で攻撃しろ。あと開いた扉のかわりに何かねえか、落とされたくねえ」

 高所恐怖症がガストンの脚をすくませていた。

「ロックボルトで閉鎖します」

 イースが言うと金属製の棒が数本伸び、ドアがあった場所を遮った。これで身体が外に飛び出すことはない。

「まだ瘴気しょうきが入るな」

 ガストンはとっさに判断して不満を漏らす。

「では、防毒面ぼうどくめんをどうぞ。鼻と口を覆ってください」

 頭上から透明なチューブのついたマスクが降りてきた。ガストンはその形状から上下を察してきちんと装着した。

「勘がいいんですね」

 イースは感心して言った。

「機械から勘がいいなんて言われたかねえな。似たようなものを見たことがあるだけだ」

「似たようなって、どういうものです?」

 イースがガストンに尋ねようとした時、外部マイクが拾うギルバートの叫び声が大きくなった。

「戦いは無意味です。あれは使命を達成したバーク・ラズモフスキー。我らが同胞です。我々はついに魔王の力を手に入れました。この力があればエルフにもオーガにも、昆虫どもにも負けない。われわれの王国が世界を支配できる!」

 ギルバートの弁を聞いたガストンは、自分には理解しがたいと思った。我が身一つと目に映る範囲の人たちを助けること、いつもガストンが考えているのはそれぐらいのことだ。国家天下のために戦ったり、仕事してきた覚えはなかった。他国人を敵視する習慣もないから、エルフのララノアは長らく旅の仲間としてつきあっていた。昆虫人間ともつきあえなくはない。むしろ誰かを支配しないほうがいいんじゃないと思えるのだった。それはガストンにとってあまりに面倒くさいことだった。

「だから、この機械仕掛けの巨人の力など要らないのです。すぐに降りてください。王国の巨人は一体でよい。二体いれば災いの火種となりましょう」

 ギルバートは本気でそう思っているようだった。暗視カメラがとらえた表情からそれが見てとれた。

「って、言ってるわけだけど、お前はどう思う、あのおじさんの意見さ」

 ガストンは尋ねる。

「ワイズマン家が持っているものを何の代償もなく捨てさせようなんて、どういう了見なんでしょうか。従えるわけがありません」

 機械仕掛けの少年は答えた。

「なるほどな。オレはよくわからねえんだ。考えるのは得意じゃない。面倒くせえから、こいつで魔王をぶっ潰してやろうと思う。厄介払いだ」

 ガストンは言う。

「やっぱりそうなりますよね。やりましょう!」

  イースが言ったとたん、ダンガルは背中の武器庫から無数の飛翔爆弾ミサイルを発射した。その目標は魔王。最後の戦いの火蓋が切られたのである。

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