塗り潰された紋章

「魔王の血で物理拘束ができるなんて思ってもみなくて…。でも、物理層ならこっちで対処できます。ご安心ください!」

 機械仕掛けの美少年イースの顔の前に半透明な表示版が現れ、視線に合わせてスイッチが操作された。瞬時に巨大機械人形ダンガルは反応し、左右の肘から鋭い光を発する。

 絡みついていていた魔王の黒い血は光の短刀で切断され、ダンカルは自由を取り戻した。

「ワイズマン家に伝わるオリハルコンが魔族に有効なのはただの偶然。しかも、その効果はまじないそのものだそうですよ。ずっと研究しているけれど、物理層での機序はまったくわからないのだとか。こういうのって、面白いですよね」

 イースが言う。

「難しいこと言うな! 意味わかんねえんだよ!」

 狭い操縦室に響く老人の怒号。しかし、それは決して外に漏れることはない。操縦席のまわりにある真空層と空間断層が内外を完全に隔てていた。

 しかし、こうした機構の存在や、それがどのようにして実現されているかなどは、もとより中にいるガストンには微塵も興味がないことではある。ゆえに、ダンカルは練度ゼロの老人でも操縦できるように作られていた。

 金色の機体は整備不要なほどに自律しており、少年の姿をした機械仕掛けの副操縦士が火気管制や慣性制御を行うことで、操縦者はただ身体を動かすだけで、神をめざしてつくられたこの巨大兵器を思うままに操れるのである。

 いま、ガストンの眼前の景色は、空中で浮かびながら再生を続ける魔王の身体と、その足元で魔王の再生を促しているのであろう黒装束の魔道士たちの姿であった。魔族に対して回復魔法をかけられるものは多くはいない。人間に対して行う術式をそのまま使えば、魔族の身体は急激に弱まり、状態によっては滅ぼされてしまう。巨大機械人形のガラス質の眼は黒装束たちの衣装の細部まで捉えていた。明らかに紋章があった箇所が塗りつぶされている。その塗りつぶされようで元は何が描かれていたか分かってしまう雑な作業だ。そうした紋章をガストンは最近、見たことがあった。墓守の町にきた黒騎士たちだ。

「機械坊主よ。魔道士の衣装に何が書いてあったか分かるか?」

 ガストンはイースに尋ねる。

「輪郭から類推。バラの花が五輪。ワイズマン家に送られてきていた脅迫状にあったものと特徴が一致。王家の紋章と一致……」

「おお、頭は悪くねえようだな」

 言いながらガストンは、本当に逆賊になっちまったと、うら悲しい気分になった。若い頃に槍の大会で優勝してもらったオリハルコンの槍で、今は王家の企みをぶち壊しにしようというのだ。

「待たれよ!」

 コックピットの外から声がした。巨大機械人形ダンガルには様々な音声から重要と思えるものだけを拾い上げ、操縦室に通す機能がある。いまピックアップしたのは大型の黒馬にまたがる騎士のものであった。騎士が面を外す。ダンガルが重要な情報と判断し、顔を操縦席の表示部に大写しする。ガストンが一度、食事を共にした男の顔がそこにあった。黒騎士団の団長、ギルバートである。

「この諍いは無益です。いますぐおやめください!」

 魔王と巨大機械人形の間に割って入るのは勇気ではなく蛮勇とガストンには思えたが、騎士道精神とはそういう紙一重のものであるらしかった。

「もう後にはひけねえんだ! 巻き込まれねえうちに帰んな!」

 ガストンが喋る声は電気仕掛けの伝声管でギルバートまで届く。

 ガストンとギルバートが言葉を交わした隙をついて、魔王が動いた。果たして、その結果は…。

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