第3話 メイド長

 冷たい声に、ぎくり、とし、振り返る。

 そこにいたのは、年若い白髪の猫族の娘さん。この前、二十歳になったばかり。

 着ているのはメイド服で、頭にはホワイトプリム。前髪には真新しい黄色のリボンを着けている。

 表情は……ど、ど、どうしよう。とっても怒ってるぅぅ。

 姫様もまた、状況を認識されたのだろう。

 身体を器用に丸められて、僕を盾に。ず、ずるいっ!

 顔が引きつるのを自覚しつつ、朝の挨拶をする。


「お、おはよう。ユキちゃん。今日もいい天気だね」

「…………『ちゃん』?」

「ご、ごめんなさいっ、メイド長! あ、でも」

「言い訳無用! おはようございます――姫様。朝食の定刻は過ぎております。本日は、外国の御客様も御見えになられるますので、正装にお着替えください」

「う~! やっ!! ポロとまだ、パンケーキ食べるのっ!!! ユキは、出てってっ!!!!」

「……パンケーキ?」


 目を細めテーブルの上を確認。

 更に細め、僕を見た。


「……ポロ? どういうことですか?? 今朝の朝食にパンケーキはなかったですよね?」

「え、えーっと……ち、ちゃんと、野菜は食べてくれたし、ほ、ほら、御褒美は必要かな~って、思うんだけど……」

「どうして、貴方はすぐに姫様を甘やかすのですか! …………私には中々、作ってくれないくせに」

「?」「む……」


 メイド長が、何か呟いたような。

 対して、顔を出したフィーネ様の綺麗な黒髪が、魔力に反応して逆立っている。折角、さっき直したのに。

 手を伸ばし、撫でつける。


「ポロ?」

「落ち着いてください。髪が乱れちゃいますから」

「うん♪ …………ふっ」

「!」


 満面の笑みになった姫様が、一瞬、大人びた顔になった。どうしたんだろ??

 後方から、冷気。

 メイド長の絶対通告。


「――……ポロ、後でお話があります」

「ぼ、僕は、特段、何もないかなぁ、あは、あはは」

「私があるんです。フィオジア家メイド長である、ユキ・ヨツキが。……それとも、私とは、話したくもないと?」

「? そんなことあるわけないよ。だって、ユキちゃんだし」


 不思議なことを白猫様が言ってきたので、笑顔で返す。

 今でこそ、立場の違いはあるけれど、この子とも長い長い付き合いなのだ。

 かれこれ、十年近くにはなる筈。

 昔は『ポロ兄様、ポロ兄様』と、凄く懐いてくれていたんだけど……時の流れはなんて非情なんだろう。今では、仕事がとてもとても出来るメイド長様。実質的に、僕の上司となる。

 ここ最近は、酷いことに無理矢理、休日を僕に取らせて、監視も兼ねて、僕が住んでいるボロ屋へ掃除をしに来てくれたりも。

 で、毎回、こう文句を言うのだ。


『まったくっ! 自分の部屋の整理も出来ないようでは御世話係失格ですっ! ……食材も切らしていますね。ほら、行きますよ。荷物は持ってくださいね!!』


 部屋は整理整頓しているし、食材もそこまで切らしては……。

 重ねて言うけど、昔は小っちゃくて、可愛い白猫様だった。

 とっても綺麗にはなったけど、僕には凄く厳しいんだよなぁ……時折、泣きそうになるのは秘密。

 それでも、やっぱり――にこにこ、していると、ユキちゃんが少しだけ表情を緩めてくれた。


「…………」

「む。ポロ、ポロ、そういう笑顔を私以外に向けちゃ、めっ! ユキ、出てってっ!」

「……姫様、お早くお支度を。ポロ、先程のこと、忘れないように!」

「う、うん」


 深々と見事な御辞儀をして、メイド長様は部屋を出て行った。

 ……後で御小言かぁ。

 ユキちゃん、僕には容赦ないからなぁ。

 でも、先日の誕生日に贈ったリボン使ってくれてるんだ。嬉しいな。

 ――右手に痛みが走った。


「! フィーネ様、痛い、痛いですっ! 歯が、歯が食い込んでますっ!!」

「浮気者には制裁! ……ユキ、新しいリボン着けてた!! 普段は、青のやつなのにっ!!! 私に見せつける為っ!!!! とってもいい子だけど、悪女っ!!!!! 私には、ポロを守る、崇高な責務があるっ」

「ユキちゃんは、いい子ですよ? ……ちょっと、僕に厳しいですけど。半分位は、僕をこうやって噛む悪い姫様に向けてくれても、って思いますね」

「! ポ、ポロ、私は、いい子よ?」

「いいえ。姫様は悪い姫様です。だって、僕のことを痛く噛みますし!」

「??? 痛いくらいしないと、跡がつかない。意味がない」


 いつの間にか、此方側へ回り込み膝上に登ってきた姫様は不思議そうに僕を見た。

 ……跡をつけないでほしいなぁ。

 そう言えば、昔のユキちゃんも、よく噛む子だったっけ。

 嬉しそうに腕を甘噛みするもんだから、怒れなかったけど。

 今の姫様の歳くらいには、もうしなく――再度、腕に痛み。


「あむあむ……ポロは、私の! ユキにはあげない!!」

「でも――仲良し、ですよね?」

「うん! 私、ユキ、好きよ♪」


 フィーネ様とメイド長は、僕がいる時は、不穏な空気になることが多々あるものの、仕事中はとても良好な関係。

 

 僕が普段のお世話をし、仕事関連はユキちゃん。

 

 この体制で、今のところ不自由を感じたことはない。

 でも、口喧嘩もする間柄。

 ……女の子って、分からないや。


「ポロ、ポロ、ユキに噛ませちゃダメよ?」

「ユキちゃんは、もう噛まないと思いますよ? 大人ですから」

「…………むー。油断を誘っている予感がする。悪女。でも、負けない!」

「姫様?」


 小声でぶつぶつ、と呟いていたかと思うと、突如、小さな両手を握りしめられた。

 時折、こうなるんだよなぁ。十年、御世話をしたのに、分からないなんて……僕もまだまだ。

 うん、頑張ろっと!

 僕が気合を入れていると、姫様が見上げてきた。


「ポロ、やる気。二人で逃げる?」

「逃げません。さ、食べ終えてユキちゃんのとこへ行きましょうね」

「うー……また、パンケーキ焼いてくれる?」

「はい、勿論♪」

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黒猫姫の御世話係 七野りく @yukinagi

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