第2話 朝食

 朝食、それは一種の戦いである。

 木製の椅子に座り、栄えあるフィオジア家の家紋が描かれているエプロンをつけながら、頬を膨らました姫様は、いやいや、と首を振られる。

 大きな椅子なので、足が地面についてない。とても愛らしい。


「ポロ、やっ」

「駄目です」

「やっー!! ……パンケーキなら食べる」 

「いいですよ」

「ほんとっ!?」

「はい――その前にサラダを一口食べてくれたらですが」

「うぅぅ~……ポロは汚い。策士。野菜、好きじゃない」

「好き嫌いをしていると大きくなれません! はい、あ~ん」

「…………あむ」


 姫様は嫌そうな顔しながら、僕が差しだした木製スプーンを口にされた。

 ……ふっふっふっ。どうやら、作戦は成功しているみたいだ。

 そう! 実は、このスプーン。少しずつ、少しずつ、大きくしていっているのだ。数年前に比べると、倍ぐらいになってるかも? 

 その分、野菜の量も増えている。

 そっぽを向きつつ、小さく可愛い両手で持たれて、飲まれているスープも同様。具は殆ど入っていないので、姫様的には『美味しいスープ! 澄んでるのっ!!』なのだけれども、実は十数種類の野菜スープだったりもする。

 ……コック長と試行錯誤を重ねた日々、ここに結実中!

 袖が引っ張られた。


「ポロ、野菜食べた。パンケーキ、パンケーキ!」

「あ、は~い。熱いので、フィーネ様は、僕の後ろにいてくださいね?」

「うん♪ ポロが作るの見るの、好き。大好き♪」

「ありがとうございます。では、焼きま~す」

「♪」


 姫様が椅子から降りられて、僕の後ろから覗き込まれる。

 テーブル横に置いてある鉄板の上にバターを落とす。いい匂いが立ち込める。姫様の耳と尻尾が動くのを感じる。

 溶けたバターを広げ、高い位置からパンケーキの種を投入。綺麗な丸い円に。それを三つ程、作る。砂時計をひっくり返す。

 姫様が、ぴょんぴょん。


「まん丸、まん丸♪」

「ですね~。でも、まだひっくり返してはいけません。我慢です」

「うん、我慢」


 二人して焼けるの眺める。この何でもない時間が、大事だな、と思う。

 姫様は真剣な眼差しで砂時計を凝視。


「ポロ、ポロ、落ち切る!」

「は~い。では、ひっくり返しますね。よっと」

「♪」


 空中高くひっくり返したパンケーキが再び、鉄板上に着地。

 姫様がもう一つの砂時計を間髪入れずひっくり返す。先程の物より少し小さめ。

 この間に、バターと蜂蜜を用意、してと。 


「フィーネ様、お席に戻ってくださいね~」 

「うん~」  

 

 落ちる砂に夢中。落ち切るのを、今か、今か、と待たれている姿は絵になる。多少、大人びてきたけれど、こうして見るとまだまだ子猫。可愛い。

 いつまでも見ていたいけれど……僕は御世話係なのだ。時には厳しくしないといけない。


「……お戻りにならない悪い姫様とは、今日のお昼は一緒に食べません」

「!?!!」


 姫様の耳と尻尾が逆立ち、一瞬で椅子に着席。

 お澄まし顔をつくられて、僕を一瞥。


「私、悪い子じゃない、よ?」 

「そうですね。姫様は食いしん坊さんなだけですね」

「ち、違う。濡れ衣。ポロのパンケーキが美味し過ぎるから。ただそれだけ。……焦げちゃう」


 唇を尖らせ、文句を言われる。

 僕はにこにこしながら、ふんわりとしたパンケーキをお皿へ。たっぷりのバターと蜂蜜をかけ、切り分けていく。

 姫様の身体が左右に揺れ「♪」鼻唄まで聞こえて来た。


「ポロ、ポロ、早くー」

「熱いですからね? はい、あ~ん」

「あ~ん」


 ぱくり。大き目に切ったパンケーキを一口で頬張られる。幸せそうな笑顔。

 この笑顔の為なら、僕は何枚でも焼きます。

 切った一欠片を手で拝借。


「!」

「うん、美味しく出来てますね」

「…………じー」 


 姫様からの視線。はて?

 ペロリ、と蜂蜜がついた親指を舐め、ハンカチで拭く。

 唇に人差し指を当て、告げる。


「……メイド長には内緒ですよ? 『お世話係なのに、礼儀を云々!!!』と、ずっと怒られてしまいますから」

「内緒?」 

「そう、内緒です」

「やっ」

「! 僕が怒られてもいいんですか?」

「うん! ……だけど」

「だけど?」

「あ~ん」


 姫様が大きく口を開けられた。むむむ。

 外の気配を探る。

 メイド長にバレたら、また、休日に連れ出されて、喫茶店でお小言だ――どうやら、いないらしい。朝は忙しいしね。

 パンケーキを一切れ摘まみ、姫様の口へ。


「ひゃっ! ひ、姫様っ!?」

「……むふぅ」


 まるで、待ち構えていた肉食獣みたいに、パンケーキごと指を舐め回された。

 耳と尻尾が上機嫌に揺れている。こんな顔をされたら怒れないなぁ。

 再度、姫様が口を開けられた。


「ポロ、あ~ん」 

「……フォークです」 

「ダメ」

「フォークです」

「ダーメ。……食べさせてくれないなら」 

「な、なら?」

「今日は、おしごと、お休み! ベッドで過ごすっ!!」

「!? ひ、姫様、そ、それは……」

「でも、食べさせてくれたら、頑張る! ふんすっ!! 全てはポロ次第。どうする?」

「……くっ」


 さっきまでの子猫が妖艶な笑みを浮かべ、僕を脅してくる。

 姫様がお仕事をしてくれない→仕事が溜まる→苦情がメイド長へ行く→屋敷裏に呼び出される→お小言+物理的な恫……指導→休み(強制)を取れ、と言われる→姫様がますます仕事をしない→仕事が(以下略)。

 ……僕の精神状態を守る為、これは仕方ない行為。そう、仕方ない行為なんだ! 肩を落とした僕を見て、姫様が勝利を確信。ますます、耳と尻尾の動きが激しくなる。

 パンケーキを一切れ摘まみ、口へ――絶対零度の呟き。



「…………何をしているのですか、ポロ? それが、御世話係のすることだと?? 破廉恥です」

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