第1話 朝の日課
『黒猫姫』こと、フィーネ・フィオジオ姫様の御世話係である僕の朝は早い。
まだ御屋敷が静かな時間に起き、週七日の内、六日は僕のベッドに忍び込み、「はなさないー」とばかりに腕を抱え込まれている姫様を起こさないよう、慎重に抜く。
ここで失敗すると、寝ぼけている姫様から甘噛みされた挙句、二度寝、三度寝となり朝食も部屋まで持ってきてもらうことになる。そうなると、後でメイド長に怒られるのだ……主に僕が。
ただし、余りうまく抜け出し続けていると、姫様の御機嫌よろしからず状態になってしまって、毎日、国中から届けられる御伺いにも、答えてくださらなくなる。
なので、メイド長には、内々こう言われている。
『適度に忖度なさい。……あくまでも、適度、に。賢い貴方ならば、理解出来ますね? ポロ?』。
うぅ……その適度が難しいのを誰よりも知ってる筈なのに……。
悪い人ではないし、一から色々と教えてくれた恩人でもあるんだけど。あんなに睨まなくても。休日、荷物持ちまでさせるくせに……。
昨日は、姫様と二度寝したので、今日は抜けだす日――よし、成功!
「みにゃ……ポロォ……」
姫様の愛らしい寝顔を見ていると頭を撫でたくなるけど、ここは我慢。
早く着替えないと。何度か、着替えている最中に気付かれて、それはそれはもう大変だったのだ。
――顔を洗って歯を磨き、制服に着替え、姿見へ自分を映す。
今年で二十七になるけれど、我ながら童顔。よく十代後半と間違われるのも仕方ないかも? 人族にしては長身らしいけど、何せここは連邦。
虎族や獅子族の人達からすると小柄な方だろう。猫族も、意外と長身な男性が多いし。
寝癖のついた茶色の髪を手櫛で直し、顔で健康確認。
メイド長曰く『健康不良で姫様に近づいたりしたら……分かっていますね?』。笑顔が怖いです。今日は、特段問題なし。
さて、姫様が起きる前に準備を――後方より、跳躍の気配。
あぁ……失敗したかぁ。背中に暖かく柔らかい物体。
「ポロォォォ……」
「おはようございます、姫様。あのですね、降りて」
「いや。……あと、名前」
「……フィーネ様、降りてください」
「いや♪ まだ、眠たい。一緒に寝よう。そうしよう」
「僕はこの通り着替えたので」
「? 脱げばいい」
「駄目です」
「???」
背中に飛びついてきた、寝癖のついた黒猫の少女が僕を覗き込んでいる。瞳には純粋な疑問。肩まで黒髪は朝日を反射し、光り輝いている。
「分からない。ポロは時々、難しいことを言う。私は眠たい。だから、ベッドへ行って!」
「……姫様」
「ぷい」
頬を栗鼠のように膨らまし、姫様がそっぽを向いた。尻尾は僕の足をぴしぴし。痛くはないけど、くすぐったい。
むくれられると困るので、取りあえずベッドへ歩いて行き、降ろす。
すると、姫様はごろんと横になり、空いているスペースを無言で叩いた。
……ここで負けてはいけない!
そういうのは週の内四日間だけにすると、つい先日誓ったばかりなのだから!
なので、微笑みながら首を傾げる。
「フィーネ様は眠たいんですね?」
「そう。ポロも一緒に寝る」
「では、まだ寝ていてください。今日は朝食も部屋で食べましょう。僕は運んだりしないといけませんので少し待っていてくださいね、御一人で。ああ、寝癖を直すのと、歯磨きは誰か他の方……う~ん、そうですね。メイド長に頼んでおきます」
「! ポロ、そういうのは、良くないと思う」
「でも」
「でも?」
「今、フィーネ様が起きてくださるなら、髪を梳いて、歯磨きもしてあげられます」
「……ポロのパンケーキと、卵とベーコンが食べたい」
「それと、サラダです」
「…………野菜、嫌い」
「あれ? 僕の知っているフィーネ様は、ちゃんと野菜も食べてくださるいい姫様なんですが……はっ! も、もしかして、貴女は姫様の双子の妹様!?」
「うー。ポロ、腕」
姫様がむくれ、横になったまま要求。
少しからかい過ぎたみたいだ。苦笑しつつ右腕を差しだすと
「かぷ……」
「本気で噛まないでくださいねー。あと、この癖もそろそろ直」
「やっ。かぷ」
「困った『黒猫姫』様ですね。よいしょっと」
甘噛みされたまま抱きかかえ、姿見の前へ。
座らせて、話しかける。
「フィーネ様ー。甘噛み止めてくださーい」
「……かぷかぷ」
「はぁ……もう。水だけください」
「ん」
ほんの少しだけ、頭に水滴。姫様の水魔法だ。便利だなぁ。
左手にブラシを持ち、寝癖を直していく。
その間、ずっと甘噛み。まだ、姫様がほんの子猫時代にさせて以来、悪い癖になってるんだよなぁ……。メイド長に相談したら、何故かその日一日は凄く冷たかったし。僕は悩んでいるのに。
でも、他のメイドさん達や、フィオジア家に務めている人は、誰も知らないみたいなんだよな。……未だに謎が多いや。
寝癖を直し終え、ブラシを止めると同時に甘噛みを止めた姫様が振り返った。
「ポロ」
「何ですか?」
「今日は髪、編んでほしい」
「いいですよ。可愛いですし」
「本当?」
「フィーネ様はとっても可愛いです」
「♪」
分かりやすく上機嫌。
さらさら、と綺麗な黒髪を傷つけないように優しく編んでいく。もう、何百、何全としてきから慣れたものだ。
「ポロー」
「はーい」
「今日はお仕事の気分じゃない。髪も編んでもらったし、デートに行きたい」
「駄目です。禁止です。そういう悪い姫様とは行きません」
「……ケチ」
「だけど」
「だけど?」
「良い姫様なら、考えてもいいです。今週末はまた強制的に休まないといけないので」
「私、私! 良い姫、よ!」
「それは、週末まで見てみないと分かりませんね」
「……ポロは策士。やり口が意地悪。もっと優しくすべき」
と、ぶつくさ文句を言いつつも、尻尾は右へ左へ。
綺麗に編んだ髪の自分が嬉しいらしい。
「さ、次は顔を洗って、歯磨きしますよー。一人で出来ますね?」
「顔は自分で洗う。歯はして」
「姫様」
「……ダメ?」
上目遣い。くっ。
――その後、歯を磨いているとやって来たメイド長に見つかり、お小言を言われた。こ、これは、姫様に頼まれたからなんですっ!
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